第一章 白狼に育てられた少年(9) 継承(2)
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ドワーフ族の成長は早い。十歳にして濃い髭を蓄え、成人と変わらぬ体格を持つ。その代わりにそこで身体の成長は止まり、後は長い寿命を持つ。
ウィーゴもその歳になり、ヴァルキューレやエインヘリャルを相手にしても負けることはなくなっていた。
家に帰ったウィーゴの前にルシールがドラゴの遺品を並べた。
梵字の斧、強化銀の盾と腕当て、そして神斧サスカッチ。ルシールはドラゴの物語のごく一部を語って聴かせた。
特にサスカッチ、これこそがドラゴがドラゴたるものだった。
神の斧が魔物の襲来を教え、魔物に対し絶大な威力を誇っていた。それで数々の窮地を救ってきた。
ルシールはそれらをウィーゴに託した。
「いいわね、ウィーゴ。貴男は今から光を護る戦士になるんです。
その事をよく心しなさい。
誇らず、驕らず、自分の信念を貫く。
そんな男になるんです。
その為には勉学も又大切です。」
ルシールはウィーゴの前にドンと何冊もの本を置いた。
それからはウィーゴは朝早くに起きて身体を鍛え、その後は本を読む。昼過ぎからは武術の訓練をし、夜は瞑想することで心を鍛えた。
「もう一つ。」
そんな日課を続けるウィーゴにルシールが声を掛けた。
「もう一つ、死んだドラゴに預かったものがあります。」
ルシールは身の丈三メートルはある毛むくじゃらの大男、フェノゼリーを呼び出した。
「私が契約を解いたら・・」
そこまで言ってルシールはウィーゴの掌に傷をつけ、
「この手をこの妖精の額に当てなさい。」
と、ウィーゴの手を取った。
ルシールの意に反しウィーゴは契約を解かれたフェノゼリーの口に手を当てた。
「母さんがくれた本を読んだ。その中に命無き者を使うには精というものが必要だと書いてあった。
血を飲ませれば実体を持つ・・命を持つ。
そうすれば精を使わずにすむ・・それに僕は友達が欲しい。」
ルシールはこの村の環境を考えた。確かにドワーフとしては大人並みの体格のウィーゴではあったがその心はまだ子供。精神修養には努めたようだったが遊び相手も欲しいはず・・・
「母さんはもう何も言いません。あなたが生きたいように・・但し父の遺物を受け継いだ使命だけは忘れないで・・・」
ウィーゴの生活はその日から変わった。いつもフィーノと名付けたフェノゼリーを連れ歩き、武術の鍛錬と夜の瞑想は忘れなかったものの本はたまにしか読まず、元の悪戯っ子に戻った。
困った貌をするルシールの肩をワーロックが叩いた。
「あれで良かったんだよ。ウィーゴは村の外にも出ていろんな経験を重ねていく。
本だけでは解らないことも含めてね。」
ワーロックの言葉通りウィーゴはよく村の外に出ていた。たまには遠くカーター・ホフの村まで出かけることもある。今度もそうだった。
カーター・ホフの村の勢力範囲にはクリクリとハライカルという小さな村が出来ていた。いつもはクリクリからカーター・ホフまであたりしか足を伸ばさないウィーゴだったが今回は新しい村ハライカルまで出かけようと考えていた。
ニュールベルグを出て森の中を西に進むと自身が住む村と同じ山系に最近羽民族が住み着き始めていた。彼等は鳥の翼と嘴を持っていた。しゃべり声はガーガーとうるさく、ガチョウを思わせた。
羽民族は崖っぷちに吊り下げたような家を造る。烏民以外がそこに登るには細い梯道を上らなければならなかった。
ウィーゴは数ヶ月前フィーノと共に探検と称した旅でニュールベルグの西に偶然羽民の住居を見つけ、興味に駆られその梯道を登った。
高みに登るとそこは集落を思わせるほどたくさんの家が出来ていた。
ウィーゴはその中の一人サンダールという男と仲良くなっていた。
ウィーゴは今回の旅に彼を誘い、二人でクリクリを目指した。
クリクリには亜人が多く住み、人は少なかった。亜人にも陰と陽の属性がある。ここに住む者は陽の属性を持つか陰でも陽でもない者が多かったが、希に陰の属性を持つ者もいた。鬼の一種オーグルは喧嘩を好み、ダーク・オークは力が強く人と言わず亜人と言わず女を追いかけ回した。
ウィーゴとサンダールがクリクリに着いた時も女の悲鳴がしていた。
サンダールは空に飛び立ち、悲鳴の方向にウィーゴを誘導した。襲われていたのは人間の女、それはダーク・オークが最も好むものだった。
身体の大きなダーク・オークをウィーゴが殴った。女を襲う為に四這いになっていたダーク・オークは頭を抑えて地面に転がった。下から見上げた者は小さかった。
「ドワーフ風情が・・・」
起ち上がろうとするダーク・オークは今度は蹴り上げられた。
蹴られた腹を押さえてダーク・オークが地面でのたうつ。そのダーク・オークの頭をコンと蹴りウィーゴは彼を気絶させた。
「力はオーク以上か・・・」
側に降り立ったサンダールがウィーゴに笑いかけた。
「女の悲鳴が聞こえたようだが。」
馬に乗った男・・・いや腹から下が馬の男がウィーゴ達に声を掛けた。
ケンタロウス・・知性が高く、だが女好きの陽の亜人。奔放な性を抑え、今はクリクリの警察組織を担っている。
その長ケイロンが目の前にいた。彼は正義感が強く他のケンタロウスとは一線を画していた。その上、医療の力も併せ持ち、人々の尊敬を集めていた。
「女を拐かした者が居るという通報もあったが。」
ケイロンは鋭い目で二人を睨んだ。
「ああ・・そいつならそこで寝てるよ。」
ウィーゴは足下のオークを親指を立てて後指した。
「ダーク・オークか。
お前等は・・・」
「見ての通りドワーフと羽民だが。」
なにか・・と言う顔でウィーゴはケイロンを見た。
そこに三人のケンタロウスが現れた。
「捕らえろ。」
ケイロンはその三人に命じ、女を犯そうとしたダーク・オークに縄が掛けられた。
「追って訊くこともある。」
ケイロンはウィーゴにそう言い残してその場を去った。




