第一章 白狼に育てられた少年(8) 継承(1)
ストラゴスが護る村。そこはニュールベルグと名付けられた。
そこに住むのはストラゴスの他にエルフの女ルシールと彼女が育てるドワーフの男の児ウィーゴ。それに戦士たる男と女達、それにここに入ることを許された人間達。
ミーミルの予言通り戦士たる男達は増えていた。数少ない女戦士がそれを掌握し、いくつかの軍団が出来上がっていた。
「ウィーゴ。」
今日もルシールがウィーゴを追いかけ回している。
悪戯好きのウィーゴは今日はルシールが飼う羊の髭を全て剃り落としていた。
そのほほえましい母子の姿に村人が笑いを漏らした。
ウィーゴ・・ドラゴが命を懸けて護った児。児を成せぬルシールはこのドワーフの児をドラゴの化身として育てていた。
「失敗だったかも知れんな。」
ミーミルは目の前でワインを燻らすワーロックにそう言った。
「何がです。」
「ニュールベルグを造ったことだ。
かえってここの存在を知らしめたような事になってしまった。」
「ストラゴスが上手くやってくれますよ。」
「人に対してはな。だが魔物に対しては・・・・」
「私の行動範囲を広くして貰いましょうか・・ティアを守る為にも・・・」
「外にも出たいか。」
「出来れば。」
「第一層まで・・後はおいおいと。」
“智恵の泉”の噂は僅かずつではあるが拡がっていた。
カーター・ホフの森の東奥を目指すには高山に閉ざされ、南と東からは無理があった。
一族を集めてカーター・ホフの村に武力で侵入しようとした者達もいた。がそこは妖精達に護られた村・・ディーナシー達にあっさりと片付けられた。
一城の領主が兵を揃え北からの侵入を図った。が、ストラゴスの巧みな作戦と女戦士に率いられた軍団に殲滅された。
残るは一点、妖精の森と南の山脈の間に空いた道。そこにやって来たのは大軍団。そこにディーナシーの軍団が向かった。指揮するのはタム・リンの副官サウス。が、数があまりにも違いすぎる。それを聞きつけストラゴスは自身の手持ち三軍団のうち二軍団をそこへ差し向けた。
当然北に隙が出来る。そこを魔物の軍団に襲われた。それに対抗できるのはストラゴスの手元に残った一軍の一部とルシールの矢だけだった。
男の戦士達はイーヴルを相手に果敢に闘った。が、中には魔物の餌食になる者もいた。倒れた男は土へと変わっていく。その様子がルシールの目に飛び込んでくる。
「あの人達は・・・」
ルシールは横に立つヴァーレを見た。
「善き戦士達の霊、エインヘリャルと言います。ですが二度は生き返れません。
そして私達はそれを集めるものヴァルキューレ。
来るべき闘いに備えここに居ます。」
自分の家に飛び込んだウィーゴは二本の斧を見た。一本は柄の両側に刃が付き、簡単に魔物を斃せそうな風情があった。が、まだドラゴ並みの体力を持たない彼が使うにはあまりに重そうだった。そこでもう一本の斧を手に取り母の元に走った。
ルシールは塔の上から矢を射続けている。それに一言掛け魔物の群れの中に飛び込んだ。 「無茶しないで。」
思わず身を乗り出すルシールをヴァーレが抱き留めた。
ウィーゴの活躍は凄まじかった。動きは速くその力は人であった戦士を遥かに凌いでいた。
そんなウィーゴとエインヘリャルの力を持ってしても数に勝るイーヴル達に圧されだした。
「危ない。」
ルシールが声を発するとほぼ同時にイーヴルの軍団が崩れだした。
大金槌を振り回すスプリガンのタローク。土の巨人ゴーレムに続き真っ赤な馬に跨がったタム・リンがイーヴルの軍団の後ろに殴り込んでいた。
そして地にはニーズヘッグ、空にはフレイスベルグも現れた。それでその騒動に終止符が打たれ、人も魔物も全てのものがその森を出ることはなかった。
森に入ったもの全てが帰らぬ事で“霜の国”は“死者の国”と恐れられそれっきり大きな騒動はなくなった。
森の南に移動したニーズヘッグが肉体を離れた魂を飲み込む。
フレイスベルグは闘う能力の高い者達の死体をフヴェルゲルミルの泉に投げ込み、その他の死体を啄んだ。
「見ててごらんなさい。」
ニーズヘッグが泉に向けて息を吐くとそれは白い霜に変わり、泉の中に吸い込まれていった。すると泉の中から鎧兜に身を包んだ男達が立ち上がってくる。
「強き肉体に善き魂が宿る、それがエインヘリャル。そしてその善き魂を見極め、集めるのが私達ヴァルキューレの役目です。」
“世界樹”の枝に小さな実がなった。ワーロックの目の前でその実が徐々に大きくなり、その底が割れた。
裸の女が滑り落ちてくる。
「ヴァルキューレ・・エインヘリャル十数人に一人の割合で生まれ出る。」
ミーミルがその光景に説明を加える。
「“世界樹”はこの世界中の男と女の精をほんの少しずつ集め、人と似たものを生み出す。
“世界樹”はこの世界を支えるだけでなく、善なる者達も創り出す。」




