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第二章 黒い影(20) 変質(1)

 ミズールを任されたロブロは多忙を極めていた。ミズールから更にロゲニア側に突出した村ドボーグの後ろ盾となり、ロゲニアとの外交を引き受け、ミズール内に拡がっていたアイクアリー教の取り締まりにも追われていた。その上いまだにログヌスにも部下を送り、その地に於けるアイクアリー教の拡大にも気を遣っていた。

 ディアスという男が布教の首魁らしいことは解った。その男と王妃エラとの関係は・・

 エラが連れている男は出っ歯で(すがめ)、その上背が低くいつも背を丸めて歩いている。噂に聞くディアスとは大違いの容貌をしている。とすればこの二人の接点は・・・


 ハーディは今日も執務室に座り、次々と上がってくる報告に裁可を与えていた。それは政治・外交的な事もあり、民事的な所、刑事的な話しもあった。

 身が持たんな・・ハーディは一つ大きく溜息をついた。

 政治、外交は自身がやるとして、司法的な判断は自身から切り離そうかとハーディは考えていた。

 その司法を司どる適任者はタリス・・ともハーディは考えた。がドボーグを守るタリスの後釜は・・・ハーディは悩んだ。

 そこでふと思いついた・・バルハードはと・・・ヘンリーの教授として彼に嫌われるほどの成果を上げている。彼ならば・・・

 ハーディはバルハードを呼んだ。

 「ドボーグを治めてみる気はないか。」

 「私が・・ですか・・・」

 バルハードは驚いた顔をした。

 「私の後のヘンリー様の教育係は・・・」

 「暫く、あの男に任せる。」

 「あの男とは・・」

 「あの出っ歯の・・・」

 「ディーンですか・・彼なら・・・

 ですが私はドボーグで何を。」

 「ロゲニアとの外交。それとロゲニアに対する武力の強化・・それを頼みたい。」

 「引き受けはしましょうが・・私などで・・・」

 「俺がお前を見込んで頼んでいる・・どうにか・・頼む。」

 「王にそこまで言われては・・微力ではありますが・・・」

 バルハードはハーディに承諾の頭を下げた。


 ロブロは尚もログヌスに於けるアイクアリー教の拡がりに対する内偵を続けていた。

 首謀者は当然白の司祭リューク。それを助ける者、ディアスと呼ばれる若い男。王妃エラもその中に含まれていた。その他にも二、三人。

 ロブロはそれらを特定する調査を精力的に続けていた。

 宗教・・それにロブロは普通の人以上の嫌悪感を持っていた。キュアという司祭に躍らされて戦争を起こし、多くの人が犠牲になった。挙げ句にユングは死に、カルドキア帝国は滅亡した。

 キーンはアイクアリー教に完全に染まっている。キーンと共にミズールにいたタリスはどうなのか。新たにドボーグを治めるバルハードは、アイクアリー教の都ケントスに近いダミオスを治めるナザルは大丈夫なのか・・・宿場町として栄えるレンドールは・・・考えればきりがなかった。

 それら総てを調べる余裕はロブロにはなかった。まず、首都ログヌスとドボーグの現状を調べていた。


 「レジュアスは大丈夫かしら。」

 夕食時にエラがハーディの眼を見た。

 「ヘンリーはあんな風・・いっそ貴方がレジュアスの政治にも介入しては・・・」

 「それは出来んだろう・・お前は間に合わなかったが、くれぐれもと俺はアーサーにヘンリーのことを頼まれた。その信義に背くことは出来ない。」

 ハーディはエラに優しく笑いかけた。

 食事が済むとハーディは自室でその日の報告を整理した。隣の浴室からはエラが湯浴みをする音が聞こえてくる。湯が流れ落ちる音と共にエラがハーディを呼ぶ声も・・・誘われるままにハーディは浴室に入った。

 「アイクアリー教のことどう思います・・・」

 浴室に入るとすぐにエラはハーディの身体をまさぐりながらそう訊き、その質問にハーディは苦々しい顔をした。

 「平等とは言っても・・・」

 そのハーディの表情に敏感に反応し、エラは自身もハーディに同調するような台詞を吐いた。

 「その話は止めよう。」

 ハーディはエラの話しを(とど)めた。

 その夜ハーディは例の悪夢を見、その上あの凄まじい脳の痛みも同時に襲ってきた。

 翌日ハーディが目覚めたのは昼近く。前夜の不快感がまだ緒を引いていた。エラの話しを拒めばあの悪夢と痛みが・・ハーディの精神は徐々に弱っていっていた。

 それを知ってか知らずかエラは今日も別邸に行っていた。そこに待っているのは恋しいディアス。エラは今日も昼間からディアスと肌を合わせていた。その間ヘンリーはいいように街中で遊んでいる。そんなヘンリーの行動もハーディの悩みの種だった。その上にドボーグからの緊急連絡。ロゲニアが旧バルハドスを復活させ、その総統の血に繋がる者を主にたてたという。それは明らかにランドアナに敵対の意を表したもの。そしてヴィンツ、ロゲニアの外交方針の変換を聞きヴィンツもまた・・・ナザルの誠意を込めた交渉にも乗らず軍備を拡張しだした。リュビーをストランドスを抑える為にモアドスに送り出している今、この両方面に一度に対処できる者がハーディの側にはいなかった。

 ナザルをログヌスに呼び戻す・・・ハーディは苦渋の選択を採った。

 その為に配置換えをする。バルハードを送ったドボーグからタリスを呼び戻しシュルツとガルスをつけダミオスに送り出した。それまでを済ませ、自身が領土内の巡察に出ることにした。

 その事を伝える為にハーディはエラの別邸を訪れた。

 そこには多数の猫が我が物顔に闊歩していた。その中の一匹が背を丸め、フーッとハーディに対し牙を剥いた。

 「止めなさい。」

 エラの侍女シェールが止めた。

 「エラは。」

 ハーディが声を掛けるのに、

 奥にいます。と侍女は答えた。

 エラの部屋に入るとハーディはヘンリーも呼んだ。

 「巡察の為暫くログヌスを離れる。」

 エラはその言葉に寂しいのか、喜ばしいのか何とも言えぬ顔をした。

 「その間ここの政治はナザルに任せる。」

 そこまで言ってハーディはヘンリーを見た。

 新たに建てた貴賓館に滞在するヘンリーは酒臭い息を吐き、女がつける香水の匂いをさせていた。

 「貴方にはレジュアスに帰って貰う。

 ここの空気も貴方を変えるには到らぬようですからな。」

 ハーディは渋い顔でそう告げた。

 「レジュアスに帰ったらまず学びなさい。貴方には賢明な臣下が沢山います。彼等から学ぶのです。そしてまたここに来なさい。

 その時には少しでも成長した姿を見られることを楽しみにしています。」


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