第二章 黒い影(19) 画策(5)
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「お願い、ラルゴを助けて・・・」
敵兵を駆逐したオーリーにセイラは手を合わせた。
「この子は私が守ります。」
セイラの横に立つ女性がセイラとラルゴの救出、二つに迷うオーリーを見た。
「貴女は・・・」
「この子の守護神ウシャス。
この子を害しようとするものはもうこの辺りにはいません。もし居ても私が斃します。
貴男は、貴男の師を救出しなさい。」
その言葉に頷き、救護兵が来ます、それまで・・と後に声を掛け、オーリーは先を急いだ。
オーリーは森を走る間に葉の茂った枝を切ることを自分の部下に命じた。
そして朝日が高くなる頃森を抜けた。
「手綱は口で咥え両手に木の枝を持って大きく拡がれ。
枝で地面を擦り、大きく土煙を上げろ。」
少人数を大兵に見せる・・これもラルゴに教わったことだった。
オーリーの騎馬隊は盛大な土煙を上げながら国境の村へと突き進んだ。
「ラルゴ将軍に敵を近づけるな。」
教会の高窓から大声が聞こえる。
ラルゴは押し寄せてくる敵を愛用の十文字槍に掛けながら、矢を射続ける高窓の荷夫頭に声を掛ける。
「ソーシオ頼みがある。」
「何なりと。」
「セイラには自分があるがままに生きよと伝えてくれ。」
涙なのかソーシオと呼ばれた男からは返事は返ってこなかった。
「ボルスとオーリーにはセイラを護れと。」
高窓の上から嗚咽が漏れ聞こえる。
「メーレにはセイラをよく育ててくれと。」
高窓だけではなくあらゆる窓から嗚咽が聞こえる。
矢はいずれ尽きる。その時ラルゴ将軍は・・・ソーシオはラルゴと共に討ち死にすることを考えた。伝言は誰かが伝える・・いやこの戦場で生き残れる者が居るのかどうか・・・
「オーリーがこっちに向かっているはずだ。
あいつが救出に来る。それまで扉を守り、人々を護れ。」
遂に矢は尽きた。剣を引き抜き、ソーシオは階下に降りた。そこにはさっきまで外で一緒に闘っていた守護兵の一人アンドレイが居た。
「どけ。」
ソーシオは潜り戸の前で大手を拡げるアンドレイに声を荒げた。
「行かせぬ。」
アンドレイの頬も濡れている。
「ラルゴ将軍の言葉、お前は伝えぬつもりか。」
「俺でなくても良かろう。」
「将軍はお前を名指しで頼んだ。
お前は我等を守って死に逝く者の頼みを聞けぬのか。」
ソーシオは潜り戸の前でガックリと膝を折り、号泣した。
誰も出てこないことを確かめ、ラルゴは独り奮戦した。嘗ては猛将ラルゴと呼ばれた男、その槍先は些かも衰えてはいなかった。
だが血と共に流れ出る精にその穂先は徐々に鈍っていった。
突き刺さったままの槍とは別にもう一本、槍がラルゴの腹を貫いた。その槍が引かれる。夥しい血がその傷からあふれ出る。
ラルゴはガックリと石畳に膝をついた。
その躰に無数の槍が伸びる。
「セイラーッ」
ラルゴは虚空に向け叫んだ。
昼過ぎオーリーは遠くにラルゴが居る村を見る所まで来ていた。
「急げ、急げ。皆が待っているぞ。」
オーリーの声に応えて、騎馬隊が雄叫びを上げながら馬を走らせた。
その頃、村中では教会攻めが始まっていた。
潜り戸はあっと言う間に破られたが、そこから一人ずつ入ってくる敵兵は槍の餌食となった。
仕方なしにブラウニスの主将は鉄扉攻めを命じ、村の門扉を破った大きな木杭を再び持ち出し、教会の鉄扉に叩きつけていた。
そこに村の西から大軍が迫っているという報告が入った。
主将は側に居るはずの七賢者の一人ラダを見た。が彼の姿はそこから忽然と消えていた。
「退き上げだーッ」
大軍と聞き恐れを成した主将は戦場に命じた。
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「ご苦労様でした。」
労をねぎらうデメテルの声にラダは軽く頭を下げた。
「上手くいきましたね。」
それにペルセポーネの声も被る。
「邪魔者の一人は消えた。」
ラグラの声も続く。
「後はヨゼフが上手くやるでしょう。」
そういうのはダナエ。
「まだボルスは残っているが、ラルゴという後ろ盾を亡くし、何ほどのことも出来まい。」
今度はルヒュテル。
「私達の王国が・・・」
デルポイの声に皆が頬を崩した。




