第二章 黒い影(17) 画策(3)
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ブラウニウス軍の一部の兵は土煙を上げるセイラの馬を追った。馬に不慣れなセイラの乗馬は稚拙、騎馬で追う敵兵は後に迫ってきていた。
「森を抜けてください。」
セイラは息せき切って走る救護兵の声に従った。
「他の人達は。」
セイラは十二人居た救護兵が半数に減っていることに気付いた。
「足の遅いのが遅れただけです。
これからもそうなります。人の脚は馬には勝てませんから。
セイラ様は我等に構わず先をお急ぎください。」
来る時は薬草などを摘みながら笑顔で抜けてきた森がこんな事になろうとは・・セイラは暗澹たる気持ちで馬を走らせた。
居なくなった六人は遅れたわけではなかった。セイラの乗馬の腕を考え、少しでも敵騎馬兵の脚を止める為に待ち伏せをしていた。
武器は剣だけ・・草陰に潜み、馬の脚だけを狙った。
ドウッと倒れる馬の背から騎馬兵がまろび落ちる。それを剣の餌食にする。だがその為に姿を見せればそこに他の騎馬兵達が集まり槍で突き殺される。
それでも六つの屍は幾ばくかの時間を稼いだ。
今はセイラはただ一騎で森の中を駆けていた。
残った救護兵は三人ずつに別れ、最初の三人は六人が稼いだ時間で木槍を造り、後の三人は前の者達が命を賭して作った時間で、罠を仕掛けていた。
それらの時間を使い、セイラの馬はかなり先まで駆けていた。だが、手綱を誤った瞬間馬の脚が木の根に取られた。
落馬・・セイラは強かに腰を打ち、呻き声を上げた。
暗くなりかけた森の中をよろけながらセイラは西へ進んだ。
人の声が徐々に近づいてくる。その手には松明があるのか、明るく輝いている。
セイラは慌ててて木の根に身を隠した。
「そのまま隠れていなさい。」
うずくまるセイラの耳に優しい女の声が聞こえた。
その声に従い身を隠す。が、遂にその姿は敵兵の目にとまった。
居たぞーっと怒鳴る兵士が大虎に襲われ朱に染まった。
セイラは自分の後に気配を感じ振り向いた。
「私はあなたの守護女神ウシャス。
私があなたを守ります。
あなたはただじっと目を閉じていれば良い。」
ウシャスは四本の手のうちの一つで腰の剣を抜いた。
巡察から帰ってきたオーリーが急報を聞いたのは既に昼過ぎになっていた。
ラルゴが育てた救護兵と荷夫達は既に町を出、幾人かの教会騎士も後を追ったという。
オーリーはすぐに五十人ほどの騎馬隊を仕立て、後から来い。と、歩行の部下達に声を掛けてルーメンスブルグを飛び出した。
どんなに急いでも一日ちょっと、ラルゴとセイラが居る村に着くのは明日の夜。
保ってくれればいいが・・オーリーは祈るような気持ちで馬を飛ばした。
真夜中に夜を徹して駆ける教会騎士達を追い越し、白々と明け始める頃救護兵達を後にした。馬を走らせ続け夜更けには月明かりに照らされた森の影を見た。
迂回するか、直進するか・・一瞬オーリーは迷った。その時、森の中から断末魔の叫びが聞こえた。
突っ切るぞ・・後ろに続く者達に声を掛けオーリーは森の中に飛び込んだ。
声のする方に馬を駆ると、月明かりが漏れるだけの森の中に、陰を照らす淡い光りがあった。その光りの中心に若く、美しい女が立っている。
「セイラを傷つけようとするものは彼等です。」
その女性は大きな木を囲む兵士を指さした。
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明けようとする空の下、ラルゴは座ったまま伸びをした。
「眠れたか。」
ラルゴは周りの者達に聞いた。が、聞かれた者達は一様に首を横に振った。
「戦場では眠る事も大事だ。眠らなければ体力も気力も落ちる。」
聞く者達が頷く。
「さて、今日は相手も総攻撃をかけてくるだろう。
ちょっと教会の扉を叩いてくれ。」
その声に応えて、守護兵の一人が教会の潜り戸の扉を叩いた。
教会の中でもまんじりともせず人々は夜を送っていた。窓という窓から外を見張っていたのは荷夫と村の若者達、他の住民達は恐怖に怯えながらも恐慌を起こすこともなく、自分達で決めた規律を守っていた。
そんな中、神父と生き残った守護兵達だけが奥の神父の部屋に入り、何かをこそこそと話し合っていた。
「外から連絡です。」
そこへノックもなく一人の若者が飛び込んできた。
何ごとだ・・・と。神父の目がその若者を睨み守護兵達が槍を構えた。
連絡が・・・若者の声は消えるように小さくなった。
「守護兵が残っていよう。」
潜り戸の外からラルゴの声が聞こえた。
「教会の長椅子を持って外に出てこい。」
暫くの沈黙があり、神父はガーディアン達にそっと目配せをした。
「急げ、外で時間を稼ぐ。」
オーリーが急遽騎馬隊を連れてこちらに向かっていればあるいは・・・
ラルゴはそれに一縷の望みをかけていた。
ラルゴの声に応じたか潜り戸が開き、守護兵達が長椅子を持って外に出てきた。ラルゴはそれに場所を譲るように扉に背を向けた。
「殺れ。」
最後に出てきた神父が自分と伴に出てきた守護兵に鋭く声を掛けた。その瞬間、ラルゴは自分の腹から飛び出た槍の穂先を掴んだ。
「なんだこれは・・・」
ラルゴの怒声に刺した守護兵は怯えたように槍から手を放し、ラルゴは腹を槍に突き抜かれたまま振り向いた。
その向こうで敵に向けた神父の大音声が聞こえる。
「降参する。
闘いたがっているのはこのラルゴ将軍とその一派だけ。
我等を助けてくれればこの教会にある総てのものを差し上げる。物資も、金も、住民・・・」
「させるか。」
ラルゴはガラガラと槍の柄を教会の石畳に引き摺りながら神父を目指し、手にした槍の一突きで神父を屠った。
「今です。」
この戦いに同行していたラダがブラウニス軍の主将にそっと耳打ちをした。
「突撃。」
教会の大扉の前で外にいた守護兵と荷夫、それと内から出てきた守護兵の小競り合いに向け、ブラウニス軍の主将は采配を振るった。
「死にたいのか。」
押し寄せてくる敵を見てラルゴは争う守護兵達を叱責した。
その声に教会の内から出てきた守護兵の動きが止まった。
「槍の柄を切ってくれ。」
ラルゴは自分の部下に言った。
抜いた方が・・と躊躇する部下に、
「抜けば出血が多くなる。こういうときは抜かぬに限る。」
言われた荷夫は恐る恐るラルゴの腹に突き刺さった槍の柄を短く切った。
「お前達は中へ入って住民達を守れ。ここは俺一人で十分だ。」
しかしと言い掛ける荷夫に、
「俺はもう保たん。
お前達は協力して教会の扉を守れ。俺はその時間を稼ぐ。
指揮は・・」
ラルゴは教会の外で共に戦った守護兵の一人を指さし、
「お前が執れ。」
と声を掛けた。
「急げ。」
躊躇する者達を急かし、ラルゴは自身の槍を扱き、襲い来る敵を睨み付けた。




