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第二章 黒い影(12) 光の子・・覚醒(1)

 「宗教というのは恐ろしいもので・・・」

 ドリストはウィーゴを前に話し始めた。

 「一度広まり始めると(とど)まる所を知らない。

 人の心を捕らえれば一人の救世主と呼ばれる者に熱狂し、信奉し、他者を排除していく。

 時にはそれに連なる者達を特権階級として押し上げ、遂にはその者達自身が自分の権益を守る為に他者を(おとし)める。

 その結果それに反する普通の人間を魔女とか悪魔とかとして生み出すことがある。

 悪魔とは実際に存在するよりも、その広まった宗教に反するものを表すことが多々ある。」

 ドリストの話しはウィーゴには難しかった。あくびをかみ殺しじっと聞いてはいるが、たまにコクンと首が落ち、その頭がストラゴスに小突かれた。

 たまにストラゴス達も含めてウィーゴはそうやって知の民ドゥリアードであるドリストの話を聞いた。

 今夜のドリストの話しは、今このゴンドルス大陸に拡がりつつあるメシアン教を指したものだったのかも知れなかった。


×  ×  ×  ×


 ルーメンスブルグのラルゴは今はほとんど戦場に出ることはなかった。救護兵(アウクスラム)と呼ばれる者達を引き連れいつもセイラと共に街中に出ていた。

 その間にアルカイの政治は大きく動きつつあった。ドリストの話し通り、宗教の名を借りてその版図を広げていった。

 ラルゴ本人はいなくとも猛将ラルゴに鍛えられた軍は強く、周りの三国の軍を叩いた。枢密院は一つの集落をメシアン教の勢力下に置くとすぐに教会を建て、そこに守護兵(ガーディアン)と呼ばれる教会の守護をする者達を送り込んだ。守護兵(ガーディアン)達はその集落の者を使って土塀を作り、逆茂木の柵を作ってそこを砦のように変えていった。その集落を襲う者が現れれば村人と共に護りを固めている間に遠征軍(クルセイダー)と呼ばれる兵が現れそれらを駆逐した。

 ブラウニウス公国とは既に緩衝地帯はなくなり、直接勢力範囲が接するまでになっていた。

 そんな政情には関わりなく、セイラは今日もルーメンスブルグの街中を困っている人達を探して歩き回っていた。

 「ラルゴ将軍・・」

 そんなある日ホンボイは街中で見かけたラルゴを呼び止めた。

 「たまにはセイラ様を近くの村にお連れしてはどうですか。」

 ラルゴはその言に首を傾げた。遂この間までセイラの行動に反対していたはずだが・・・

 「どう言うことですかな。」

 ラルゴはホンボイを睨んだ。

 「それって人助けになる。」

 ラルゴの考えが分からぬセイラは彼の横から明るい声で言った。

 「セイラ・・」

 ラルゴは困ったような笑いを漏らした。


 「どう思う。」

 その夜ラルゴは自分の家でボルスを前にして昼間の件を話していた。

 「セイラ様は民の間で絶大な人気がある。

 それを利用しようと言うことだろう。」

 「利用・・」

 「今、外の集落からは税、教会への上納金合わせて五割以上を掠め取っている。それに加えて守護兵(ガーディアン)達の横暴。その為、民の心はメシアン教を離れようとしている。」

 「それをつなぎ止める為にセイラを・・・」

 「左様、セイラ様の人気を使う。」

 「それが彼奴等にどんな得を。」

 「各集落から上がって来た収益の二割以上が枢機卿とそれに連なる者達の懐に入っている。」

 「慾・・か。」

 「そうだ。その本能を満たす為に使われている。」

 「お前は。」

 ラルゴは鋭い目でボルスを睨んだ。

 「奴等に(くみ)しない俺のところには廻ってこない・・お前もそうだろう、ラルゴ。」

 ボルスはラルゴの鋭い目に笑い掛け、ラルゴはそれに頷いた。

 「危険だな・・」

 「だが、セイラ様の性格を考えると、それを止める手立てがない。」

 「セイラが町の外に出る為に今の救護兵(アウクスラム)の増強を進言してくれ。

 それが成らぬ内はセイラを町の外には出せぬ。」


 ボルスは枢密院の会議でラルゴと話し合ったことを主張した。だがあれこれと理由をつけそれに反対する者が多かった。自分の部下であったコーキーやマサンも既に他の枢機卿達に取り込まれていた。どうやってもボルスの意見は通りそうになかった。

 そこにラルゴが乗り込んだ。

 「セイラの身は誰が守る。」

 その大声にホンボイを始めとする枢機卿達は黙った。

 「セイラの徳を広めるのは良かろう。が、あの子の身の安全は誰が守る。

 俺と救護兵(アウクスラム)達、それしかない。が、セイラは救護兵(アウクスラム)達には彼等が牽く荷を守らせ自身は二の次に置くだろう。」

 シンとした議場にラルゴの声は尚も響く。

 「お前達の宗教は、」

 そこまで言った時に議場がザワッと動いた。が、構わずラルゴは言葉を続ける。

 「セイラが居なくなれば崩壊するぞ。」

 「セイラ様だけが・・・」

 枢機卿の一人がラルゴの言に異を唱えようとする。

 「それ以外に何がある・・お前達が言う“神の使い”意外に。」

 ボルスを除く枢機卿達が顔を伏せ押し黙った。

 「まあまあ・・そう大声を出されては・・・」

 その中からヨゼフが声を上げた。

 「例えば美麗な馬車に乗り、その周りを幾人もの兵士に守らせ村々を訪れる・・それをセイラ様はお望みでしょうか。」

 痛い所を突かれた。とラルゴは思った。セイラはそんな事は望みもすまい。あの子はただ単純に虐げられた者を助けたいだけ・・・ラルゴは返答に窮した。

 「訓練された荷夫の一団を造ってはいかがでしょうか。

 荷夫は荷を守り、救護兵(アウクスラム)は主にセイラ様を護り、荷をも守る。

 その指揮を執るのが貴方。」

 ヨゼフの目がキッとラルゴを見た。

 「訓練された荷夫か・・・」

 ラルゴはその強い目に負けた。

 「荷夫の訓練をするのは貴方。ですが長い時は懸けられません。セイラ様は既に町の外への旅立ちの準備をしておられるとか。」

 「良かろう・・・」

 ラルゴはヨゼフの言に負けた。

 荷夫、それに短い間に闘いの訓練を施す。それは容易なことではない。が、それを成さねばセイラの安全は・・・

 セイラには一月(ひとつき)待たせた。その間セイラはルーメンスブルクの貧民街には行かなかった。そこに比べればまだマシな地区を救護兵(アウクスラム)を連れて歩き回った。そして・・・

 セイラは初めてルーメンスブルグを本格的に出る。供はラルゴが率いる七人の救護兵(アウクスラム)達と十人のラルゴに訓練された荷夫。行き先はルーメンスブルクに最も近い集落、三時間もあればそこに着く。ヨゼフはセイラに馬車を奨めたが彼女は、歩いて行く。と、あっさりとそれを断った。そう言われるとラルゴも馬に跨がるわけにもいかず、自分の愛馬を牽いてセイラと共に歩いた。

 「セイラ、馬に乗る練習をしてみないか。」

 ラルゴが笑いかける。

 する・・と明るく笑ってセイラはラルゴの手で馬の背に押し上げて貰った。

 轡はラルゴが取ったが、初めて乗った馬は心地よく。ゆったりと馬の背に揺られ目的地を目指した。

 しかしそれも束の間、目的地を前にセイラは馬の背を降りた。

 「そのままでよかろう。」

 「上から見ると、何だか偉そうみたい。だから村の前では降りる。」

 ラルゴの声にセイラがそう応えた。

 “この子には癒やされる。”

 ラルゴは微笑みを漏らした。


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