第二章 黒い影(9) 種(3)
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リュビーからの報告を受けたハーディは意を決し、ポルペウスに登る・・とのふれを出した。
そのハーディの前にエラが一両の鎧と兜を持ってきた。
「貴方のことが心配です。」
エラは殊勝な貌をしていた。
彼女が持ってきた鎧は血でも吸った様に鈍く黒く光っていた。
「これをどうした。」
「ある人を通じて手に入れました。」
「ある人・・・」
尚も質問を続けようとするハーディ。
「お願い、心配なんです。」
それを遮り、エラはハーディに口吻をした。その唇はハーディの記憶よりも暖かく、柔らかだった。
ポルペウスに登る為に馬に跨がったハーディは初めてのエラからの贈り物である鎧兜を従者に持たせていた。
その鎧兜はリュークがハーディにと与えたもの、エラはそれを疑いもなくハーディに渡していた。
「つけてみるか。」
ポルペウス奥の院が近づくと、ハーディはエラの贈り物の黒い鎧を身に着けた。
全身を被う鎧を着けると身が引き締まった気がした。
兜も・・と従者が差し出すのを、まだ良いと手で制した。
奥の院が近づいてくると、兵士達は何を感じるのか躰が痒いと言い出した。がハーディにはそれはただの不快さとしか感じられなかった。
更に近づくと体調を壊す者が続出した。そして奥の院を目の前にすると兵士が次々と倒れた。その姿は精気を抜かれ、悪くするとミイラそのもののようになった。
「兜を・・・」
これも倒れそうな従者が面頬と呼ばれる顔を守る防具と頭全体を守る兜を差し出した。その手はプルプルと震え、今にも息が絶えそうであった。
「お前達はさがれ。」
面頬を手にしハーディは兵士達に命令を発した。そして兵士達がさがるのを見届けると面頬を顔に着けた。と顔中に鋭い痛みが走った。が先程まで感じていた辺りの空気の不快さはなくなった。
痛みに耐え兜を被る。するとこめかみと頸筋に鋭い針が突き刺さる様な痛みを感じた。
思わず兜を外そうとしたが自分の頭に喰らい付いた様にその兜は脱げない。更にハーディは兜を取り払おうと藻掻いた。が、それが脱げることはなく、逆にそれを着けることによる安堵感が脳内に拡がっていった。
ハーディは兜を外すことを諦め、馬の歩を先に進めさせた。
奥の院に漂うのは瘴気、だがハーディにそれを感じ取る霊力はなかった。辛うじてそこまで着いてきた彼の部下は体調を崩すばかり、そんな兵士を後に返し、鎧兜に守られたハーディは独り奥の院の門の前に立った。
音もなく門扉が開く。
誘われる様にハーディはその中に馬の歩を進み入れた。
大爆発で奥の院は崩壊したと聞いた。が、そこは植物の力か緑色に被われ、色とりどりの花が咲いていた。ハーディはそれに違和感を感じた。その違和感に対抗するのか脳の一部がチクッと痛んだ。それを無視してハーディはディアスに聞いた話しを思い出し、カミュの最後を考えた。
するとタラッと鼻血が零れ、激痛が彼の脳を襲った。
“要らぬことを考えるでない。”
激痛とともに頭の中に声が響く。
“お前は何も考えず、ここに来れば良い。”
頭の中に響く声にハーディは抵抗した。が、身に着けた甲冑がそれを許さない。甲冑に動かされ、それに抵抗しようとするハーディの体中の関節がギシギシと音を立て、悲鳴を上げる。
最初の一歩が前に出る。それがハーディに安らぎを与える。それでもハーディは抵抗した。が鎧の力には敵わなかった。一歩一歩と歩を進め、永遠とも思える時が流れた。
そして遂に異形の神の像の前にハーディは立った。像座の下には三つの扉、その一つをハーディは潜らされた。
その瞬間、鎧と兜そして面頬から太く鋭い針がとびだしハーディの全身に食い込んだ。
「貴方は今より不死身となる。」
ハーディの頭の中に低く鈍い声が響いた。
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「苦労させられましたな。」
「あの男はほとんど闇の要素を持っていなかった。が、それに一点だけの闇を植え付けられた。」
「エラ・・」
黒の司祭の声にバルハードがニヤリと笑う。
「ああいう男は扱いにくい・・だがどうにか。」
「ワイトとして。」
「いや、トグを植え込む。あいつにはミッドランドを治めて貰う。」
「大戦・・人の血や憎しみ・・」
「そう、それが我が神を育てる。
その後のハーディの圧政もな。」
「ログヌスの兵士達は。」
「屍鬼ドラウグとしてログヌスに帰す。」
「そいつ等が・・」
「子をなす。」
それらの言葉を残し、黒の司祭とバルハードは異形の神像の前を後にした。




