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第二章 黒い影(8) 種(2)

×  ×  ×  ×


 花と緑に被われ、とても邪神と光の子が闘った場所とは、そこは思えなかった。

 奥の院は復活し、その前で自分を呼ぶ者があった。

 黒いローブに身を包んだ司祭、彼の手が自分を招き寄せた。

 誘われるままに奥の院の門を潜る、ハーディには外回りの探索だけと言われていたが、黒の司祭の手招きには逆らえなかった。

 門の先には荘厳な入り口があった。その扉の内に足を踏み入れるとその床はぐにゃりと歪んだ。それは心地よいのか悪いのか・・・

 キーンは尚も足を進めた。生物の肉を踏むような柔らかさが足裏から伝わる。

 前を行く司祭が壁を歩いている様にも感じる・・いや自分が壁を歩いているのか・・・

 天井に小さな黒い扉が見える。その前で司祭の足が止まり自分に手招きをする。

 壁を歩き、天井を歩き、その前まで歩を進める。もうどちらが上か、どこが下かの判断さえも付かなくなっていた。

 屈んで扉を潜る。その中は肉質の壁で被われていた。その肉が自分の躰を包み軟らかく圧してくる。それは躰全体が女の中に入った様な感覚だった。思わず喘ぎ声を上げる。その口の中に太い触手が入ってきた。今度は侵される。キーンは身もだえた。

 それからどれ位の時間が経ったのか、キーンは銀のメダルを握り締め、自分が引き連れてきた兵士達の前に立っていた。


×  ×  ×  ×


 もう一つハーディの頭に引っかかるものがあった。

 ポルペウス奥の院、そこに夜な夜な赤黒い光が浮かぶと噂されていた。そこにキーンを探索の為にやったが、何ごとも無かったという。それでポルペウス奥の院に夜な夜な起つ火は過去の戦いで亡くなった者達の“鬼火”だろう、と言うことで片付けられていた。が、ハーディはそれに疑問を感じ始めていた。

 過去に戦った者達・・そしてそこで命を落とした者、それはカミュに他ならない。光の子が鬼火となるのか・・・ハーディの疑問は深くなっていくばかりだった。

 一度自分で行くか・・ハーディはそうも考えたが、四囲の情勢がまだそれを許さない。思った通りストランドスはホリンに手を出そうとしている。それはダルタンとリュビーの力で何とか均衡を保っている。が何時その均衡がくずれるのか。ナザルによるヴィンツの懐柔は進んでいるがまだ支道建設には到っていない。

 そんな中でミズール、ここだけからは良い報告が上がって来ていた・

 ロゲニアに使者を送り、その答礼として彼の国からの使者も迎え入れた。との報告が上がっていた。

 ところがそのミズールではアイクアリー教は地下に潜ることもなく拡大していた。教会とまではいかないが堂々と集会所が造られ、月に一度は白の司祭リュークがそこを訪れ、既に住民の三分の一程度はその信者となっていた。が、それはハーディには知らされていなかった。

 一方、公然とディアスを別邸に迎え入れる様になったエラの一日は充実していた。出っ歯で(すがめ)の男を連れ歩いていても、エラの眼にだけはその男はディアスに見えていた。

 エラはディアス、シェールを共として、頻繁にログヌスの地下に潜ったアイクアリー教の伝道所を訪れ、それがない時は昼間から荒淫にふけりディアスの精を吸っている。その間、室外には見張りの様にシェールが立っていた。夕暮れにはハーディが待つ宮城に帰り何食わぬ顔で夜を過ごした。

 最近、エラは、ハーディと夕食を共にすることが多くなった。それはハーディにとって喜ばしいことだった。

 「ヘンリーのことだけど・・」

 今日も夕食を同席するエラの口からレジュアス王ヘンリーの名が出た。

 「貴方の下での学習が途切れている様だけど、大丈夫かしら。」

 エラの言葉にハーディはヘンリーの政治力、軍政力を考えた。

 まだ心許ない・・結論はそれだった。

 今はまだ政治面では執政長官のハンコック、軍事面ではヘリオス、グラントの二人の大将軍が居るからいいが、その後は・・この三人が健在の内に・・・

 「そうだな・・復活させるか、勉強会を。」

 ハーディはエラの眼に頷いた。


 ヘンリーは王冠を被ってからもハンコックに政治を見せ、ヘリオスとグラントスに軍事を任せて自身は自堕落な生活を送っていた。そのおこぼれに預かるのは相変わらずサナット。この二人はいつも連れだって街中をフラフラと歩いていた。昼間から酒の臭いをさせていることもあれば、女の尻を追いかけていることもあった。

 王たる者が・・と人々はそれに眉をひそめていた。

 そういった国の隙をストランドスが狙っている事はよく解っている。このままでは・・とハンコック達三人は額を寄せ合った。

 「ホリンの護りを固めなければ。」

 ハンコックが憂いを口にする。

 「傭兵ばかりの国ですからね。」

 それにグラントも同調する。

 「俺が行こう。」

 ヘリオスがそう言ったが、

 「一人では・・かといって二人とも行かせるわけには行かぬし・・・

 人が居ない・・・」

 ハンコックの声に沈黙が流れた。

 「先の大戦の最中にモアドスを追われたブルスという武将が居る。」

 暫くの沈黙の後、ヘリオスが意を決した様に開いた。

 「モアドスの将か・・・」

 ハンコックとグラントはそれにあまり乗り気ではなさそうだ。

 「ベネスアスに意見をして国を追われたらしい。そいつと二人で軍を持ってホリンに行く。そいつをエフェソスに詰めさせ、俺がタキオスに行く。」

 「だがお前が居なくなれば私だけではヘンリー王の抑えが効かんぞ。」

 ハンコックの悲痛な声にまた沈黙が流れた。そこへ、

 「ハーディ様からの使者です。」

 と、衛兵の一人が飛び込んできた。

 「通せ。」

 ハンコックは藁にもすがる思いで強く応えた。

 どうもどうも・・と言いながら入ってきたのはリュビー。

 「大変なご様子で・・・」

 その顔はニヤニヤと笑っている。

 こいつが来ると言うことは・・・三人は苦い顔をした。

 「今日はヘンリー王は・・・」

 その顔に解っているだろうと言わんばかりに、ヘリオスは苦虫を噛み潰し、グラントはそっぽを向いた。

 「どんな用です。」

 ハンコックはその場を取りなす様にリュビーに声を掛けた。

 「前王アーサーとの約束はまだ生きていると我が王ハーディは考えています。

 それにヘンリー王の姉上エラ様もレジュアスの内状に心を痛めておられます・・このままでは民の心が国を離れると。」

 ハンコックまでが唇を噛んだ。

 「そこでです。あなた達の王の教育を復活させる。なかなか上手くはいかないでしょうが王が北にいる間にあなた達はこの国を堅固なものにする。

 王が帰ればまた乱れましょうが、少しずつではあっても王も賢くなっていくでしょう。」

 ハンコックは光明を見た様な気がした。が、

 「ヘンリー王が納得すまい。」

 と憂いを伝えた。

 「外遊と言うことではいかがですか。往きに一月、復りに一月、そしてログヌスに一月。これを年二回、半年の時が稼げます。

 ヘンリー王のあの性格、往復に時を懸け、行く先々で歓待を受ければハーディの元で勉学に励むことも断りはしますまい。」

 なるほど。と三人が頷く。

 「それにもう一つ。」

 何ごとかと、三人がリュビーを見る。

 「タキオスの守備役はサナットにしてはいかがですか、正規の軍をつけて。」

 「あいつに軍は扱えない。」

 ヘリオスは即座にそれを否定した。

 「その通りです。だからこそ多分あなた方はヘリオス殿をタキオスに・・と考えているでしょうが、ストランドス侯国の王パリスは狡猾です。ヘリオス殿がタキオスに入ればそれを揺動し、他の道からレジュアスに入りタキオスを孤立させるでしょう。その時の対処は。」

 リュビーは三人を強い目で見た。

 「どうせサナットは戦えません。であればパリスは直接タキオスを狙う。と言うことは相手の攻め口はタキオスに限られ、貴方はエフェソスから変に応じ軍を動かせる。」

 どうですかという顔でリュビーはもう一度三人を見渡した。

 暫くして頷く三人に、

 「で、土産を一人。」

 リュビーは扉の外に向かって手を打った。と、一人の男が入ってきた。

 「バッケイと言います。使ってみてください。」


 思惑通りヘンリーは外遊という言葉に心が動き、リュビーの提案を呑んだ。収まらないのはサナット、彼もヘンリーと共に行きたがったがタキオスの主将という肩書きが彼の首を縦に振らせた。


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