第二章 黒い影(6) 王の死
アーサーは大道完成の祝宴に出席してから後、体調がすぐれなかった。少しのことで疲れ、息が上がった。
自分の体調を思ってかアーサーはレグノスにヘンリーを呼んだ。
「父上、お体の具合は・・・」
尚も言い続けようとするヘンリーをアーサーは手で制した。
「モアドスは上手く治めているか。」
はい。とヘンリーは頷いた。
「欲を出してストランドスに手を出すなよ。ダルタンともよく話し合ってな。」
それにもヘンリーは頷いた。
「エラ・・いや、ハーディとも上手くやれ。あいつがお前の後ろ盾になるように儂は総ての手を打った・・お前はモアドスではなくレジュアスの王と成る者、それをよく心せよ。」
ヘンリーはアーサーの言葉に目に涙を浮かべた。しかしそれとは裏腹に、レジュアスの王という言葉に心を浮き立たせた。
アーサーとヘンリーの会話を側で聞いていたハンコックはこれを王の遺言かと思った。が、アーサーはそこから回復の兆しを見せた。しかも一と月が経つと、エラに会いに行くと旅仕度まで始めた。ハンコックは体に障るとそれを止めたが、アーサーは頑として聞かなかった。仕方なくハンコックは室内で身体をゆっくり横たえるだけの空間を持った馬車を調達した。その間一月、出発の日までにアーサーは随分元気になり、これなら今すぐ戦場にも出られるぞ・・と冗談を飛ばしたりしていた。
旅はゆったりと進んだ。モアドスの首都モタリブスまでに一月を懸け、そこからログヌスまで一月を懸ける予定であった。
レグノスの守りはハンコックに任せ、アーサーは遂に旅立った。
草原での宿泊を重ね、先の大戦で崩壊したエフェソスに立ち寄り、その復興ぶりを視察した。それから向かうのはストランドスとの国境の街、商都タキオス。
タキオスの復興ぶりはその経済力に比例するかのように凄かった。先の大戦でダルタンが破壊した運河の関門はとっくに修理され、ローヌ川から運河へと次々と船が入り、その川幅を利用し、下流、つまり海からも船が入ってきていた。ここでアーサーは馬車ごと船に乗りロマーヌロンドへと向かった。
アーサーはダルタンが守る城に寄り、ダルタンはそれを盛大に歓迎した。
「ストランドスの動きはどうだ。」
アーサーは夕食の席でダルタンに質した。
「モアドスのヘンリー王を挑発しています。もしもモアドスが落ちれば、ハーディと我々は南北に分断され、せっかくの大道の恩恵が半減します。」
「それに対してヘンリーは。」
「血気にはやり、危険な状態ではないかと・・・」
相変わらず・・・アーサーは苦い貌を見せた。
「モタリブスに着いたらよく言って聞かせよう。」
アーサーは長旅の疲れを取る為か、ロマーヌロンドに五日間滞在し、ダルタンと意見を交わした。
あちこちと滞在を重ねたせいでモタリブスに着いたのはレグノスを出てから一ヶ月以上が経っていた。
サルミット山脈とオービタス山系の間の峠道を越える前にアーサーの一行は一泊し、そこを越えてからまた一泊した。大道に対しニクスから続く道が合する所には大きな宿場町が出来ていた。その名はレンドール、そこの宿の窓からは遠くに黒い森の陰が霞んで見えた。
黒い森・・そこで何かの約束が・・・アーサーはそれを思い出そうとした。だが、何も思い出せない。黒い森で魔物に襲われた。それでもどうにかアーサーはログヌスに帰り着いた。だがどこをどう通ったのかそれさえ思い出せない。
無くした記憶なのかそれとも・・・誰かが自分を呼んでいる・・黒い森から誰かが自分を呼んでいる・・・アーサーはそう感じていた。
レンドールを出て二日、ランドアナ高原を目の前にアーサーは突然高熱を発した。そこからログヌスに向け早馬が走る。その後を追いアーサーの美麗な馬車も大道を急いだ。
半死半生、ログヌスに着いたアーサーの意識は混濁していた。
父の危篤の知らせはモタリブスのヘンリーの元に走っていた。だが、間に合うのか・・・
ハーディは義父の病床に入り浸った。が、肝心のエラはそこには近づきたがらず、ディアスとの逢瀬にばかり気を取られていた。ハーディの使者がエラの別邸に来ると仕方なさそうに父の病床を訪れた。
ハーディは八方手を尽くしたが、アーサーの病状は一向によくならなかった。
「いい夢は見られましたかな。」
アーサーはその声に眼を開けた。そこは黒い森の一角に立つ大きな木の根元。
その眼にぼんやりと映るのは黒いローブを着た司祭。
「十余年・・もう一人の貴方にとっては長かったはず。
ですがここに居る貴方にとっては僅かに三日、この三日で貴方は十年以上の夢を見た。
貴方はもう一人の貴方が経験することを頭の中の脳虫を介して経験しただけ・・」
アーサーはヨーウィに突き貫かれた自分の腹を押さえた。
「約束は二年のはずでした・・だがあなたはよく生きた。その生への執着には感心いたします。
ですがここまで・・・・」
司祭はアーサーの顔に己の顔を近づけニヤリと笑った。
「あの時、貴方の呼びかけに、もう一人の貴方が応えここに来ていれば、貴方はまだ生き延びられたかもしれない。大きく育った脳虫を貴方の分身に渡せればそれで貴方は生き延びられた。
ですが貴方は貴方の呼びかけを感じ取れなかった。
育った脳虫が外に出たがっています。それが外に出れば貴方は・・・・」
アーサーは顎が外れるほどに大きく口を開けた。その口の奥に二本の触覚が見え、それが口の外を目指し進んでくる。
「もうすぐです・・もうすぐ貴方の命は終わり、約束通り私の僕となる。」
病床のアーサーはふと眼を開けた。その眼にハーディの姿が見えた。
「ハーディ・・か・・・エラは・・・・」
ハーディはアーサーの声に首を横に振った。
「そうか・・・」
アーサーは消えそうな声で言った。
「ヘンリーを・・レジュアスを頼む・・・」
そこまで言うとアーサーは再び目を閉じた。
十センチほどの直径を持った芋虫がアーサーの口から出てくる。
「よく育ったものだ。」
黒の司祭はその光景を見下ろしていた。
グエーという声と共に唾液にまみれた粘膜質の芋虫がアーサーの口から零れ出た。それをバルハードが矢先で突き殺した。
アーサーの臨終の床にヘンリーは勿論、エラも間に合わなかった。




