第二章 黒い影(1)
キーンを送ったポルペウス奥の院は何ごとも無かったとの報告を受け、それに安心したハーディはログヌスからミッドランドを貫き、ルキアスまでを繋ぐ大道の建設に邁進した。
だが、この大道は他国の領土も通る。よって他国の許可無しにこれを推し進めることは出来なかった。そこでハーディはリュビーと話し合いモアドスを治めるヘンリー、ネオロニアスのダルタン、トポリカの元老院の代表をログヌスに呼び、大道建設の協力と、自国内の建設はその国が行うことを提案した。元々ハーディの肝いりで出来た国トポリカは即座にそれに賛成し、ロマーヌロンドからモングレトロスに到る道の建設費の半分を見ることを約束した。ダルタンも暫くの時間を置き賛意を示したが、ヘンリーの答えは出なかった。
「アーサーか。」
リュビーとダルタンだけが残った部屋でハーディは呟いた。
「彼を刺激しないように大道はレジュアスとフィルリア、どちらにもかからない道筋を選んだんだが。」
「儂が使者に立とう。」
ハーディの困り顔にダルタンが言った。
「リュビーと俺、ヘンリーも連れてな。」
それで話は決まり、三人はレグノスへと旅立った。
その間にナザルがログヌスを訪れ、大道とは別にログヌスからミズール、ダミオスの首都ニクスを経由しサルミット山脈の麓で大道と合流する道の建設許可を得に来た。その費用はダミオスと一緒に負担するという。ハーディはその提案に即座に許可を与えた。
そしてもう一人、白の司祭リューク、彼もハーディの元を訪れた。彼は全ての工事に無償で教徒を差し出すことを提案し、その見返りにログヌスから教都ケントスを通りナザルの提案と同じ様に大道と連絡する道の建設許可を得に来ていた。ハーディはそれに対して考えるとだけ答えた。
ダルタン達はレジュアスに着いた。着くとすぐに王の予定を尋ね面会の申し出を行った。
が、ダルタンの一行の中にリュビーがいると聞きアーサーはその答えを渋った。
「ヘンリー王子、力を貸してください。貴方が一緒であればアーサー王も断りはしますまい。」
ダルタンはあたかもヘンリーに頼るような言い回しをし、彼の自尊心をくすぐった。
ヘンリーはあっさりとそう言う甘い言葉に乗る。自身が先頭に立ってレグノス王城の門を潜った。
「父上、お久しぶりでございます。」
ヘンリーは案内も請わず玉間に入って行った。
アーサーはそれに苦い顔はしたが、息子のすること、咎め立てはしなかった。が、その後に控えるダルタンとリュビー、特にリュビーの顔を見るとあからさまに嫌な顔をした。
「何の用だ。」
それが言葉の調子にも現れる。
父に甘やかして育てられたヘンリーは、その声に憶することもなくハーディの計画を話した。
「モアドスは良かろうが我が本土には何の益ももたらさん。
ダルタン、お前のところはどうするつもりだ。」
アーサーはダルタンを睨み付けた。
「ハーディの申し出に応じました。」
「なぜ勝手なことをする。」
「王は私にネオロニアスに関しては全権を任せると仰いました故。」
ダルタンの明瞭な答えにアーサーの渋い顔は益々渋くなった。
「だが、モアドスは許さん。ヘンリー、軽々しく他者の言に乗るでない。」
「姉上の夫でもですか。」
ヘンリーの心は既に儲け話に浮かれていた。
「こうしたらいかがでしょう。」
苦虫を噛み潰したようなアーサーの顔に突然リュビーが話しかけた。その声に、聞く耳も持たんというような顔で、アーサーはそっぽを向いた。構わずリュビーは話す。
「貴方はレジュアス本土に益がないと仰った。
そこでロマーヌロンドからレグノスへも道を引く・・・」
リュビーの提案はこうだった。
大道から別れ、ロマーヌロンドからエフェソス、レグノスを経由してモングレトロスの北でもう一度大道と合流する。自国内の道の建設費用はその国が持つべきものだが、その半分をランドアナ王国が持つ。これによって国益を伸ばせる。
「レジュアスの産物は馬と塩。特に塩、塩の生成には多大な手間を要しますがオーパス湖の岩塩はそのまま売れます。
今、この国の経済は大半をタキオスを擁するホリン共和国の上納金に頼っていますが、その他に経済的に二つの柱を得ることが出来ます。
一つは塩そのものによる貿易の収入。もう一つはその貿易で繁栄するルキアスからの収益・・・いかがでしょうか。」
「我が国はホリン共和国からの上納金で充分に潤っておる。」
アーサーは思わずリュビーに言葉を返した。
「確かに今はそうでしょう。ですが富を生むタキオスは国境の町、先の大戦以降タキオスの北はストランドスに対しほぼ無防備、貴方が健在な内は宜しかろうが、その後は。」
アーサーはヘンリーの顔をちらりと見て苦い顔をした。
話は決まった。しかも大道の建設費用はレジュアスを含め関係する国々で等分することとなり、その中には別道をファルス経由で引き、フィルリアも含まれることとなった。
ハーディの大構想から数年、最後に残ったサルミット山脈とモンオルトロスの隘路を拓く貫通式にはアーサー王も参加し、遂にログヌスからルキアスまでの大道は完成した。
大道の完成と共にミズールの経営にも成功し、得意の絶頂にいると思われたハーディには尚悩みがあった。家庭的にはエラのこと、対外的には大道の完成で蚊帳の外に置かれたロゲニア王国、ヴィンツ共和国、ストランドス侯国の処遇、それに国内的にはアイクアリー教の思わぬ拡がりであった。
エラは相変わらず若く美しかった。それは歳をとることを忘れたかのようであった。四十歳を越えた自分の部屋に毎夜のように足繁く通ってきてはいたが、最後はいつものあの悪夢。しかも昼間は相変わらず別邸に入り浸り、顔を出そうともしない。
そして、ロゲニア、ヴィンツ、ストランドス、大道沿いの国との富の格差が生まれ、その争奪戦ともなりかねない。ヴィンツはニクスに座る自身の配下リュビーが、ストランドスは盟友ダルタン、ロゲニアは新たな街ミズールのナザルが何とか抑えてはいるが年老いていくアーサーの死後、ホリンはどうなるのか・・・ハーディはこの三国も大道の繁栄の中に取り込むことも考えていた。それによってミッドランド全体に本当の平穏が訪れると。
× × × ×
ロマーヌロンドからファルスを通ってモングレトロスへの別道の建設によって大道の恩恵をフィルリアも受けていた。国益の増大に気を良くしたアーサーはダルタンの進言もあって旧ドロミスから撤退し、その地を戦勝国の一つフィルリアに明け渡していた。ネオロニアスはその分ストランドス方面に勢力を伸ばし、直接国境を接した。それはストランドスへの圧力を強め、それによってホリンを守るというダルタンの戦略だった。
フィルリアでほんとうの意味で将軍と呼べるのは未だにギルサス唯一人。彼は執政官も兼ね政治に、軍事にと大忙しだった。ハーディがいれば・・・ギルサスはよくそう考えた。そんな彼の部下にも徐々に若い芽は育ってきていた。三十間近のスリラム、若いと言えば若すぎるほど若いまだ十代のカール。その二人を使って南東の一部で勢力範囲の一部が交錯するバルバロッサとの抗争を続けていた。その力と魔の泉イズールに守られトポリカは安泰を保っていた。
大道の完成もありトポリカ・・特にルキアスは信じられないような発展を遂げていた。既にその経済力はホリンの商都タキオスに肩を並べるほどになっていた。
その一方、もう一つの新しい国ダクーナ、この国は北部を断続的にバルバロッサに侵され、寄せ集め国家の脆弱さを露呈していた。
「どうしたものでしょうか・・・」
ノヴァルミアスの宮廷でティルトはヴィフィールの顔を見ていた。
「共和制の弱さだな・・特に寄せ集めの・・方向性が一つに纏まらない。」
「強力な指導者が必要と言うことでしょうか。」
「そうだな・・だが・・・」
ヴィフィールも困り顔を見せた。
確かに強力な指導者を置けば、国は一つに纏まる。だが、その反面、専制政治に陥る可能性も高くなる。
どうしたものか・・・ティルトも頭を悩ませた。
マールというエルフの男がいた。ティルト達と共にあの大戦に参加し、今はノヴァルミアスの政治の中枢にも参加していた。ヴィフィールとティルトは彼をしばらくの間ダクーナに派遣し、そこを治めさせようと考えた。
ダクーナに派遣されたマールはまず軍を纏め、バルバロッサに対抗した。その策は功を奏しダクーナがバルバロッサに襲われることは少なくなった。が、その反面バルバロッサ達はオービタス山地を西に降りフィルリアの東端を侵し、ダクーナと魔の泉イズルの間を縫いトポリカの辺りまで進出するようになっていた。フィルリアはともかく、トポリカは商業の国、まともな軍は持たない。その状況をティルトは憂い、ノヴァルミアスの統治をヴィフィールに任せ自身が直接ダクーナに出馬し、それによってバルバロッサの動きを抑えた。




