第一章 白狼に育てられた少年(20) 脱走(1)
剣闘士は檻に繋がれ、行く先々で命を的に闘いを続け、観客を喜ばせる。そんな旅が続いた。
ルードはソリオとは勿論、あれ以来クローネといることも多くなった。それはソリオにとってもありがたいことだった。ソリオはクローネの戦い方にあこがれ、二本の剣を使うようになった。そのあこがれの存在がルードを通してだが間近にいる。訓練の時などクローネの技を盗もうと目を皿のようにして、彼女一挙手一投足を見ていた。
「見ているだけでは強くならんぞ。」
調教人の鞭がソリオの背中を打った。
剣闘士の訓練と言えば、朝起きると飯を食べる前にそこら中を走って回る。食後は道具を使って筋力の強化を図り、昼食休憩の後では日が暮れるまで己の武術を磨く。それを怠れば闘技場で待つのは死。自身の命の為、手を抜く者はいなかった。
「儂も拠点を持とうかと思う。」
ある日、支配者は興行役を自身の大きなテントに呼び彼と自分の妻にそう宣した。。
「なるだけ大きな街が良いが・・・」
旅から旅の生活に疲れていたのか支配者の妻は嬉しそうな顔をし、
「南の方に・・・温かい所がいいわ。」
自分の希望を言った。
「大きな街となればどこも闘技場を持ち、そこで闘わせる剣闘士を囲った者達が居座っていますので・・・」
支配者の妻とは違い、興行役は難しい顔をした。
「その中で一番手薄なのはどこだ。」
支配者は興行役に質問する。
「アルジャン王国の首都、バルル。」
興行役は暫く考えてからそう答えた。
「ラフィンウエルの西の国ね。」
支配者の妻は明るい顔をした。
アルジャン王国はラフィンウエルの西から南に張り出した大きな半島にある。その首都は半島の中央よりも南にあり温暖な気候で知られていた。
「果実も良くとれるし、おいしいワインも・・・」
言い掛ける妻を手で制し、
「幾つの剣闘団がある。」
と、支配者は質問を続けた。
興行役が語る情報によれば、アルジャンの首都バルルには三十万人以上の人が住み、闘技は非常に盛んだという。闘技場は大きな物とは別に街中に三カ所もあり、その内の二つを大きな剣闘団が牛耳っている。三つ目の闘技場は一つの中程度の闘技団と、五つ、六つはある小さな闘技団が使っている。その他にも闘技が盛んなせいか個人で闘技会に参加し名を上げようという者も無数にいるらしい。
半島という土地柄、他との交流は少ない。その為剣闘士の質はそれ程高くなく、充分に勝算が立つとの結論に達した。
土地を買い訓練所を造る。との支配者の決断に興行役は早速バルルに飛んだ。
ルードが十二歳になる年、バルルの街を見下ろす小高い丘の麓に粗末ながら訓練所が出来上がり、支配者一族と共にルード達はそこに移り住んだ。
無制限の部の男にはガンツという隆たる筋肉を持った戦士を抱え、女には当然クローネ、少年の部にはソリオ、十五歳未満の幼年の部にはルードがいる。支配者はその実力を元にバルルでのし上がることを考えた。その為に剣奴達の世話をする女を雇い入れ、数人の新参の剣闘士も買った。その為底を突きそうになる金を支える為に、まず小さな闘技会に出場することを考え、手始めに幼年の部でルードを出場させた。
彼の強さは凄まじかった。素手での殴り合いにも係わらず優勝までの勝ち上がり五人の内二人を一撃で殴り殺した。優勝を決める一戦に勝った時、会場にはルード、ルードの声が轟いた。支配者は得意顔で優勝賞金、三十金を受け取った。
訓練所に帰れば勝った者には女と酒が与えられる。ルードは酒ではなく大量の生肉を所望し、支配者は上機嫌でそれに応じた。ルードは今やクローネ以外の女も知っていた。その夜は新しく雇い入れられた若い女を自分の部屋に呼んだ。
事が終わりルードは昼間の闘技場でのことを考えた。それは闘技そのものではなく、その帰り道でのこと・・ちらりと白い影が見えたような気がした。もしかして・・・ルードはその考えをすぐに打ち消し眠りについた。
ルード達の支配者は中程度の闘技団が催す闘技会に誘われた。支配者はそれを快諾し、無制限の部にはガンツと他の男二人、それに女の部にはクローネ、少年の部にはソリオともう一人、幼年の部にはルードを登録した。
闘技会当日、組み合わせ表を見て支配者は愕然とした。最初は素手での闘技、そこには自分の拳闘士は出していなかった。が幼年の部にルードの名前がない。慌てて組み合わせ表を見ると、彼の名は二つに分かれた無制限の部にあった。しかも初戦の相手は自分の剣闘士、さすがにガンツと当たることはなかったが・・・
嵌められた。そこでルード達の支配者は気付いた。主催の支配者はルードの力を妬み、その支配者である自分の台頭を嫌い、潰しに来たのだと。
ルード達の支配者は主催の支配者の元に走った。がそれは他の小さな闘技団の支配者達に阻められ、その間に開会を告げるラッパが鳴った。その音にルード達の支配者は仕方なく自分の席に座った。その姿に高い所に座った主催の支配者がワインのグラスを上げニヤリと笑った。
闘技は進んでいった。今日と明日で予選である試合が終わり、各部八人の者が七日後のに死闘を繰り広げる。ルードが抜けた幼年部にはこれといった剣闘士はいなかった。そしてソリオが出場する少年部。ソリオは支配者の期待通り八人の中に残った。が、もう一人の少年は倒され、勝った少年の支配者の親指が地を指すと同時にその命は途絶えた。
次は無制限の女の部、女の剣闘士は少ない、クローネは二回勝てば八人の中に残れる。クローネはいつものように僅かに胸と胯間を隠した衣装で闘技場に立ち、手にした白装束を宙に投げ上げるとハラリと落ちてくる長い衣装に両腕を通した。そして二本の剣が宙を舞う一瞬のうちに腰帯を締めた。その様子をあっけにとられて見取れていた相手が思いついたようにクローネに突進した。すれ違いざま二本の銀の光が奔り、クローネは自分の支配者の席を見上げた。
振り向いた相手の躰の右手は剣を握ったまま、左手は盾を握ったまま地に落ちていた。
沸き上がる歓声の中、支配者の右手の親指が地を指し、クローネは倒れた剣闘士の血に帯を浸した。
二戦目の相手はクローネが帯を結ぶ為に剣を手放した瞬間を狙ってきた。が一瞬で帯を結んだクローネは空中高く飛び上がって中空の剣を掴み、そのまま斬り降ろした。これも一瞬で勝負がつきクローネの帯はその死骸の血を吸った。
翌日はガンツとルードの試合、先に出てきたのはガンツ、彼は弱い方の山にいれられていた。彼は、体力で圧しまくり圧勝し、八人の中に残った。
そしてルード。当然十二歳になったばかりのルードの賭け率は最低であった。もしも優勝でもすれば彼の支配者の手元には多大な金が入る。だが、相手は大人・・死なぬようにとだけ彼のオーナーは願った。
だが大人並みの体力を持つルードは強かった。一戦目の相手はルードと同じ闘技団の者。彼の得物は網と節くれ立った棍棒、網で相手を捕らえ棍棒で殴り殺す。だがその網がルードを捕らえられない。しかもルードは網を躱すたびに左手につけた鉄の爪でそれをずたずたに斬り裂いていった。ボロと化した網を相手が投げ捨てた時にはもうルードの逆手に持った剣の柄が腹に深く打ち込まれていた。
二人目の相手は個人出場の大男、捕まれば押しつぶされようが、ルードは捕まらない。相手の攻撃を躱すたびに相手の躰に傷が増えていった。そして遂に突進してきた相手の腹に左手の爪が突き刺さり、大きく斬り上げられた。
その日最後の相手はこの闘技会を主催した支配者の配下。彼は自分の配下が簡単に勝ち上がれるようにとこの組み合わせを造っていた。彼の選手はこの闘技会の優勝候補、年若いルードになど負けるはずがない。試合が始まるまで彼はそう思っていた。ところが・・優勝候補と言われる者を相手にしてもルードに憶する様子は見られなかった。
自信たっぷりに振る相手の剣がルードの頬を掠める。それでもルードはニヤニヤと笑っていた。一緒に訓練するクローネの剣の速さはこんなものではなかった。鈍い・・そう感じていた。
斬りかかる剣の根元をルードが掴んだ。
ニヤリと笑い相手の腹に左手の鉄の爪を叩き込んだ。そして、哀願する相手を支配者の親指に従い斬り斃した。
七日後の試合、幼年部が終わり、少年部へと闘いは進んだ。
後二戦、ソリオは勇んで闘いに出た。一戦目は快勝し、決勝でも勝ちはしたが胸を大きく斬られた。それでも命に関わるほどのことはなかった。
女の部、クローネの強さは圧倒的すぎた。その為、他の七人が全て棄権し、そのまま優勝が決まった。
ガンツは命は取り留めたものの準決勝で負けた。
ここでもルードの強さは際立っていた。三戦目に優勝候補をあっさり斃したことで残ったものは唯一人。その男もあっさりと屠った。
この勝利でルード達の支配者は中程度の闘技場で闘技会を催す権利を得た。
数ヶ月の内に抱える剣闘士が増えた。それは流れ者の剣闘士を迎え入れた為もあった。その間にルードはちらちらと白い影を見ることが多くなった。




