第一章 白狼に育てられた少年(18) 光の使い(3)
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タンカは街の名前を光の街、ルーメンスブルグと変えていた。その中心にある宮殿はパレスとだけ呼ばれそれに付随する教会は益々壮大になっていた。その後の政治所を宮廷と呼び、枢機卿達が集まり政治に関する方針は全てここで決まる。その後が後宮、ティアの娘セイラが住んでいる。胸に淡い光りを放つ太陽の紋章を持っていた。それを利用するかのようにしてメシアン教は拡大していっていた。
それにもう一つ、最近になって新しい施設が出来ていた。軍事所、そこには毎日軍政を預かるラルゴが出仕していた。今はラルゴが戦場に出ることはほとんどなかった。ラルゴはいつも出仕するとすぐに後宮のセイラの所を訪れた。そこで暫くセイラと遊び、その後に軍事所に入った。今、遠征軍クルセイダーの将と呼ばれる者は三人、元々ラルゴと共に戦っていたデルフ、若いオーリー、それに枢密院が送り込んだカナル。この三人が主に実戦を牛耳っていた。
デルフはしばしば戦いに負けた。但しその負け方は国の経営に影響するほどのものではなかった。オーリーの戦績はなかなか良かった。ほとんど負けることはなく、アルカイの版図を広げていた。カナルは負けることを知らなかった。彼等が拡げた版図に枢密院はすぐにメシアン教の布教者を送り込み、その教会を護る者として守護兵と呼ばれる戦士を送り込んだ。彼等の素性はそれ程良くなく、その手法は徐々に征服された土地の人々の怨嗟を買うようになっていた。また、パレスにある教会つきの戦士は教会騎士と呼ばれ街中で羽振りを利かせていた。
セイラはよく街中に出ていた。たまにはルーメンスブルグの街城の外まで足を伸ばした。花を摘み、その花で冠を造ったりしていた。 セイラが作る花冠は不思議と長持ちした。彼女と一緒に他の者が造った花冠やら、花首飾りはすぐに枯れたがセイラが造ったものは一月以上も色あせなかった。
そして今日もセイラは街中に出ていた。彼女の廻りを護るのは教会騎士達、彼等が止めるのも聞かずセイラは街の南の端を目指した。そこは高い城壁の影になり日の差さぬ所。そこは下層民達が住む所。
日が当たらぬ為その土はジメジメと湿り、腐りかけた魚や食肉の臭いや、汚物や排泄物の臭いまでが混ざっている。
今、ルーメンスブルグは旧タンカの内城に住む者達、その外の日の当たる地に住む者達、そして日の当たらぬ所に住む者達と格差が生まれていた。一番下を見てみたいそれがセイラの希望であった。
「着飾ったガキが来る所じゃないんだよ。」
何度もセイラを脅す声が響いたが、セイラは怖がる様子もなくゴミためのような街中を歩き、恵まれぬ人々に声を掛けた。
「あの服を買おうっと。」
セイラは小汚い服屋に入り、古ぼけた革のワンピースを手に取った。
その日はそれだけ、ワンピースを一枚買って宮城に帰った。
後宮に戻るとラルゴがいた。
「今日はどこへ・・・」
ラルゴはセイラに笑いかけた。
「南に。」
「貧民街ですか。」
ラルゴは驚いた顔はしたがそれを咎めはしなかった。
「そこでこれを買ってきたの。」
セイラは嬉しそうに、古ぼけた革のワンピースを見せた。
「それを着てどうします。」
「あそこには困っている人達が沢山います。明日は食べ物と薬を持っていこうと思います。」
「働かぬ者への施しはかえって毒になりますぞ。」
「遊んでいる人達にはやらないの、本当に困っている人にだけ。」
「それでは明日は私もご一緒しましょう。」
そう言ってラルゴは後宮を後にした。
翌朝、荷車を数人の教会騎士に牽かせセイラはラルゴと共に貧民街に入った。セイラは昨日買った見窄らしいワンピース姿だった。
物資を満載した荷車を狙う輩もいたがそれらはラルゴと教会騎士が撃退した。
その騒ぎの中、湿った土の上に倒れた老婆がいた。汚れるのも構わずセイラは跪きその老婆を助けた。それからも病人を探し、孤児を求め、飢えた者を助ける為に日がな一日貧民街を歩き回った。
「もう一枚服を買いましょうか、洗い替えに。」
帰り際、ラルゴがセイラに声を掛けた。
次の日もセイラの行動は同じだった。それに教会騎士達が不平を鳴らし、彼等を束ねるケイマンはその事を枢密院にねじ込んだ。その為緊急会議が開かれた。その会議には珍しくラルゴも出席した。
「我等テンプルナイトは、」
会議は教会騎士の長ケイマンの発言から始まった。
ケイマンはこの数日間のセイラの行動を取りあげ、自分達は教会を護る神聖なる騎士であり、慈善事業の為に居るのではないと、言いつのった。
「教会の守護者・・その教会の中心は誰だ。セイラ様ではないのか。
そのセイラ様の希望に添えないなら、教会騎士など要らない。」
それにボルスが強い口調で反論した。
「しかし・・・」
言い詰まりながらもケイマンはそれを否定しようとする。
「我が儘は困ります。
いかに“光の子”といえど教会騎士は、その我が儘をかなえる為にあるのではありません。
まず教会が第一。」
ケイマンを助けるように横からホンボイが声を発し、そこにいた枢機卿のほとんどがそれに賛同の意を表した。
「教会ではない。ティア様は自身の子を育てる為に新しい地を求め、ここに到った。それを利用し宗教などと・・・」
「教会騎士の力は借りん。」
まだ言い続けようとするボルスを押しとどめラルゴがそう言った。
「但し、セイラの親衛隊のようなものを創る。
俺がその中心になり、遠征軍から人を選びセイラと行動を共にする。」
「あなたまでセイラ様の我が儘に従うのか。
外敵に備える為の遠征軍を弱体化するようなことは出来ん。」
「我が儘・・何を以て我が儘という。
困窮した者達を助けることが我が儘だと言うのか。
その優しさはあんたらが言う宗教とは相容れないものなのか。」
ラルゴの口調も強い。
「しかし・・・」
さすがのホンボイも言い淀む。
「暫く様子を見たらいかがですか。」
それを取りなすようにそれまで黙っていたヨゼフが口を挟んだ。
「様子を見る・・・」
ホンボイが怪訝そうな貌をする。
「そうです。様子を見ましょう、セイラ様が今後どういう行動を取っていくのか。」
「それはどう言う意味だ。」
「意味も何もありません。
私達はセイラ様を護らねばなりません。またあるかも知れぬ邪神の災厄から人々を守る為に。
その為にセイラ様の行動を暫く見守る。」
ヨゼフはそう言いきった。
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「ラルゴとセイラか・・・」
「それにボルスもですね。」
「いささか失敗したか。」
「何かに守られているのかこの三人には私達の力が及びません。」
「もう一度やり直しましょうか・・例えばヴィンツのように・・・」
「無理だ、アルカイはあそことは違う。
それにあまりに大きくなりすぎた。」
「選民の地はロジーノだけとする。」
セイン・ヴノの神殿でヨゼフの耳と目から情報を得た七賢者が話し合っていた。
「では今後どうします。」
「利用すればすむこと。」
「そして・・・」
ラグラは首に手刀を当てた。
「ところで、サロメがいた森は・・・」
「危険だな。あそこに陰の魔物が入ればロジーノが危うくなる。」
「対策は・・・」
「結界を・・」
「いかん・・それはいかん。結界を張りすぎてはこの地のことが自然と知れる。」
「ではどうするのです。」
「以前“召喚の指輪”が我等の手にあった時、私は一体の魔物を呼び出しておった。」
それは・・と六人の眼がラダを見た。
「魔人グシオン。中立の魔物だ・・奴に森を治めさせる。」
「危険では・・」
「制御できる・・マルファスより楽だ。」
「それでどうする。」
「勝手に魔物を集めさせ、あの森を治めさせる。」
「ロジーノに危害は・・・」
「及ばない。ロジーノは軽いが我々の結界に被われている。」
「だが・・」
「我々も力を使うべき時が来た。」
「それは・・・」
「ホーリークリフの二の舞は出来ぬ。」




