第一章 白狼に育てられた少年(17) 光の使い(2)
一行は五人に増え、ウィーゴが住む村ニュールベルグに着いた。それから村人に尋ね廻ってウィーゴの家の扉を叩いた。それに応じたのはルシール、嘗ての旅の仲間。カイ達の目に懐かしさがこみ上げた。
ルシールの後ろにはウィーゴが立っている。彼も含めて昔話に花が咲いた。そして話しがワーロックに及ぶと、
「ウィーゴ、案内しなさい。あなたの旅立ちの時が来たのかもしれません。」
と、ルシールは強い眼で息子を見た。
朝早く旅立つウィーゴの背にはサスカッチと強化銀の盾、腕には強化銀の腕当てを巻き、腰には梵字の斧を下げていた。それは血の繋がりがないにも係わらずルシールのめにはドラゴそっくりに映った。
あんた達が帰ってくるまでに服を造っておくよ。と言うハベトを残して五人はニヴルヘイムの第二層に向けニュールベルグを旅立った。
第二層の中枢までは遠い、森の中をたっぷりと十日はかかる。その為にルシールは多くの干し肉と乾燥野菜を皆に持たせていた。
第二層は死者の国、ニヴルヘイムと呼ばれ、そこはニーズヘッグとフレイスベルグが支配する世界。
「魔物が出ても手を出すなよ。」
ウィーゴはそう注意を促した。
あちこちにマンドレイクの花が咲き、その中を聖獣カーバンクルが跳び廻り、空には霊鳥スパルナが飛んでいる。
「お前達は俺といるからいいが普通の人族がここまで入れば命を落としている。」
ウィーゴが言うとおりかも知れない、ある時は湿地からヘケトが顔を出し、高みにはたまに霊鳥ハンサまでを見かける。
「ここは・・」
カイが思わず口にする。
「あの世・・・天国だよ。」
それにウィーゴが答えた。
極彩色の花々が咲き、輝くような羽根色の鳥が舞う中を南へ向かって進む。と、地響きのような声がした。
「ウィーゴ、何の用だ・・しかも人族まで伴って。」
泉の中から顔を出したのはニーズヘッグ、その周りには無数の人の霊が輝いている。
「ワーロックに会いに来た。」
あっさりというウィーゴに、
なぜ人族がいる。と、ニーズヘッグが詰め寄った。
ウィーゴは息が掛かるほどに身近に迫ったニーズヘッグを恐れる様子もなく、
「俺の客だよ。」
と、続けた
ふざけるな・・とばかりにニーズヘッグの廻りの水が波を立て渦を巻く。
「待った、待った、待った。」
そこに大きな栗鼠が現れた。
「吾が名はラタトスク、ミーミルの言を伝える。」
ラタトスクと名乗った栗鼠は尊大な態度を取った。
「ここで待て、ワーロックはすぐに来る。」
木々が動き、あっと言う間に夜露をしのげる小屋が出来た。
一日待った。そこから十日以上掛かるはずの霜の国からたった一日で・・・
「湖を渡って来た。」
それでも速過ぎた。
「私達の来訪を・・・」
カイの声に、
「何日待った。」
と、ワーロックは不思議な事を言った。
「一日・・・」
カイがそれに応える。
「五日だ。
ここでは時さえもミーミルが支配する。」
カイは驚きの貌を見せた。
「あなたは・・・」
「操られていない、一日は、一日だ。
ところで、何か得たか。」
「私が何者であるかだけは。」
「そうか・・それは良かった。」
ワーロックはそれ以上聞こうとはしなかった。
「私は・・・」
「言わなくともよい、それはお前の問題。自身の中にしっかりと納めておけばよい。」
「あなたにも関係があることですから。」
「私にも・・・」
ワーロックは怪訝な顔をした。
「レーネという人を知っていますか。」
「レーネ・・・」
「百数十年前にあなたが会った女魔道士です。」
百数十年前・・サイゼルやアレンと・・・
ワーロックは思いを巡らせた。
そして思い出した・・身重の身体で自分の小屋まで逃げてきたレーネという女性を・・・そしてハベトロトの手に預け三人で旅に出た。
まさかあの時の胎児が・・・
「ハベトの乳を飲んで私はこの寿命を得た。
ですがあなたは・・・」
カイはワーロックの眼をキッと見た。
「今日はお前達に会わせたい人がいて連れてきた。」
ワーロックは唐突に話を変え、小屋の扉を開けた。そこに立っていたのはティア。
お久しぶりです。と彼女は声を掛けた。
ティアはカミュとの間の子供を育てる為に新しい村を目指したはず、それが・・・
「私は二人の子を産みました・・・」
「双子ですか。」
何とはなくカイははティアの声に続いた。
「あの地、タンカでは双子は忌み嫌われました・・それにそれを産んだ母親も・・・」
「カミュとティアの光を受け継いだ子が何時かは産まれる。それまではティアを護らねばならない。」
「ティアの子供は・・・」
「光を完全には受け継いでいない。」
「それがあの時のキュアの“祝福”と称した呪い・・・」
「ティアはまだ“光”を持っている。それは目に見えず、感じぬだけ。もし新たな“光の子”が産まれ出で、育つ前に邪神が復活した時には、ティアを中心に我々は闘わなければならない。
それまで、全力を挙げてティアを守る。」
「私も感じています・・旅をしている間に色々な魔物と出会いました。
その後ろにあるのは・・・」
「自分の道を探せと言っておきながら厚かましいとは思うが力を貸してくれ。」
「私の敵は“闇”。
この旅で私もそう感じました。」
「では、ここを出て情報を集めてくれ。アレンもその為に動いている。」
カイ達はニュールベルグに帰った。そこにではハベトが新しい服を創りあげて待っていた。
「蜘蛛の糸で織ったよ。」
ハベトが手にした服は透き通っていた。
「強靱でしなやか。容易いことで切れることはない。これを革の服の下に着るんだね。」
ハベトはウィーゴを含めて五人分の服を差し出した。
「あなたは駄目ですよ。」
ルシールは勇むウィーゴを引き留めた。
「なぜ。」
訊ねるウィーゴの声は強かった。
「ワーロックから連絡がありました、あなたには別の使命があると。」
「別の使命・・・」
「今はまだ解らぬが、あなたを旅に出すには違和感があると。」
「違和感・・・」
呟いてウィーゴはサンダールを見た。
その目は“行く”と言っていた。




