第一章 白狼に育てられた少年(15) 剣闘士として(2)
年が変わるとルードは初めて剣を握った。強力な武器ではあったが、今まで己の肉体だけで闘ってきたルードは、かえって動きに窮した。左手に嵌めた戦利品の手甲だけの方が動きがとれた。
支配者が期待する少年がもう一人、その名をソリオといった。彼はルードよりも剣の扱いに慣れていた。それまでルードに話しかけてくる者などいなかったが彼は違った。
「逆手に持たない方がいいよ。」
まず彼はそう言った。
言われるままに持ち替えてみると随分動きやすくなった。それからはいつもソリオと共に稽古をするようになった。
器用なソリオは二本の剣を巧みに使う。が、不器用なルードは武器や防具を持てば持つほど動きが悪くなった。
「俺はこれだけにする。」
遂にルードは身を守る盾を投げ捨て、四本の鋼の爪が付いた左手の手甲と、右手の剣だけで闘うようになった。
十歳になったルードの体格は大人と見間違うほどに大きくなっていた。その年の初めての季節祭の日、大がかりな闘技会が行われることになりルードとソリオも初めて闘技場に出ることになった。
左胸・・つまり心臓を護る為の鉄製の胸当てを素肌の上につけ、腰には短い革の腰巻きをつけただけの出で立ちでルードは闘技場に出た。相手の男は短い槍と盾を手にし、その出で立ちはルードと変わらなかった。
男が繰り出す槍はそれ程速くはなかった。易々とそれを躱しルードはニヤリと笑い、舌なめずりをした。
ルードは男の周りを円を描くように動いた。最初はゆっくりと、そして徐々にその速さを上げていった。それを追う男の動きに乱れが出る。そこを狙って試すように剣を振ってみると、男の盾が辛うじてそれを防いだ。
それを見てルードはもう一度唇の端を歪めた。
もう一度斬りかかると見せて今度は左足を上げ大きく回すと、足の甲が男の右脇腹にめり込んだ。
男は苦しんで身体を折り、距離を取る為に蹈鞴を踏んで後に下がった。が、ルードの動きはそれを許さなかった。一気に間合いを詰めて男に迫る。それを嫌うように突き出す男の槍を右の小脇に抱えその柄をへし折った。その勢いのまま身体を回転させ左手の甲で男の頬桁を殴りつけた。その一撃で男は闘技場の砂に身体の左側をつけ遠くまで滑り飛ばされた。
男は右手に残った槍の柄を投げ捨て短い剣を腰から抜き体勢を立て直そうとした。その周りを又ルードが回り、からかうように剣を差し延べ、拳で突き、足を振った。男はその攻撃を必死になって防御した。が、時に拳を貰い、足に蹴られ、剣先に膚を裂かれた。
ルードは他の支配者達と伴に席に座る自分の支配者をちらりと見た。彼の顔は満足げに笑っていた。
その間を隙と見たのか相手の男が短い剣ごと飛びついてきた。その腕を脇に抱えて躰を素速く半転させた。ボキッと鈍い音が闘技場に響き男の右腕はぶらんと垂れ下がった。
支配者の突き立てられた親指が地を指した。
ルードは間近にある男の眼を見た。その眼は哀れみを請うている。が、ルードに容赦はなかった。左手の手甲に付いた爪を男の左腹に刺し、ゆっくりと突き上げた。
闘技場の下の暗い通路を引き上げてくるルードにソリオが右手を高く突き上げた。その掌をルードはパチンと小気味よい音を立てて叩いた。
次の試合はソリオ。彼も又二本の剣で相手を切り刻み通路を戻ってきた。
「三つ先の試合・・・」
ソリオは荒れる息の間から口にした。
「女が出る。その女の闘いを見て俺は二本の剣を使うことを覚えた。」
一つ、二つと試合が進み、乳房を隠す銀の胸当てと小さな布で胯間を隠した若く美しい女が闘技場に現れた。美しさはあってもその貌に暖かみは全くなかった。
女の前には白い衣があった。女はその衣を剣先に掛けて宙に放り上げ、幅広の袖に剣ごと器用に腕を通した。身に着けた真っ白な衣装には赤い血の花が無数に咲いている。
女はもう一つ、赤い帯を地面から取り上げ、白い衣装の上から自分の腰に結びあげた。
その間に相手となる男が斧を頭上に構え、奇声を上げて突進してきた。
その斧先を女がヒラリと躱すと衣装の裾が大きく弧を描いた。
「すごいだろう。」
ソリオが興奮気味に話す。
「クローネという。二本の剣で舞うように相手を斬る。」
ソリオが顎をしゃくる先で女の顔が笑った。ルードはそれが口が裂け、その唇の隙間から長い犬歯が見えたような気がした。
女の剣先は常人の目にとまらぬほど速かった。何時振り降ろしたのか、身構える間もなく男の両手は斧と盾を持ったまま地に落ち、下から交差するように斬り上げられた胸はざっくりと割れた。
女は腰の帯を解き、流れ出る血潮にそれを浸した。
生き延び怪我をした者には治療が施され、勝った者達には褒美が与えられる。
酒と食べ物、男には女、女には男、特に勝ち続けるクローネには男を選べる自由が与えられていた。
「あの子にしておくれ。」
クローネはルードを指さした。
支配者に気に入られた者は個室を与えられている。ルードとソリオはまだだったがクローネはその個室を宛がわれていた。。
ルードはクローネが待つ部屋に入った。その部屋もルード達の部屋と変わらず逃げられぬよう鉄格子で固められている。
「初めてかい。」
クローネがルードに訊ねる。ルードは何のことか解らずきょとんとしている。
「女は初めてかって訊いているんだよ。」
ルードは首を縦に振った。
「教えてやるよ。」
クローネはルードの躰をまさぐった。
その夜ルードは初めて女の躰の柔らかさ、暖かさ、そして男としての快感を知った。
「これから面倒を見てやるよ。」
何を思ったか、自分の部屋に帰ろうとするルードの後ろ姿にクローネはそう声を掛けた。




