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第一章 白狼に育てられた少年(1)

川の澱みから葦が生い茂った辺りに、籐籠が流れ着いていた。その中から零れる乳臭い臭いに狼が集まってくる。

 誰が最初に喰い付くか狼達の間に小競り合いが始まった。それを一声の下に鎮める体躯の大きな狼、それがこの群れの首領であった。 クンと鼻を鳴らし乳臭い臭いをかぐ。その頭の上を飛び越え籐籠の前に降り立ったのは白狼。

 ゴウと吠えそこに集まった狼達を威嚇する。尻込みする狼達の中から群れの首領である濃い茶色の毛並みの狼がズイッと前に出て唸り声を上げる。

 茶色の狼は自身より一回り小さな白い狼を睨み付けながらその周りを回り、隙を見つけたか一気に飛びかかった。

 その爪の一撃を白い狼が躱す。

 地に降りたった茶色の狼のもう一撃。白い狼はその前肢を咥え、大きく振り回した。

 鈍い音がして茶色の狼の前肢は白い狼の口に残り、吹き飛んだ茶色の狼の身体は川の中の岩に叩きつけられた。

 もう一度白い狼がゴウと吠える。それでその一団十数匹の首領となった。


 白い狼が藁を敷いた穴に寝っ転がっている。その乳を求め三匹の子狼と一人の人の赤ん坊がにじり寄る。まだ動けるはずのない嬰児(えいじ)が芋虫のように這う。そうしなければ生き残っていけない。

 三月(みつき)と掛からずその人の子は四つ足で立った。それでも二、三週間で四つ足で立つ他の狼の子達よりも遥かに遅れていた。

 歯は一歳になる前に生えそろい、母狼が口で噛んで与える生肉も租借できた。

 その頃、母である白い狼はもう一匹の生まれたばかりの白い狼を連れてきていた。

 人の子の弟分としてその狼は育てられた。いつも四つ足で走る人の子の後をその狼は常についてきた。

 好奇心の強い一人と一匹は岩から岩へと飛び回り、川を泳ぐ、彼等にとってそれは何にもましての訓練となった。

 人の子が三歳になる頃、白い狼の噂を聞いた人間が山に入ってきた。

 ひときわ目立つ白い狼が人間に追いかけられる。そんな中、追いかける人の眼に裸で岩場を飛び回る人の子が見えた。

 あいつの方が見世物になる。

 人は人の子を追いかけた。狩猟犬はしつこく人の子の臭いを追いかけ、いたる所でワンワンと吠えた。

 遂に網が投げられる。それに人の子が囚われた。

 白い狼は人の子を引き摺っていく人間達を追いかけた。が、人の子を助けることは叶わなかった。

 人の子はルードと名付けられ、檻に入れられた。最初は解らなかった人間の言葉も徐々に理解し、話せるようになっていった。

 ルードは自分にそっくりの姿形の人間という者のまねをして二本足で立った。

 それを見つかるとマスターと呼ばれる猛獣使いに鞭打たれた。

 それでもルードの心は折れなかった。

ルードが五歳になる年、彼は初めて人と人の争いを見た。狼達は獲物を狩る時その喉笛に噛みついた。狼達に比し口が極端に小さいルードはその狩りが苦手だった。が、人間の争いは違う。握り締めた拳で殴りつけ、足で蹴り、そして相手を掴んで投げ捨てた。

 その日からルード独自の訓練が始まった。他人より堅い拳を造る為に檻の分厚い板を叩き、立木を殴りつけ、時には平たい石にさえその拳を叩きつけた。足をより高く上げる為、胯間の腱が伸びきるまで足を拡げる等、身体の柔らかさも追求し、自分の身を守る為体中の筋肉も強化した。そしてもう一つ。狼の血のせいか堅く強い爪を維持する為に土中にその指先をたたき込むことも日課とした。

 幼い頃から生肉を喰い千切っていたせいかルードの犬歯は長く強かった。それをも維持する為一時は火を通すことを覚えた肉も生で食べることが多くなった。

 七歳になったルードは些細なことから人間の青年と喧嘩になった。その男は二十歳を超えていた。男はからかうようにルードをあしらおうとした。が、ルードの動きは速い、とても普通の人間に追えるものではなかった。

 ルードの最初の一撃、拳が男の腹を打った。それだけで男は地に倒れ悶絶した。倒れ伏した男の頭をめがけ足を振り降ろす。辛うじて男はその足を躱し地面をごろごろと転がり、ルードから遠く離れた所でどうにか立ち上がって、ゴホゴホと二つ三つ咳をした。

 「やるじゃないか。」

 男は手近にあった木の棒を掴んだ。

 「これでも喰らいやがれ。」

 無造作に近づいてくるルードに男は地面の砂を蹴り上げた。

 砂がルードの眼に入る。

 しばたく眼が視界を狭め、相手の姿を途切れ途切れに隠した。

 男が手にした木の棒がルードの身体に叩きつけられる。ルードの神経が脳に痛みを伝える。それがルードに闘いの方法を教えた。


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