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星の乙女と最後の封印

 しずくの身体から溢れ出した光は、アジトの崩れかけた空間を満たし、泥棒団のメンバーたちへと伸びていった 。それは、彼女の存在そのものが、形を変えようとしているかのような輝きだった。「私を…盗んで」というしずくの願いが、彼らの心臓を直接叩いた。ユウマの凍てつく光がまだ残る中、レンたちは迷うことなく、その光を受け入れた。

 レンは、古文書を胸に抱き、その知識と魔力の全てを解き放った。彼の体から放射される青白い魔力の奔流は、しずくの身体から伸びる光と絡み合い、複雑な魔法陣を虚空に紡ぎ出す。それは、世界の理を書き換えるかのような、壮大な術だった。レンの額には、脂汗が滲み、呼吸は荒いが、その瞳には一点の曇りもなく、しずくを、そして世界を救うという確固たる意志が宿っていた。

 セラは、しずくの手を両手で包み込み、その柔らかな光を自身の「浄化の魔力」で導いていく。彼の温かい手が、しずくの鼓動と共鳴し、その光をより純粋なものへと昇華させていく。セラの顔は苦痛に歪み、唇からは血が滲んでいたが、その目はただひたすらにしずくを見つめ、静かに祈りを捧げていた。「しずくの悲しみが、これ以上増えないように…」彼の魂の叫びが、光の奔流に力を与える。

 カイは、一歩も引かず、ユウマの攻撃を警戒しつつ、しずくの背後に立つ。彼の漆黒の魔力の刃は、異空間から伸びる歪んだ影を容赦なく切り裂き、安全な空間を確保する。そして、その刃を、しずくの光へと向けた。それは、まるで星神の器という存在そのものから、しずくを切り離すかのような、精緻な作業だった。カイの無表情な顔には、感情の波は一切見られないが、その動きは、しずくへの強い「執着」と、彼女を守ろうとする固い決意に満ちていた。彼の内に秘められた「命の欠片」の力が、今、最大の輝きを放つ。

 ジンは、アジト全体に響き渡る、魂を揺さぶるような音楽を奏で続ける。彼の古びたギターから放たれる「調和の歌」は、異空間の歪みを打ち消し、レンの魔法陣を安定させる基盤となっていた。音の波が、しずくの光と一体となり、世界の根源的なエネルギーを再構築する手助けをする。ジンの瞳は閉じられているが、その表情には深い集中と、しずくへの静かな信頼が宿っていた。彼が言葉を失った妹のために奏で続けた音楽が、今、しずくの運命を変えようとしていた。

 五人の力が、しずくの光と重なり合い、アジトの中央に巨大な魔法の渦を生み出した。それは、世界の命運を賭けた、最後の封印だった。光の渦が最高潮に達したその瞬間、しずくの身体から、刻印の輝きが消え、彼女の存在そのものが、まるで霧のように薄れていく。

「しずく…!」 レンの悲痛な叫びが響いた。セラの瞳から、大粒の涙が溢れ落ちる。カイの無表情が、初めて微かに揺らいだ。ジンは、それでも音楽を止めなかった。彼らの祈りにも似た感情が、光の渦の中心へと吸い込まれていく。しずくは、完全に消滅する寸前だった。視界が白く染まり、意識が遠のいていく中で、彼女はかすかに、仲間たちの呼び声を聞いたような気がした。

 だが、その時だった。 泥棒団の、しずくへの、そして世界への、純粋な「祈り」と「願い」が、アジトの天井を突き破り、夜空に輝く彗星へと到達した。その彗星から、一筋の眩い光が、まるで生命の息吹のように、しずくの消えゆく身体へと降り注いだ。

 それは、「奇跡の星」だった。

 光は、しずくの身体を包み込み、彼女の消えかけた輪郭を再び鮮明にする。光が収まると、そこに立っていたのは、確かにしずくだった。レンは、セラの光の結界が消えたのも構わず、駆け寄ろうとした。しかし、その足は、はたと止まる。

 しずくの瞳は、まるで生まれたばかりの赤子のように、澄み切っていた。 彼女は、レンを見つめ、首を傾げる。

「…あの…あなたは、誰ですか?」

 その言葉は、アジトにいた全員の心を深くえぐった。 しずくは、全てを失っていた。彼女の身体に刻まれていたはずの記憶、命、涙、声、そして愛の刻印の痕跡は、跡形もなく消え去っていた。

 ユウマは、その光景を呆然と見つめていた。彼の顔に広がるのは、安堵でもなく、怒りでもない。ただ、虚無と、そして深い悲しみだけだった。しずくは戻ってきた。しかし、彼女は、もう「しずく」ではなかった。彼が愛したしずくは、確かに消滅したのだ。

 夜空に輝く彗星は、変わらず久留米の街を照らしている。世界の崩壊は一時的に収まったように見えたが、しずくの失われた記憶は、新たな物語の始まりを告げていた。



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