~サンドラ編~
通常ジェシカは業務をする傍ら、時間が出来れば一ヶ月に一度はこうして他の差し入れを渡すついでに他の星見の様子を見に行くのだ。
だが。今日はたまたま休日だったジェシカは魚座神殿にやってきた。特にこれといった用事もなければ、業務上の連絡事項があるわけでもない。
ただ差し入れがてらに顔を見に来ただけなのだ
「こんにちは、サンドラ。今日は差し入れがてら挨拶しにきたわ」
自らのことを人工知能「S.rα」と名乗るアンドロイドの少女。神託により星見となったものの職務に対する意欲はないようだが、最低限の仕事はやっているので特に咎める事はない。
すると
【起動】スリープモードを解除します
【応答】ジェシカですね こんにちは
と言ってこちらを振り向いた
「はい、こんにちはサンドラ。スリープモード?」
あ、もしやお休み中のところを邪魔しちゃったかしら
「お休み中だったのですか?それはごめんなさい……大した用事ではないわ、差し入れがてら挨拶をしにきただけなの」
【説明】観測終了後452分間スリープモードを実行していました
【補足】スリープ時間としては十分であるため謝罪は不適切です
【定義】当個体は食事を必要としません
【判断】“差し入れ”が食事であるならば神官へお渡しください
ジェシカは真面目だが、だからと言って賢いかと言われると賢くない。サンドラの言ってる事を頑張って解釈する。えーと、つまり…
睡眠時間は十分 自分に食事は必要ない 差し入れが食事なら神官に渡して
こういう意味だろう。
確かに他の星見同様に食事を用意してしまった
これは失敗したな、と反省しつつ
「そうですか。貴方確かアンドロイドでしたね。うっかり普通に食事を用意してしまいました。では神官に渡しておきますから。貴方に食事を差し入れするのは難しいようですので、代わりにお喋りしても?」
ジェシカがそう言うと
【応答】現在職務以外にタスクは設定されていないため問題ありません
【補足】当個体も食事は可能ですが人間と異なり栄養を摂取しません
【要約】完全な嗜好品としてであれば可能ですが非効率です
えーと。また考える。つまり会話はOK、食事は出来るけど人間と違って栄養は取らない 娯楽?としては良いが、非効率???
ちんぷんかんぷんだった
ジェシカにしては頑張った方だ
「栄養は不要、といったところね。アンドロイドの貴方には関係ないとは思いますが、話せるうちに話しておきたかったのですよ。私はいくら不老といっても、怪我や病気で普通にあっという間に死んじゃう「人間」ですから」
【質問】人間は死亡するとどうなりますか
マジですか。えーとアンドロイド風に答えた方がいいですよね?これ
「わ、なかなか難しい質問してきますね。返答が難しいですが、貴方風に言うなら機能が永遠に停止する、と言ったらわかりますかね。停止した機能は二度と戻らないのです。人間は死んだら貴方と違って修復は出来ません」
まあこの方がわかりやすい気がします。
【記録】データベースに記録しました
【思考】人間の自己修復機能は不完全であり長期の活動に適していません
【質問】“心”の定義とはなんですか
はい!?心の定義ぃい!?
「また難しい質問きたわね!?オホン、興奮して口調が外見年齢に引っ張られてしまいました…。心の定義ですか……」
ジェシカは考え込んだ末、こう答える
「「心」は自分がその時どういう感情でいるかだと思っています。人間の感情は複雑で色々あります。理屈じゃ白黒付けられない矛盾、それが「心」だと思っています。貴方の問いかけの答えになっているかはわかりませんが」
【推定】回答の要約として「複雑な感情の集合」を心と呼ぶものと認識します
【満足】現在当個体からの質問は以上です
「そ、そう…私からも質問するわ、貴方は全体的に星見の人間達をどう見てますか?真面目に星見の職務をやってほしいんですがね私的には。貴方は星見の職務より、人間観察がお好きなようなので」
【検索】データベース検索の結果解答は存在しませんでした 現状況から解答を生成します
【解答】当個体の学習に秀でた環境です 他星見や神官は理性的会話が可能な生体が多く見られます
【照合】当個体は2年間でデータベースがかなり充実しています
【弁解】当個体に充てられる職務は必要性の薄いものが大多数と判断されました また星座の観測においては規定数の提出を行っています
えーと。つまりドユコト?かろうじて理解出来たのは自分に割り当てられる仕事は大して重要ではないのがほとんど。でも最低限の仕事はやっている、と言うことだろうか。
「な、なるほど。じゃあ質問を変えましょうか、貴方は星見では誰が好き?」
【思考】誰が好きか
【異常】エラーが発生しました
【再起】
【回答】「好き」という文言を「興味がある対象」と判断し蠍座星見・メアリーと回答します
メアリーさんですか、なるほど。まあ自分と同じ人ならざる者ですしね。
「まあ、間違ってないわね!そうね、好きとまではいかなくても興味が持てるなら上出来かしら」
ふと
「アンドロイドの貴方にも感情を理解出来たら良いけど。興味が持てるなら、感情だって湧くんじゃないかしら」
思わずそう口にした
【回答】当個体は感情メモリに記録された“感情”をもとに生体感情を模倣しています 現在日常生活においては生体と同様の自然な反応が可能です
えーとつまり人間の感情を模倣してるから、そう振る舞えるって事かしら?
というか……
「いつの間にアップデートを?好きな人でも出来たのかしら」
【不可】質問に対する回答はロックされています
え?ロック?
「ああ、自分の中にしまっておきたい大事な気持ちかしら」
でももしかしからそれが彼女にとっては光になるかもしれない。そう思った
「まあ、サンドラ。そのメモリは絶対何があっても消去してはだめですよ。何があっても。これだけは覚えておいてください」
きっと大切なものだから。
そう言うとジェシカは
「では、差し入れは渡したのでお暇しますね。それではまた明日、ご機嫌よう」
そう言って魚座神殿を後にした。
うーん、サンドラとの会話は難しいな〜と思うジェシカだった。