第6章
「うわっ、きっもちわるぅー……! これ何の拷問よ!? 二度と乗りたくないんだけど、こんなポンコツ転送装置!」
異世界に到着して早々、リュカは顔面蒼白になりながら盛大に地面に突っ伏していた。
どうやら、あの強引な異世界転送は、彼女の華奢な三半規管に相当なダメージを与えたらしい。
俺のほうは特に何も感じなかったが、こいつは見た目に反して意外と乗り物酔いしやすい体質なのかもしれないな。
「大丈夫か、リュカ?」
俺が手を差し伸べると、リュカは般若のような形相で俺を睨みつけてきた。
八つ当たりはやめてほしい。
「勇者様! 勇者様がお見えになったぞー!」
突然、周囲から割れんばかりの、それこそ鼓膜が破れそうなほどの大歓声が沸き起こり、俺とリュカは驚いて顔を見合わせた。
いつの間にか、俺たちの周囲には、どこからともなくわらわらと集まってきた、おびただしい数の人々がぎっしりと取り囲んでいた。
彼らは皆、一様に目をキラキラと輝かせ、興奮した表情で、手に手に色とりどりの花束やら、熟れた果物やら、中にはなぜか立派なヒゲの生えた干し魚を高々と掲げているおっさんまでいて、俺たちに向かって熱狂的な歓迎の声を上げている。
なんだこの異様な状況は。
「勇者様が本当に我々の元へ来てくださったのだ!」
「これで我々の長きに渡る苦しみも、ようやく終わるのだ!」
「おお、神よ! 邪悪なる魔王を打ち倒し、この世界に再び平和の光を取り戻してくださる英雄様の到来ですぞ!」
「え? え? なにこの人たち?」
リュカは、さっきまでの吐き気と青白い顔はどこへやら、目を白黒させて心底戸惑っている。
無理もない。俺だって同じだ。
「どうやら、俺たちはとんでもなく歓迎されているらしいな……。それも、予想の斜め上を行くレベルで」
「いやいや、歓迎っていうか、もはや狂喜乱舞って感じじゃないの!? 予想外すぎるんだけど、この展開!」
俺も、正直なところ、かなり困惑していた。
俺のデータベースにインプットされている情報によれば、異世界に召喚されたり転生したりした勇者というのは、最初は訝しがられたり、手酷い仕打ちを受けたり、あるいは理不尽な試練を与えられたりして、それを一つ一つ乗り越えていくことで、徐々に周囲の人々の信頼と尊敬を勝ち取っていくものだったはずだ。
こんな、到着した瞬間の第一声から、まるで救世主か何かのように熱烈な歓迎フィーバー状態なんて、俺の知るどんな物語のパターンにも当てはまらないぞ。
これは一体どういうことだ。
「ちょ、ちょっと待ちなさいってば、あなたたち!」
リュカが、群衆に向かって甲高い声で叫んだ。
「あたしたち、まだこっちに来て五分も経ってないし、何一つとして英雄らしいことなんてしてないわよ! 絶対に人違いだってば!」
「おお、なんとご謙遜な! その慎み深さ、さすがは選ばれし勇者様!」
「そのお言葉だけで、我々は千年先まで救われますぞ、勇者様!」
だがしかし、興奮状態の市民たちに、リュカの必死の叫びは悲しいかな、まったくもって届いていないらしい。
それどころか、まるで火に油を注いだかのように、彼らの熱狂ぶりはさらにエスカレートしていくばかりだった。
「あなた様こそ、このカル=レア王国を、いや、この混沌とした世界を救済してくださる、唯一無二にして絶対無敵の英雄様でございますぞ! 我らが神!」
もはや、何が何だか、俺の貧弱な処理能力ではまったく理解が追いつかない。
俺とリュカは、怒涛のように押し寄せる群衆の波に揉みくちゃにされながら、まるで溺れる寸前の人間みたいに必死の形相で顔を見合わせた。
「……ねえ、ナオ。これ、どう考えても絶対におかしくない?」
リュカが、俺の耳元でヒソヒソと小声で囁いた。
その声は、恐怖と困惑で微かに震えている。
「ああ。熱狂的すぎる。まるで、俺たちが来ることを事前に知っていて、その歓迎の準備まで完璧に整えられていたみたいだ」
「まるで……そう、まるで何かの演劇の舞台を見ているみたい……」
「ああ、そうだな。全部が全部、出来すぎている。まるで、誰かが書いた完璧なシナリオ通りに、全てが進んでいるみたいだ」
俺たちの間に、初めてと言っていい、この世界に対する明確な共通の認識――いや、強烈な疑念と不信感が生まれた瞬間だった。