ケンとヒロミス
ローレン卿が兵を率いての到来。
そして・・・
俺とゴーが村長宅に戻り、食事が始まった。
ヒロミスが大急ぎで色々と頑張ってくれたようだ。
「突然の訪問なのに申し訳ない。聞けば外の兵士たちにも振舞ってくれているようで」
「バカだねあんた。ケンや長老の客が突然来ようが、なんだろうがメシくらいすぐに出せるんだよ。ほら食いな」
おいヒロミス!言い方!場所が場所だったら首飛んでるぞ!
「はっはっは。豪快な方だ。それでいてお優しい。ではいただこう」
フードを外しているヒロミスに向かい、紳士的且つ堂々とした態度で会釈をするローレン卿。
「あら、アンタもケンと一緒でアタシを口説こうってクチかい?怖いね都会の男は」
「ああ、もうヒロミス!ちょ、ちょっともう大丈夫だから」
「なんだいケン。やきもちかい?かわいいとこあるね」
「ちょ、ちがうけど、もうなんでもいいから、ほら」
俺は真剣なのに、会場は大盛り上がりで爆笑してくれています。
なんか胃が痛いです。
そんな感じで穏やか?に食事が始まりました。
「ケン。遅くなったが、ゴールアを返そう。この言い方は君に失礼だな。ゴールアは自由だ」
俺は薄々わかっていたが、嬉しかった。斜め向かいに座るゴーもうっすらと涙目のようだ。
「それと、長老殿。外に置いてある馬車の一台を置いていく。今後の交流と、今夜の礼、ケンの結婚祝い。裁量は長老殿とケンに任せますぞ」
「おお、馬車を頂けるのですか。それは助かります。予備が欲しいと皆申していたところで」
俺はもう他人事のようにスープのジャガイモをほおばっていた。
「ところで、エミカは?」
ローレン卿の質問に答えようとして、慌ててジャガイモを噛まずに飲み込んでむせていた。
「何やってるんだいケン。相変わらず手の掛かる子だね」
ヒロミスは乱暴に俺の背中を叩きながら
「エミカならケンの家だ。ケンの嫁と子守りしながら旦那の悪口でも言ってるんだろ」
俺は涙目で苦しんでいるのに、会場はまた大爆笑。なんで?
そして、食後にローレン卿、ベイツさん、ゴーを引きつれて俺とヒロミスは家まで案内した。
「ただいま」
俺が玄関を開けると、トテトテといった足取りのリンが出迎えてくれた。
「ぱ」
そういうリンを俺は抱き上げた。
「おお、これはかわいいお姫様だ」
ローレン卿は俺が抱き上げているリンに目線をあわせて軽く会釈をした。
「おかえり、ケン。なんか今日はお客さんがくる・・・キャー」
リビングから玄関に一度姿を表したジンナは、走り去った。
ローレン卿は一度俺の顔を見てからゴーの顔を見て
「ああ、あれはゴーの顔が怖かったのだろう。そうだろう」
そう納得したようです。リンはゴーの長いヒゲが気に入ったようで引っ張っています。
「と、とりあえず呼んできます。あ、えーと汚いけど上がります?」
「あ、いや、君が様子を見たほうが良いであろう」
そう言われ、なんとなく嫌な予感がしながらも俺がリビングに行くと、ジンナはいなかった。
エミカが「どうしよう」といった感じで立っていた。
「いや、今日はケンの知人が来ているからジンナが起きたら、挨拶をするという話しはしていたのだが、突然でびっくりしたのだろう・・・と思うが・・・」
「そ、そうか。寝室に入った?」
「あ、ああ」
「リン。エミカおばちゃんにだっこしてもらいな。ん?降りる?ほら」
俺はリンを床に降ろして寝室を覗くと、ジンナは布団で丸まっている。
「ど、どうしたんだよジンナ?」
「だ、だって突然来ると思っていなくて・・・」
俺は緊張を解いて溜息をついた。
ベッドに座り、丸くなった布団を優しく二回叩いた。ジンナの体は僅かに震えているようだ。
「大丈夫だよ、ジンナは俺の自慢の妻だ。だから出てきて」
「で、でも、私・・・醜いから・・・それに・・・恥ずかしい」
「うーんせっかく来てくれたんだけどな・・・ジンナがいやなら仕方ない」
俺は諦めて、リンだけでも、もう一度挨拶させようと思った。
立ち上がり、寝室を出ようとすると、俺の服の裾を摘まんだジンナがついてきた。
俺とジンナ、リンを抱いたエミカが玄関に並んだ。
さっきまでなんとも思っていないローレン卿たちだったのに、俺まで緊張してきた。
「つ、妻のジンナと娘のリンと友人のエミカです」
コントのようにローレン卿やゴー、ベイツさんまでずっこけそうになっている。
「け、ケン。エミカはみんな知っています」
ゴーの突っ込みを受けたが、俺は鋼の心でスルーした。顔は熱い。
「つ、妻のジンナと申します。ケンがお世話になり、感謝していま・・・おります」
おー俺よりも立派な挨拶でしっかりしている・・・やるなジンナ。
エミカは悪乗りして挨拶をした。
「友人のエミカです。先ほどぶりです」
お陰で緊張もほぐれ、ローレン卿たちの軽い挨拶と少しだけ雑談したところで、ローレン卿は切り上げてくれた。
リビングに戻った俺たちは、と言うか俺とジンナはへたり込んだ。
「ジンナの緊張が移ってしまったよ」
「もう、私のせいにしないでよ。びびりケン」
「はは、普段から本当に仲がいいんですね」
「「「え」」」
そこで初めて三人全員が彼に気付いた。
白ヒゲの老人が、しれっと紛れ込んでいた。違和感が無かった。
「ご、ゴー!なんでいるんだ?」
「なんでって、閣下はもう自由だと言っていたではないですか?」
リンは、ゴーが喋ると揺れるヒゲが楽しいようで、指さして「きゃっきゃ」と喜んでいる。
「ほう。ゴールア殿にしては珍しい。女性に持てているようだぞ?」
ゴーはその言葉にリンに片手を伸ばした。
リンはそのゴーのゴツゴツとした大きくひび割れた手をジーと眺めて、ミミズの手で触れた。
ゴーは自分の手を驚愕の目で見つめた。ひび割れた皮膚が、まるで時間を巻き戻すように滑らかになっていく。
「な・・・に?これはすごい」
「リン?」
「はは、やっぱりジンナの子はすごい」
この後もリンはゴーのヒゲを見て喜び、引っ張って遊んでいた。
本当に気に入ったようだ。
薄暗い室内に置かれたランプの柔らかな光が、ゴーの表情をほのかに照らしていた。その視線の先には、微笑むリンの姿がある。その笑顔を見て、ゴーの心にも静かな居場所が芽生えたのだろう。こうして、ゴーもこの村に住むことになった。