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苦悩

ジンナもロレンヌを「お母さん」と呼ぶようになり、ロレンヌと共にジンナを支えようとするケン。

しかし・・・

 そんな穏やかな日々が続いていたが、ロレンヌが日中に俺を呼びに来た。

 エミカに留守を頼み、俺は隣の家に行く。

 そこにはエータだけがいた。

「ケン、掛けたまえ。そして決断したまえ」

 俺はそのエータの発言で、一気に不安になる。

 こんな事を言うエータを忘れていた。そして、色々な過去の「嫌な事」が頭に浮かぶ。

 俺は背中に汗がつたうのを感じながら椅子に座った。

 ロレンヌが俺の前に紅茶を置いてくれた。

 向かいにはロレンヌが座り、その横にエータが座った。

 ロレンヌはエータの肩に触れ

「ケン。今から言う事をしっかり聞きなさい」

 俺はもう、この場から逃げ出したかった。



 エータとロレンヌは話し始めた。俺は「悪い話しでは」と恐怖していた。

「結論から伝えよう。ジンナが出産時に助かる可能性は95%だ」

「・・・え?は?」

 俺は頭の上に?マークが浮かぶ。

 悪い話しじゃなかったのか?

 無意識に全身に力が入っていたようで、一気に力が抜けて椅子から落ちそうになる。


 しかし、その後の説明は、やはりいい話ではなかった。

「ロレンヌはジンナとの多数の接触によって、『ジンナとロレンヌの親和性の高さ』を実感した」

 な、何を言っているんだ?親和性?

 俺の顔の横を汗が流れる。

「そこで、ロレンヌは部分的な欠損などをを自身の肉体を使用することで補えるのでは?そう思い、吾輩に相談に来た」

 無機質なエータの言葉は続く。

 俺は自分の呼吸が、浅く、早くなっていっている事を感じた。

 ロレンヌはエータの肩に触れた。

「ケン。落ち着きなさい。ゆっくりと呼吸をして」

 同じエータの声なのに、その喋り方には感情を感じた。

 エータとロレンヌは身体を精密に調査するため、二人は豚人生産拠点に行き、調査とシュミレーションを行ったようだ。

 色々と調べた結果が、「ジンナの生命維持は可能」そして代償が・・・


 ロレンヌの命を使用して、ジンナの命を繋ぐ


 その後も、ロレンヌとエータの説明が続いていたが、もう俺の耳は聞こえなかった。

 俺は呆然としていて、椅子から落ちていたようだ。

 エータとロレンヌが地面から立たせてくれた。

「ケン、君が決断するのだ」

「ケン、私の息子。わかっているのでしょう?」

 な、なんで俺がそんな・・・ジンナか、ロレンヌ・・・どちらかなんて・・・

 ・・・




 気が付くと、ジンナの家のベッドの上だった。

 隣にジンナはいない。

 俺は起き上がり、重たい頭を軽く振ってからリビングへと向かった。

 リビングではジンナとエミカ、そしてロレンヌが何か笑いながら話していた。


 外は暗いから夜なのだろう。俺はなんだか記憶が曖昧だった。

 何も思い出したくないのに、ジンナとロレンヌの顔を見るのが辛い。

 しかし、俺は喉の渇きを覚え、水を飲みにリビングに入る。

「ケン、起きたのね」

 ジンナはそう言うと、エミカとロレンヌの顔を見て頷く。

 二人も頷き返し、家から出て行ってしまった。

 とにかく水瓶にたどり着き、水を飲んだ。

「ケン、話しがあるの。座って」

 ジンナは落ち着いた声で、普段通りの振る舞いに見える。

 俺はまた、逃げ出したい気持ちで一杯だったが、ジンナの前に座った。


 俺が座るのを確認してから、ジンナは話しを始めた。

「お母さんから話しは聞いたわ。ケン、前にも言ったけど・・・」

 そこでジンナは話しをやめ、机の上に手に両手を出した。

「ねえ、手を握って」

 少し俯いて、恥ずかしそうなジンナはかわいかった。

 俺は手を握る。そして、この後、なんというのか予想はついていた。

「私、ケンとケンの子供の為に死ぬの。だから・・・だからケンとお母さんでこの子を育てて・・・私の分も愛してあげて」

 俺の頬を涙が流れていく。やはり、想像通りだった。

 もう俺は何も言えなかった。

「ケンが決めるって聞いて、私がケンと最初に話したいって、お母さんに相談したの。だから・・・だけど、私の覚悟を・・・どうか・・・お母さん・・・」

 ジンナも顔をくしゃくしゃにして泣き、最後は言葉になっていなかった。

 俺と強く握り合った手で、二人とも、涙を拭うことができなかった。

 ジンナだって本当は死にたくなんてないはずだ。

 その手に子供を抱きたいはずだ。

 でも、ジンナはそんな事を一言も言わない。

 彼女の瞳には未来を見ようとする光が一瞬宿ったが、それはすぐにかき消されたようだった 。


「お母さん・・・」


 そうつぶやいたのは、俺かジンナかわからなかった。



 少しの間、そうして二人で泣いていたのだが、エミカが帰ってきた。

「邪魔をして申し訳ない。そろそろ寝るので気にしないで欲しい。無理か、無粋だったな」

 そう言って奥の部屋に消えていった。

「ケンは眠らなくていいの?もう夜だけど・・・」

 ジンナは涙を拭いながら、そう言った。

「うん・・・どうだろう。さっきまで寝ていたし」

「じゃ、じゃあ眠くなるまでそばにいてくれる?」

 相変わらず、そう言ったお願い事が恥ずかしいみたいで、ジンナは俯いていた。

 そんなジンナの頭を撫でてから

「うん。ジンナがイヤって言わない限りそばにいるよ。そんなの当たり前だろ?」

 ジンナははにかんだ笑顔で俺を見上げていた。


 その後、ジンナと二人で話しをしていた。

 俺の今までの冒険の話しや、食べ物の話し、ほんとうに些細な事を話して笑っていた。

 迫る別れを忘れるように。逃げるように・・・。

 俺があくびをしてしまうと、ジンナは

「もう眠って?私も一緒に眠るから」

 そう言ってベッドで横になる。

 真っ暗な部屋で、おしゃべりをやめてから、ジンナはポツリと

「ケン・・・大好きだよ・・・だから・・・さっきの話し、約束して・・・」

 俺は返事が出来なかった。



 俺は色々考えていて、眠れなかった。

 ウトウトしていたが、起きる事にした。

 隣ではジンナが静かに寝息を立てている。

 起こさないようにベッドから抜け出しリビングに行く。


 リビングではエミカが朝食を食べていた。

「おはようケン。昨日は邪魔してすまなかったな」

 俺は「おはよう」と言いながら、向かいの席に座る。

「あ、君の分もある。それと、君の話しは聞けるが、私には決断は出来ないぞ」

 先にそう言われてしまった。

 しかし、俺は本当にどうしていいのかわからず、エミカに話していた。

 結局の所、「どちらにも生きていてほしい」という俺の意見だ。

 それを決められない、そうエミカに言った。

「私も話しは聞いてはいるが・・・難しいな」

 そう言ったエミカの肩のウロコは緑だった。

 よく見ると、全身のウロコは白っぽい所が多いが艶が戻っているように見えた。

「エミカ・・・ウロコが・・・自然に治っているのか?」

 エミカは口を開けて固まってから

「君、今更なのか?ジンナが『いっぺんには無理だから少しずつ』と言って治してくれているのだ。『私が死ぬまでに終わらないかもしれない』とも・・・」

 エミカは口を抑えて

「すまない。言うべきでない事を・・・私としたことが・・・」

「ああ、俺のほうこそすまない。エミカのウロコに気付けなくて・・・」

 俺はただ、何も知らずにいるだけだ。何かを変える力なんて、もともと持っていなかったのかもしれない。

「俺は・・・やっぱり無力だ・・・」

 ただ、ただ、己の無力感に打ちひしがれていた。


 エミカと一緒に無言で朝食を食べていた。

 重い空気の部屋に、ロレンヌがやってきた。

 両手を広げ、動く前の俺たちを制止させた。

「気にせずに食事しろ・・・かな?」

 俺がそういうと、ロレンヌは頷いていた。




 食事が終わるのを見計らい、ロレンヌは俺の手を取り隣の家に入る。

 そこにはエータが椅子に座っている。

「吾輩も忙しいのだが、ロレンヌが君に何かを言いたいと言うのでね、仕方なく・・・」

 喋っているエータの頭をロレンヌが掴んだ。

「黙りなさい。今からあなたは私の発言だけを言うのです。わかりましたね」

 もうエータは服従したようで、静かだった。

 ロレンヌはエータの脇に手を突っ込み、線を引っ張りだして、自身の胸の奥に手を入れていた。

「これで自由に喋れますね。聞こえていますね、ケン。こちらへ」

 玄関の前で、呆然とやり取りを見ていた俺は頷き、ロレンヌのそばに行く。

 ロレンヌは俺をきつく抱きしめた。柔らかな暖かさが俺を包む。

「ケン、私の子供。ごめんなさい。あなたを苦しめて」

 俺はエータもいる手前、どうしていいのか少し混乱していた。

「あなたが私やアレクシウスを助けようと、色々としてくれていたのに、私はあなたを苦しめてばかりで、こんなでは『母』を名乗る資格はありませんね」

 俺はロレンヌの背中に手を回した。

「そんなことはない。俺は・・・」

「ケン、あなたの頑張りは私がずっと見てきました。あなたが何度も立ち止まりながら、それでも前を向こうとするその姿を、私は誇りに思っています。優しくて、他人の事を考えて。だからたくさん悩んでしまうのですよね」

「・・・母さん・・・」

 俺の事を理解して、受け入れてくれて、応援して、いつも見守り、時に優しく包み込んでくれる。

 ロレンヌは俺に取ってそんな存在だった。それを「母」と呼んで何がいけないのか。

「ケン。あなたの悩みを減らします。私の命を使いなさい。私は元々『死にたかった』事はあなたもわかっているのでしょう?本当は答えが出ていたのでしょう?違いますか?」

「ううっ・・・で、でも・・・母さんが・・・」

「ケン・・・あの時、死ななかった事はきっと、今こうして私の命で救われる命があるから。それはケンが導いてくれたから。この時の為に生きてきたと思うと、私の命に意味があり、私が救われるのよ、だからケン」

 ロレンヌは抱擁を解き、俺の両肩に手を置く。

「愛するジンナの為に、ジンナと共に生きていくために・・・私の子供たち・・・幸せになって、お願いよ」

「母さん!俺は!母さんにも生きていてほしいんだ!ああ・・・」


 俺は感情を吐き出すと、崩れ落ちてしまった。

 最近、満足に眠っていないからか、気を失うように眠ってしまったようだ。

 外はまだ明るい。ここは隣の家のベッドの上か?

 俺は起き上がり、リビングに入る。

 エータが一人で机に向かい何か図面を書いている。

「気が付いたかね?」

 机で手を動かしながら、首だけで俺に振り向いてエータはそう言ってきた。

「ああ、俺は眠っていたのか?」

 エータの前の椅子に座りながらそう言うと、エータは

「君の体は、明らかに睡眠を欲している。精神が肉体を蝕むシステムは欠落としか思えんのだがね」

「はは、エータは相変わらずだね・・・」

 俺は力なく笑った。

 そこで、アレックスが帰ってきた。

 アレックスは外で村の復興を手伝っているようだ。

 玄関先で服の埃を払ってから部屋に入ってきた。

「お邪魔してます」

 俺はアレックスにそう言うと「あ?」みたいな顔をして、スルーされた。

 しかし、アレックスは紅茶を二人分入れて、一つを俺の前に置いて自身もテーブルについた。

「君たちは吾輩が今何をしているのか理解しての振る舞いかね?こぼしたら・・・いや、吾輩が引こう」

 そう言ってエータは紙を畳んだ。

 俺はアレックスに久しぶりに会ったような気がして声を掛けた。

「アレックス、なんか久しぶりだね」

「・・・そうか。少し痩せたか?」

「うーん、どうだろう。自分ではわからないかな」

 アレックスは紅茶を飲み干してから

「・・・少し眠る。夕飯に起こせ」

 そう言って寝室に行ってしまった。

 エータはアレックスが使ったティーカップを片づけてから俺の前に座り直し

「なにか話しがあるのかね?」

 そう俺に言ってきた。俺はエータに相談することにした。

 二人とも、「自分の命を使って」と言うが俺には決められない事。

 そして「二人とも生きていてほしい」と思う事。

「最初に吾輩は君に『決断せよ』と言ったはずだ」

「そ、そうだけど、なんで俺が決めるんだよ。いつだってそうだ!」

 俺は少しエータの態度にイライラしていた。そしていつだって優柔不断で「何もできない自分自身」に一番不満を感じていた。

「君が裁決をするのが妥当ではないかね?君の妻の問題であるし、君の望みを叶える為の工程とすると、君以外に決定権を与えるほうが不自然だ。その程度もわからないのかね?」

 俺は一瞬だけ、カッとなった。

 そして頭をボリボリと掻いた。

「俺のような役立たずが居なくなるのが、きっと一番いいのではないか」

 そんな考えがずっと浮かんでいた。

「エータ。お、俺の命を使ってジンナを助けられないか?」

 エータの目が光る。

「それが君の決断かね?たしかに調査する価値はある。そして君の命令なら吾輩は従う」

 俺は俯いて泣いていた。

 もう・・・何もかも捨てて逃げたい。

 もし、俺の命でジンナが助かってロレンヌさんも無事ならそれでいいではないか。

 しかし、それは後付けの理由。

「逃げたい」が一番であった。

「エータ・・・頼む・・・もう苦しいのはイヤなんだ。なんでいつも俺ばっかりこんな目に合うんだ?こんなのって・・・もう、死にたい・・・」


 突如、俺の体は宙を舞う。

 地面に叩きつけられ、痛みに呻く。

「な・・・何が・・・」

 うつ伏せに倒れた俺は、土の地面を掴み、仰向けになり上体を起こす。

 俺の目に、夕焼けに照らされて、真っ赤になった吸血鬼が、夕焼けよりも輝く深紅の瞳で俺を射貫く。

「・・・殺す」

 小さな声が風に乗って俺の耳に届いた。

 その直後、俺の目に靴の裏が大きく映った。

 俺の体は壊れた人形のように、後方にごろごろと転がる。

 仰向けに倒れた体は空を見上げている。

 夕焼けの空なのに丸い月と輝く星が一つ見えた。

 俺は全身の激痛と、口と鼻に詰まる自身の血の苦しさで横向きになり血を吐いて呼吸をする。

 痛みなのか、恐怖なのかわからないが、体はがたがたと震える。


 視界が陰る。

 覗きこむように、吸血鬼は俺の胸を踏みつけ、再度仰向けにされる。

「・・・母を侮辱するなら殺す」

 俺は両手で胸を踏む足を動かそうとする。

 まったく動かない。そしてあばら骨はミシミシと音を立て、体は僅かに地面に沈む。

「ゲフッ・・・こ、これが・・・死ぬことなのか・・・」

 痛みと苦しみしか、今の俺にはなかった。

 人の事を考える余裕なんてまったくない。

 俺を見下ろす吸血鬼は、長い犬歯を見せつけるように噛んだ歯の口を開けて見せている。


 風の音

 そして静寂・・・

 俺は死んだのか?


 ふっと足の力が抜け、俺の肺が思い出したように空気をヒューヒューと吸い込んで吐き出す。

「・・・母は、死にたいのだ」

 そういうアレックスは俺の手を取り立ち上がらせる。

 俺は全身の痛みで倒れそうになるが、なんとか踏ん張る。

 後ろ向きに下がったアレックスは俺に対し、深々と頭を下げる。

「・・・頼む。母はお前の役に立ちたいと願っている」

 俺はアレックスに近寄ろうと思ったが、後ろ向きに倒れて意識を失った。

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