キメラ発生装置
豚人の拠点からキメラ発生装置に移動したケン達。
そこでは・・・
翌朝、俺たちはエータについていき、森を抜けた山の麓にきた。
岩壁の一部が不自然に開いていた。
「ここから内部に進入できる。だがケン。君は特に気を付けてくれ。アレックスとロレンヌはケンの守護を第一に行動してくれ」
俺は一気に不安が全身を包み、ぶるっと震えた。
アレックスとロレンヌは手を伸ばせば届く距離に来てくれた。
入口は今まで見た遺跡と同じように鉄板の通路で幅も高さも二メートルくらいで角がぼんやりと光っていた。
なんだ、なんでもないじゃないか、エータめ!脅かしやがって!
そう思えたのは三分も無かったかもしれない。
途中で折り返すタイプの階段を下る。
その先は・・・なんだこれ?
肉だった。
赤やピンク色の生肉が通路をふさいでいる。
ぶよぶよとした質感で、たまにブルりと動いている。
「ケン、多少触れる分には大丈夫であろう。しかし、長時間は触れないことだ。この肉は生きている」
俺は「生きている」という表現に恐怖や嫌悪感をおぼえた。
エータは通路をふさぐ肉に片腕をつっこみ、肉を引きちぎり、通路にぼとぼとと大きな肉片を落としていく。「ぼとり」という音を残して、さらにエータは「ぎゅちゅぐちゅ」という気持ち悪い音を連続で発生させている。
そのちぎられた肉もちぎられた部分も血や脂肪の油や黄色い液体を瑞々しく滴らせている。
「この肉は生命体に反応し、捕え、口に相当する部分に運搬する機能を有しているはずだ。もし捕獲されてもすぐには捕食されない。安心したまえ」
人が通れる分の通路に穴を開けたエータは体液にまみれた体でそう言った。
なにをもって安心しろと言っているのか理解できなかった。
そうしてエータは数度、肉の塊の壁を突破して扉のある部屋についた。
部屋のドアは自動で開いたが、部屋の中は全ての壁や天井まで肉に浸食されていた。
「ここが中央コントロールルームだが、このあり様だ。一応設備的には生きているが、かなり内部までこの肉に浸食されている。すべて排除するのは不可能だ。ロレンヌの能力でも無理であろう」
そう言われてロレンヌさんは壁の肉に触れる。
壁の肉の一部分はロレンヌさんに吸収された。
壁の鉄板が見えたが、徐々に周りの肉がその部分を補修しているのか浸食しているのかわからないが、ジワジワと伸び縮みして壁はすべて肉になってしまった。
肉が粘りつくように動いているのが見える。匂いはほとんどしないのに、血生臭い感じがして、拭いきれなくなったようだ。
ロレンヌさんは俺に振り返り、首を振っている。
俺はそのロレンヌさんのその姿を見た途端、急激にここから出たくなった。
「え、エータ!出よう。早くここを出よう」
「落ちつきたまえ。君は吾輩が主砲を発射するまではそばにいなければならないのだ」
エータは周囲の壁の生肉を一瞥してから、再度俺をじっと見つめた。
エータは何を言っているんだ?勝手に打てばいいだろう。とにかく帰りたい!
俺の肩にアレックスの手が置かれた。
「・・・エータが打つのにケンの許可が必要なのだろう?」
「え?あ、ああ、そうだけど」
「・・・ではついていこう」
「え?エータに打っていいって言っておけばいつでも打てるとかじゃないの?」
「君は何を誤解しているのかね?君の許可からおおよそ15秒以内のリミットをつけている。安全装置だが、そんな事は当たり前ではないかね?」
い、いや知らないよそんな事!で、でもアレックスは知ったような感じだし、この世界の当たり前なのか?ま、まあちょっと落ち着いた。
「この施設は全体的に斜めに傾いている。先ほどの進入口が最も高く、吾輩が飛び降りた穴の底が最低部だ。周囲の被害を考えればそこから上に向かって打つのが理想であろう」
エータの冷静な説明はほとんど頭に入らなかった。
周囲を生肉に囲まれているという生理的な嫌悪感が全てだった。
エータはその後も肉を引きちぎりながら進み、昨日コントロールルームで得た情報を教えてくれた。
この肉が母体であり、外部の生命を捕えて栄養源として、体内の子宮にあたる部分からキメラを誕生させているようだ。
元々はこのような設計ではなかったようだが、ケンの転送や反乱AIの影響で暴走した結果のようだが、生まれるキメラはほぼ計画通りのものがうまれているらしい。
「豚人のように高頻度で誕生しないのが幸いしているな。この先にいた幼体は昨日の内に処分している」
俺はエータの話しを聞き流しながらアレックスとロレンヌさんに支えられながら通路を進んだ。
壊れた扉の先に太陽が差し込んでいた。
「ここが穴の下の部分だ。ずっと傾斜していたのがわかったであろう」
すいません、それどころじゃないのでわからなかったです。
心の中でそう返事した。
「あ・・・」
目の前には俺と同じくらいのサイズのグリフィンが二頭倒れていた。
二頭とも目を見開いて、もう瞬きすることはない。悶絶の表情でかたまっている。
俺たちが戦ったグリフィンは大きかった。
アレックスが頭に乗るほどの大きさだった。
この二頭は子供なのか・・・
生肉の嫌悪感もあったが、子供が命を失っていると思うと、やるせない気持ちになった。
でも、俺は守るためにやるんだと心を決めたんだ。
ジンナの笑顔を思い浮かべながら、強くそう思った。
「エータ、やろう」
「少し計算をする。指示をするまで待機したまえ」
そうしてエータは方向を定め、片膝をついて右腕を構えた。
「広範囲扇状軌跡シュミレーション完了。出力50%で制御」
エータの周りに空気が渦を巻いて集まっている。
キュイーンという小さい音なのか大きい音なのかわからない高音域の音が耳障りだ。
「準備完了。ケン、合図を」
エータの声に、俺は緊張して喉がカラカラで声が出ているのか、出ていないのかわからないが
「打て」
と言った。
その声が虚空に響いた途端、目の前は白一色の世界になった。
白い世界の中で、二頭の倒れたグリフィンの影が光に飲まれ、輪郭を失っていく。
その後は耐えられなくなった目は瞼を閉じていた。
目を開けると、地平線が見えた。
茶色い土がキレイに平坦になった先には何もない。
肉片の一欠片も鉄で出来た遺跡の後も、なにもかもがなかった。
俺はその景色をただ呆然と眺めていた。
もう、何の感情も言葉も浮かばなかった。