討伐遠征 遠征討伐?
勇気を振り絞り、ロレンヌの延命できたケン。
そして・・・
俺たちは遠征の準備をしていた。
ロレンヌさんとの会話の後、その日の内に外出してみようという話しになってしまった。
昼食まで時間があるので、俺たちは野営込みの段取りをしていた。
俺だけが馬のシロンに跨り、アレックス、エータ、そしてロレンヌさんも徒歩。
エータの「誰もが君のような脆弱な存在ではない」という言葉に押し切られてしまった。
数日野営するかもということだが、荷物はアレックスとエータが全て背負ってくれていた。
「ほ、本当に大丈夫なのか?なにかあればすぐにもどるのだぞ」
心配そうなローレン卿にそう声を掛けられ、俺たちは出発した。
出発してすぐに、エータはロレンヌさんに声をかけた。
「久しぶりの外の世界だろう。概ねの方向は先ほど告げた通りなので君の好きなペースで進むが良い。我々は付き従う」
そう言うと、何故か嬉しそうに見える微笑んだ表情を作り出した。
そして振り返ったロレンヌさんは消えてしまった。
遠くで土埃が舞っているのが見えた。
目で追えなかったが、走り去ったようだ。
「・・・母上、元気そうだな」
アレックスが目を細めているので、よかったと思っておこう・・・
ロレンヌさんの心配はいらないと言われ、エータとアレックスは馬に乗る俺の前後や左右にフォーメーションを組んで俺を守るように進んでくれた。
実際に守られているのだろう。
はじめ、ロレンヌさんに追いつかないとと思い、俺はシロンを走らせていた。
しかし、エータはロレンヌさんの位置を感知しているようで、俺に馬が疲れない速度で移動せよと言ってきた。
エータとアレックスは大きな荷物を背負って、当たり前のようにシロンの速度についていっていた。
森を抜け、谷を通り、川を渡った。
そろそろ夕方になるかと言う所で、エータが不穏な事を口走った。
「この先の渓谷に生体反応が固まっている。野生動物の可能性もあるが、もうすぐロレンヌが接触する」
俺はそれを聞いて馬を走らせた。
「大丈夫だろう」とは思っているが、万が一、ロレンヌさんに不測の事態があったら大変だ。
その場所にはすぐに追いついた。
そして相手は豚人だろうと思った俺の予想は外れた。
俺はロレンヌさんと対峙している相手を見て、震えていた。
犬のような三角の耳を持った、人型の者が七人ほど。
耳だけではなく、長い鼻がついていて、その大きな口には牙がついている。
狼人たちがロレンヌさんを囲んでいる。
男と思われる狼人は、背が大きく、上半身服を来ていない者もいた。
まんま、狼男だった。
口を大きく開けて威嚇しているようにうなり声を上げている。
正確にはわからないけど、半分くらいの男女比率か。
近くには焚火があるが、今は離れてロレンヌさんを取り囲んでいる。
女が声を掛けてきた。
「変なのがきたと思ったら、また変なのがきたね。なんだいあんたら」
「シャンジャ、もう全員殺して食っちまおうぜ」
はっはっはっと短い息をして口からよだれをだしているものもいる。
『狼人は人の肉が好きなのさ』ヒロミスが言った言葉が脳内で反響する。
俺も息が苦しくなって、短い呼吸を繰り返していた。
過去に狼人の少女に食いちぎられた右腕がズキズキと傷む気がした。
「アレクシウス。ケンを守護してくれ」
エータがそういうと、アレックスは片手を上げて俺を庇うような姿勢になった。
しかし、そんなものは不要だった。
号令もなく、狼人たちは取り囲んでいたロレンヌに襲い掛かった。
七人中七人が爪を立て、口を開け、七方向からロレンヌさんに攻撃を加える。
水色のロレンヌさんは、自然体で立っている。白いワンピースが風ではためいていた。
「あ、あぶない!」
俺は攻撃が当たる瞬間をスローモーションのように見ていた。
だが、攻撃は全てすり抜けていた。
ロレンヌさんの衣服だけが引き裂かれていた。
ロレンヌさんは助けを求めるような表情でこちらを見ている。
「え、エータ。助けてあげた方が・・・」
「ロレンヌ。わかっているだろう。彼らは敵対存在だ。攻撃しても誰も悲しまない」
その会話中も、狼人の爪はロレンヌさんの顔や身体を爪で引き裂いていた。
しかし、ロレンヌさんにはまったくダメージはないようだ。
まさに水を攻撃しているような光景だった。
しかし、次の瞬間、ロレンヌさんは両手で次々と狼人に触れた
狼人は触れられた部分から、吸い込まれるようにロレンヌさんの体内の体感部分に取り込まれていった。
絶叫する間も与えずに、スルリと体内に入ると、一気に圧縮されたように小さな玉になったと思ったら、それすらも砕け、体内で霧散して消えた。
唖然としている狼人も逃がすことなく、彼女に取り込まれる。
全ての狼人は、瞬く間に消え去ってしまった。
渓谷に風が吹く。
初めから何事もなかったような静寂が訪れた。
「ここはロケーションも良いし、既に焚火とかまどがある。これを利用しここで野営をしよう」
エータの発言で、俺は現実に引き戻された。
俺は「本当にここに狼人がいたのか、俺の勘違いとか見間違いだったのでは」などと考えながら、エータの作ってくれたスープを飲んでいた。
パチパチとなる焚火。その向かい側の岩に腰かけたロレンヌさんは、引き裂かれた衣服を気にしていた。
その姿だけが「現実だった」と告げていた。
ロレンヌさんに食事は不要のようだ。
アレックスは、自分の背負っていた荷物から、ロレンヌさんの替えの衣服を取り出していた。
そして二人は立ち去り、ロレンヌさんは着替えていた。
淡い桃色の丈の長いワンピースに着替えたロレンヌさんはスラっとして見えた。
「きれいな人だな」そんな事を考えていて、俺ははっとした。
自分が大きな過ちをおかしていた事に気付いた。
ロレンヌさんは女の人なのだ。
「ろ、ロレンヌさん。着替えるのなら俺がこの場を立ち去るべきでした。すいません」
俺はスプーンとスープのお椀を持ったまま謝罪した。
ロレンヌさんは大きく首を振ってから、エータの耳元に何かをささやくようなしぐさをした。
エータは
「君のその繊細な優しさに感謝する。気遣いは不要だが、嬉しい」そう伝えてくれとエータは言った。そして
「アレクシウス。本当に素敵なお友達ができたのね」と続けた。
俺はむずがゆさを覚えながらも「衣服を気にするのは親子そっくりだな」なんて思って、一人で「ふふ」と笑ってしまった。