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母の希望

アレックスの希望である「母」の消滅がかなう。

ケンはどうするのか・・・

 翌朝、俺たちは朝食を取っていた。

 ゴーとエミカはこの後、出立してしまうようだ。

 ローレン卿は多忙なようで、食事をしながら執務をしているようだ。

 朝食の配膳を指揮していたベイツさんに

「あ、あの、エータから聞いていると思いますが、ローレン卿に・・・そ、その、ロレンヌさんが、さ、最後かもしれないと伝えてください」

 俺は意を決してそう告げた。

 言葉にして発してしまうと、「本当に最後で、二度と会えない」という実感がこみ上げてきた。

 少し、ナイフとフォークを持つ手が震えていた。

 ベイツさんは「かしこまりました」とそれだけを言って、軽く頭を下げていた。

 何か見ていられず、暗い空気になっていたが、あまり空気を読まないゴーが

「ケン達は豚人の殲滅の後はどうするんです?私とエミカは領地内の警備や哨戒を行い、ある程度の結果を残せば自由になりますが」

 そう話し出した。なにかゴーのお陰で空気が軽くなったような気がした。

「え、えっとこの後って・・・どうするんだエータ?」

「豚人の発生装置からほど近い場所にキメラの発生源と思われる地点も補足している。そちらに向かう予定だ」

「い、いや、そうじゃなくて。そ、その殲滅作戦が終わった後の事なんだけど・・・」

 俺は頭をポリポリと搔きながらエータに問いかけた。

「君には事前に伝えていたはずであろう?また記憶障害かね?」

 エータは表情がないロボットのクセに、少し首を傾げて小ばかにしたような表情をしているように見える。

 た、たしかロレンヌさんの件と豚人と後は・・・ローレン領の治安維持とかなんとかと、俺がお願いしていたジンナの件・・・

 俺が思考を現実に戻すとみんなが俺に注目していた。

「ケ、ケン。君は病気なのか?記憶障害があるのか?」

 エミカは心底心配したように俺の近くに顔を寄せて見つめている。

 ちょ、ちょっと女の子にそんな近くで見つめあうと恥ずかしいのです。

「い、いや、エータの意地悪だよ。ちゃんと覚えているよエータ!ローレン領の治安維持だ。治安維持?た、たしか世界情勢のなんとかだから、何かがなんとか・・・」

 俺がしどろもどろに答えた。

「及第点をやろう。しかし、君の記憶が疑わしいのは確かだ。いつか我々の固有名詞も忘れてしまうのではないかね?」

「ちょ、ちょっと!それはいいすぎだろ!」

 みんな笑っていた。見守っていたアレックスやベイツさんも穏やかに微笑んでいた。

 俺はそれを見て嬉しかったが、この後の事を考えると憂鬱だった。



 ゴーとエミカには、俺たちはローレン領に戻ってくるからまた会えると伝え、見送った。

 そしてロレンヌさんの元へ向かう時間が来てしまった。

「旦那様は昼までなら時間が調整できるので、少しだけ待っていてほしい」

 そうベイツさんに伝えられて、部屋で待っていたのだが、本当に少しだけの時間でアレックスの気持ちを聞けなかった。


「皆、待たせた。では、参ろう」

 言葉少ないローレン卿は、疲労の残る顔に決意を固めたような固い表情をしていた。

 屋敷の裏手のドアを開け、外にある洞窟に入る。

 ベイツさんは洞窟内の大きな扉の鍵を開け、先導する。

 後ろから見るベイツさんの背中は、何か小さく見えた。

 ベイツさんは奥にある扉の前で止まり、ノックすべくあげた手を躊躇するように一瞬止めた。

 しかし、数秒後に二度ノックして

「ベイツでございます。入室いたしますね」

 そういって扉を開けて俺たちを部屋に入れてくれた。


 ローレン卿を先頭に部屋に入る。

 ロレンヌさんは、以前見た時と同じように、大きな鏡台の前の椅子に腰かけていた。

 透き通る水のような身体は、なんどみても驚愕しそうになる。

 首だけを曲げて俺たちを見ている。

 ローレン卿は一歩前に出て、胸に手を当てて深々と頭を下げる。

 俺も慌てて同じように頭を下げ、そしてあげた。

 しかし、ローレン卿のその頭は上がらない。

 絞りだすような、しわがれた声で

「ロレンヌ様。今まで名も知らなかった愚か者の私をお許しください。そして、私が生まれる何年も前から、このような・・・このような場所に閉じ込めている事を、お詫びいたします」

 そう言ったまま頭を上げることはなかった。

 椅子から立ち上がったロレンヌは、頭を大きく左右に振っている。

「・・・セバスチャン、頭を上げよ。母は気にしておらぬ」

 俺は神妙な気分でその光景を見ていた。しかし、エータが・・・

「面をあげよセバスチャン。君のその行動を、彼女は気に入らないと言っている」

「おいエータ!お前、言葉を選べよ!」

 俺は本当に無意識で、大声で突っ込んでしまった。

 ベイツさんも、頭をあげたローレン卿も、俺の顔を「えっ」みたいな表情で見ている。

 しかし、ロレンヌさんは笑っているようなしぐさをしていた。

 我に返ったローレン卿は俺の元に来て、俺の肩を掴み

「ケン!ど、どうすればロレンヌ様と会話できるのだ?私は彼女の望みを聞きたい」

 そういって俺をゆするローレン卿を他所に、エータは既にロレンヌさんの顔に手を突っ込んでいた。

 それに気付いたローレン卿は、憤怒の表情になり

「エータ!き、貴様なにをしている!」

「だ、旦那様。大丈夫ですので落ち着いてください」

 ベイツさんと俺でローレン卿を取り押さえていると、ロレンヌさんの体内に潜り込み、一体になったエータが胸元から口だけだして

「ふふふ・・・みなさん仲がいいのですね。うらやましい」

 声はエータだが、エータは絶対にこんな事を言わない。

「ロレンヌさん。お久しぶりです」

 俺がそう声を掛けると、ローレン卿は俺とエータを取り込んだロレンヌさんを見比べて

「ろ、ロレンヌ様?ロレンヌ様なのですか?」

「そうですよセバスチャン。最近のあなたは父君によく似てきましたね」

「ああ・・・ああ、ロレンヌ様。まさか、あなたの声が聞けるとは。今は無き父や母も、あなたの事はずっと気にかけていたのです。まさか私が会話したといっても信じないでしょう」

「そうでしょうね。それもこれも、このエータと、そこにいるケンのお陰です。アレクシウスも尽力してくれたのですね」

 ロレンヌさんの目のない顔が俺とローレン卿を見てから、アレックスで止まる。

「・・・母上。滅ぶ準備ができた」

 アレックスは仁王立ちの姿勢でロレンヌさんと対峙している。表情は無い。

 しばし、無言で見つめあう二人。

「アレクシウス。あなたには本当に苦労をかけてしまって申し訳ない。私の子供などにうまれてしまったせいで・・・」

「・・・よせ!母上!俺は・・・俺は母に感謝している」

「まあ・・・この子は・・・いつのまにこんなに・・・」

 ロレンヌさんは両手で自分の顔を覆い、椅子に座り込んだ。

 涙は流れていないが、泣いているのが俺でもわかった。

 隣に立つベイツさんは、堰を切ったように泣き出している。

「しかし、もう終われるのですね。ああ、やっと待ち望んだ『死』が・・・」

 ロレンヌさんは立ち上がり、天井を見上げている。

「・・・遅くなって、すまなかった」

 アレックスがそういうと、ロレンヌさんはアレックスの前に走り抱きしめていた。

「謝らないの。私のアレクシウス。共に逝きましょう」

 俯くアレックスを抱きしめ、優しく頭を撫でるロレンヌさん。

 俺はその光景を呆然と見ていた。ベイツさんは泣いているが、ローレン卿も俺と同じように呆けた顔をしていた。

 たくさんの命が消えるのを見た。俺も・・・命を奪った。しかし、死を望むものもいる。

 俺の頭の中に様々な事が浮かんで、混ざっていた。しかし・・・

 消えゆく事を望む者。俺はその光景を「美しい」と感じて感動していた。

「ロレンヌ様。あなたの望みは『死ぬこと』と理解しました。不肖、このセバスチャンになにか出来る事がありますか?」

 ロレンヌさんはアレックスを抱きしめたまま

「セバスチャン、そしてベイツ。あなた方やあなたの一族には感謝しています。あなた方のお陰で、こうして穏やかに居られたことは幸福でした。これ以上望みはありません。ありがとう」

 しばしの沈黙

 アレックスがしわがれた声で呟いた。

「・・・母上、俺は共には逝けん」

「そう、彼と共に歩むのですね。なら、私だけでも先に・・・」

「あ、あの・・・」

 俺は声を掛ける事に緊張して、手足が震えていた。でも!

「ア、アレックスを・・・一人にしないでもらうことは出来ませんか?」

 ロレンヌさんはアレックスの抱擁を解き、少し考えるようなしぐさをした。

「それは・・・少し意地悪な言い方ですけど、私にもっと生きろと?この苦しみから解放されたいのです」

 俺はそう言われ、返す言葉がなかった。千年を超える時を生きて、過去には拷問のような実験をされて死ねない体。俺の想像を超える存在に対し、何か意見など出来ない。

「・・・母上、人間の寿命など僅かな時だ」

 アレックスがそう言うと、ロレンヌさんの中にいるエータが

「ロレンヌ。一度今の時代の外の世界を見てみるのはどうかね?可能性は低いが、君のその体質を改善できるかもしれない。セバスチャンも君をここに閉じ込めていた事を気に病んでいたようだし、どうかね?もちろん君の意志が最優先だ」

 ロレンヌさんは、あごに手を当てて考えるようなしぐさをしている。

 そして俺たちの顔を順番に見て

「エータ、あなたの力があれば、いつでも私を滅ぼす事が可能なのですね?」

「ああ、時と場所の問題があるがね。それとケンの許可だ」

「わかりました。ケン」

 ロレンヌさんはじっと俺を見つめた。

「あなたには本当に感謝しています。アレクシウスの事を考えて、私の死を望まないその優しさ。そのあなたの望みに答えましょう」

 俺はアレックスの顔を見た。アレックスも安堵したのか、穏やかな顔で俺に無言で頷いた。

「し、しかし、大丈夫なのか?そ、その、わが領民が犠牲になってしまったりはないのか?」

 セバスチャンはロレンヌさんの能力を思い出して、すこし慌てたように言った。

「吾輩とアレクシウスが同行すれば問題ないであろう。他の人間は不用意に近付かないように配慮する。外に出すのは君の望みであろう?それと・・・」

 ロレンヌさんの中にいるエータは不敵に笑っているように見えた。

「それと、彼女の能力や身体を分析するいい機会だ」

 エータの本当の目的は、もしかしてそれなのではないか?

 俺はアレックスの安堵した顔を見て安心したのに、背中に一筋の汗が流れたのがわかった。

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