襲撃後のロスタルへ
エータが戻ってきた。
そしてローレン領に向かうが・・・
俺たちは王都を出発し、北部のローレン領を目指している。
特に問題や障害など無く、順調に馬車は進む。
そう、順調に・・・
そして、大きな街が見えてきた。
俺とアレックスが初めて一緒に訪れた街、ロスタル。
そして、豚人の襲撃に合い、逃げ出した街・・・
あの日から時間が立っている。
今はどうなっているのだろう?
気になったが、記憶の中の街が壊されてしまうのが怖かった。
門にたどり着くと、兵士が二人立っていた。
門の両端に立つその姿に、俺は安堵した。
通行税を支払い、街に入る。
街の中は倒壊している建物や、崩れた露店が目に映る。
しかし、街の人々には活気があった。
復興作業に追われる人々が、道端を小走りで行き交う。荷物を運ぶ者、声を張り上げる者――その全てが、街が再び鼓動を取り戻したことを示しているようだった。
それらを横目に噴水広場の前についた。
噴水の水は止まっていた。
円形の噴水の壁面に、赤黒いシミがついている。
実際には臭わないが、鉄のような血のにおいがするような気がした。
それを、呆然とながめていると、喧噪に紛れて話し声が聞こえてきた。
「・・・価格の方は、少々張っても構わ・・・ので、なんとか入荷できませんか・・・」
「・・・の情勢で、あんまり・・・だが、長い付き合いだ・・・とか・・・」
いつも訪れている、高級そうなレストランの前。
何かを、店前で話し合っていた。
若い男性と目が合う。俺が見ているのに気付いたようだ。
途端、彼ははっとした表情を浮かべ、走り寄ってきた。
その店の出来るボーイさんだった。
「あなたのお陰で私たちは助かりました。私や店の者だけではなくお客様も。店主もあなたにお礼がいいたいと申しています」
「い、いえ、お礼とかそんな・・・」
そんな話しをしていたら、店前で話していた商人も俺の元にやってきた。
「アンタ、どこかで見たな?」
商人は俺の顔をじっと見つめていた。俺も見たような・・・
「い、以前馬車でご、ご一緒したかも?」
俺がそういうと、商人はアゴに手を当てて、少し上を見てから、俺を見て
「あ、思い出したぞ。北方の旦那と従者のにいちゃんだ!無事だったんだな」
そういって俺の肩をバシバシと叩く。俺は曖昧な記憶しかない。肩が痛い・・・
「え、ええ。あなたもご無事でよかったです」
適当に返事をしたら、なにか一方的に話し出した。
「俺ぁ商人だからな。客の顔と名前は忘れないんだ!北方の方はどうなんだ?まさか、ロスタルまでこんなになって、だけど王都から大量の移民が来て活気づいて、俺も商売がはかどるのはいいんだが、入荷が難しくてな。まあ少し吹っ掛けても買ってくれる客も多いが・・・おっと!」
そういって笑いながら自分の口を抑えている。
ああ、なんか見たことあるかも?
ボーイさんが微笑みながら
「ヘルマさまもお知り合いなんですね。やはり私たちを助けてくださっただけあって、著名な方なのですね。とにかく店に入ってください。ヘルマさまは、また後日お願いします」
微笑みながらも、商人を押しのけて、俺たちを店に案内してくれた。
店内はまだ誰も客はなく、がらんとしていて静かだった。
外は明るい。おそらく時間にして午後の三時か四時くらいなのだろう。夕方の営業時間前なのかもしれない。
ボーイさんは俺たちを席に案内して、椅子を引いて座らせてくれた。
「店主を連れてまいります。少しお待ちください」
そう言って店の奥に消えていった。
すぐに白いシャツに黒いベストの怖そうなごつい黒ひげの男を連れてきた。
「私はこの店の主人のシリルと申します。あなた方が早期に避難を促してくれたので、私たちに被害は出ませんでした。街では被害者がたくさん出たようですが・・・」
黒ひげのシリルさんは強面ながら、丁寧に接してくれた。
「お時間があるのでしたら、少し早いですが夕食にしていってください。軽食の方がお好みでしたら、そのように準備しますので」
そういってワインを出して「くつろいでいってください。もちろん、お代は結構です」と言ってくれた。俺は街の事が気になったので、聞くと「席をご一緒させていただいても?」と言うので、食事をしながら情報を聞くことになった。
豚人の襲撃は、被害を出しながらもなんとか撃退に成功した。
その後、王都の情勢が大鷲騒動や内乱などで不安定になり、大量の人がロスタルに来た。
ロスタル以外にもかなりの数が王都から逃げ出したのでは、とのシリルさんの推測。
「王都や他の地域からも食材や物資の流通が止まり困っているのですが、今のこの街は人も増えて立て直そうと住民たちも力強く活動しています」
外であった商人も似たような事を言っていた。
この街は「生きて」いる。そう思えて嬉しかった。
ボーイさんに「是非またお越しください」と見送られ、俺たちは宿に入った。
ワインを飲んで、少しいい気分でベッドに横になり、ふと思い出した。
この街の宿で、アレックスに「俺たちを助けてくれ、殺してくれ」って言われたんだっけ。
俺は・・・うまくやれているのか・・・これでよかったのか・・・
そうしてロスタルの夜は更けていった。
翌朝、ローレン領を目指して準備をしていた。
馬車に乗り、出発しようとしていた所に、昨日の商人が走ってきた。
「はあはあ・・・アンタらならここだと思って探したんだぜ。まあ、それはいいとして、アンタの主か執事か、えらい人にこれを渡してくれ。マジな話し、物資が足りないから少しでも欲しい。なんでもいいから新しい取引をしたいんだ。これも何かの縁だ。頼む!」
昨日のヘラヘラした感じは一切なく、真剣に俺に手紙を差し出している。
「・・・いや、お前は運がいいな。そうじゃないか?」
商人が言葉の合間に笑みを浮かべた。だが、その目は手元の封書をじっと見つめている。
この人も、この街が好きで、なんとかしたいんだな・・・
そんな事を考えて、俺は手紙を受け取った。
「お、俺・・・わ、私は何もできませんが、主か執事に渡します」
「頼むぜ、にいちゃん!出来たら食料が欲しいって言っといてくれ」
そういって俺の手を握り、ブンブンと振ってウィンクした。
商人に見送られ、俺たちはローレン領を目指して出発した。
アレックスが御者をして馬車は進む。
後部の荷台にエータと向かい合わせで座っていた。
「エータ、何かおとなしくないか?ま、まさか反乱AIなのか?」
俺は狭い馬車の中で上半身だけのけ反った。
「君の思考や言動を深く学習している。君は浅はかな行動も多いが、時に他者の利益を優先して自分に得のない行動をしている。しかし、結果的に現状の損が得になるような部分もある」
お、俺は浅はかな行動が多い・・・のか?
損して得とれとかことわざみたいだな。
「ってかエータはなんで今更、そんな事しているんだ?」
「将来、君が満足できる領土を収める王や君主となった際の統治方法を模索している。シュミレーションでは概算部分はうまくいく計算だ」
エータさんたまにそんな事言っているけど本気なのですか?
「お、俺、王とかそんなの無理だから!」
「一度、それを経験してみて、それから結論を出してもいいのではないか?」
俺の額から汗が垂れた。エータが俺をじっと見る視線に圧力を感じる。
「え、エータは俺の意志に従うんじゃないのか?」
「吾輩は君の意志は尊重するが、君が頂点として君臨する世界が理想だと行動理念を基盤として行動する」
・・・
俺はとりあえず、無視することで、この問題から逃げた。