再来
遂にエータの完全復元を終えた。
そこに・・・
俺たちはリビングでくつろぎながら今後の予定を立てていた。
ジンナの村に行こうと思っていたのだが、アレックスが「一度、母上に報告に行きたい」と言ったので、ローレン領に向かう事に決定した。
たしかに、ローレン領やローレン卿も気になる。
明日、出発する事に決まり、夕食を食べ、眠った・・・のだが・・・
「ケン、起きたまえ。そして決断したまえ」
俺はそう声をかけられ、目を開けるとエータの顔が俺の顔を覗き込んでいた。
ビックリして飛び上がり、エータの顔に頭突きをした。
なんか、以前にもこんなことあったような・・・頭が痛い、物理的に。
「ど、どうしたんだよエータ」
ぶつけた額をさすりながら起き上がると、部屋には灯りがついていた。
窓の外には丸い月が見える。
まだ深夜のようだ。
アレックスは起きていて身支度をしている。
嫌な予感がする・・・
「キメラがこちらに向かっている」
エータはそう告げた。
「き、キメラって・・・あ、あのグリフィンか?」
俺はアレックスに片目を潰されたグリフィンを思い出す。まだ生きているのか・・・
「そうだ。君が『グリフィン』と呼ぶ個体だ。どうする?」
「ど、どうするって?」
「戦うか逃げるか。君が決めたまえ」
な、なんで俺が決めるんだ?俺、戦えないし・・・なんでアレックスも俺の事見てるの?
アレックスやエータ、ゴーやエミカに守られて戦いを見守る無力な自分の姿を思い出す。
「で、でも、お、俺、戦えないよ・・・」
「吾輩のプラズマ砲をお披露目するいい機会だが・・・吾輩にはキメラを誘導した経緯がある。君が討伐を希望するのなら実行する。戦闘を回避したいのなら逃走する」
そうか・・・エータは反乱AIに支配されて王都にグリフィンを呼び寄せていたのか。
元々のキメラ発生原因も、エータとアレックスの戦闘の余波って言ってたっけ。
それで俺も、この世界に転送されたんだ。俺も原因なのか?
でも、グリフィンを放置すれば、またたくさんの人が死ぬ。それもいやだ・・・
「よし、戦おう!俺は何もできないけど・・・」
「既に王都へかなり接近している。状況によっては、吾輩の主砲で住民や兵士に犠牲が出る可能性もあり得る。それを了承するか?」
「・・・え?」
そ、そんな・・・俺が・・・決めないといけないのか?
「で、でもエータ。なんで急にそんな事言い出すんだ?いつもなら『全て排除する』っていうじゃないか」
「ケン、君の意志が最優先だ。もちろん、民に犠牲が出ても君に責任はない。だが放置が一番損害が大きい」
俺がエータに「行け」と言えば住民も巻き添えで死ぬかもしれない。
そう考えると胃がいたいし、足が震えてくる。
でも、犠牲を減らすなら・・・
「エータ!やってくれ!」
「わかった。アレクシウスはケンの保護を頼む」
そうして俺たちは闇夜の中、出陣した。
深夜の王都は静まり返っていた。
銀色の月明りが、街を歩く俺たちの影を作っていた。
「なるべく城壁外にいる所を狙いたいが、照準を定めるのなら、キメラが交戦中や捕食中で動きが少ない方が確実だ」
そういうエータにアレックスが「俺が足止めをする」と言ったが、エータは「君はケンのそばで彼を守護したまえ」と言った。
「と、ところで、俺が来る意味はあるのか・・・あるんですか」
緊張している俺は、緊張を紛らわすのと、浮かんだ疑問をエータに投げかけた。
「吾輩のプラズマ砲を発射するのには、君の発射許可が必要だ。吾輩がそうシステムを再構築した」
「え?そ、それって、どういうこと?」
俺はちょっと、いや、かなりエータの言葉の意味を理解できなかった。
「おそらく君の想定する威力を超えている。準備段階までは吾輩単独で可能だが、実際に発射するには君の号令がいる。君の『打て』という言葉で発射許可としよう」
「い、いや、それ今決めただろ?ま、まあついていきます」
エータを先頭に、俺たちは王都の通りを走り出した。
高い外壁に囲まれ、門からしか進入できない王都。
だが、自由に飛翔するグリフィンには関係なかった。
既に王都内の上空に進入していた。
俺たちはグリフィンの向かってくる方向に向かって走っていた。
しかし、その頭上を飛んで行ってしまった。
「変だな。キメラを呼び寄せる装置と違う方向に向かっている。王城か?」
エータは光る目でグリフィンを追い、予測を立てているようだ。
「王城へ向かおう。門が閉じている可能性は高いが、城外近隣で狙撃は可能だろう」
そうして、来た道を引き返し、王城方面へ向かう。
王城にたどり着く前に、グリフィンは見えた。
グリフィンは王城の折れて崩れた尖塔の上にいた。
やはり、片目だ。アレックスとの激しい戦闘で片目は失っている。
「キエーキエー」と首を上空に逸らして鳴いている。
何かを探しているのか、待っているのかわからないが、そこで動いていない。
「ケン、この距離なら十分だ。照準を合わせるので準備ができたら伝える」
そういってエータは跪くような恰好で右手をまっすぐ前にだして、左手を添えている。
「キュイーン」というかすかな音。
エータの右手は周りの空気を吸い込んでいるのか?
僅かな白いもやが右腕に吸い込まれている。
構えてから三十秒ほどだろうか?
「出力15%で十分か・・・いや、確実性を取り20%まで上げよう。角度・・・微調整・・・完了。合図を」
エータの視線の先、翼を大きく広げて鳴いているグリフィンを、俺も見た。
グリフィンも、生きている。彼も犠牲者だ。しかし・・・
「ごめん、グリフィン。エータ・・・打て」
俺は静がにそう告げた。
それは一瞬の出来事だった。
カッと照らした光は昼間のように王城を照らした。
エータの右腕についた小さな銃口の先に、収束されたような小さな白い光の玉が出た。
そこから細い光の線が伸びていく。
少しだけ広がりながら、伸びゆく眩い光は尖塔の上のグリフィンをしっかりと捉えていた。
想像していた爆発音などはなく、ほぼ無音。一瞬で伸びた光が、僅かに残光をのこして消えた。
光に包まれたグリフィンは影のように見えたが、数瞬後にはその姿すら消え、何も残ってはいなかった。
大きな翼一枚だけが、尖塔から落ちた。
広げた翼の片方だけが、その光を免れたようだ。
グリフィンの体は消滅した。跡形もなく・・・
尖塔の背後にそびえる王城の一部も半円形に、はじめからそう作られたかのように、なめらかな端面でくりぬかれている。
「・・・な、なにが・・・」
俺はその光景の一部始終を見ていた。
見ていたはずなのに、理解が追いつかなかった。
グリフィンの周囲や、そこに向かっているだろう兵士も多くいたはずだ。
誰も騒ぎ立てもせず、今の光を見て言葉を失っているのか?
王都は静寂に満ちていた。
俺は思い出した。
はじめてエータと会った時に
「あの山の一部が円形にかけているのは、アレックスとの戦闘で出来たものだ」と言っていたのを・・・
俺はあまりのスケールの大きさだったので、信じていなかった。
と、いうより理解していなかったのだ。
地形を大きく変える威力を。
エータは「出力20%」と言っていた。
では、あの攻撃を今すぐ後4回打てるのか?
王城に向けてまっすぐ打てば一発で無くなるだろう。
足が竦む。手が震える。
これが、俺や仲間に向いたらどうなる?
本当にエータを完全復活させてよかったのか?
こんな威力、前の世界でも見たことがない。
世界が終わる・・・
エータが怖い・・・
「吾輩のメインウェポンの威力はどうかね?」
エータは跪いた姿勢から立ち上がり、そう俺に聞いてきた。
エータの目が俺を見ている。
俺は目を逸らしたいのに、逸らせずに、問いにも答えられなかった。
「・・・ケン、あの力なら・・・終わらせる事ができる。俺と母を・・・」
・・・そうだ、それが目的だったのだ。
「ケン、再度通知する。そして理解せよ。吾輩の砲撃は君の命令がない限り、放つ事は不可能だ。そしてこれが君に向くことはない」
そう言うエータを見た。
俺は何を恐れていたんだ・・・
まだ胸の奥底に恐怖はある。
でも、俺はエータを信じることにした。
アレックスのためにも。