ケンの決断
エルを失いながらもこの世界に残る決断をしたケン。
そこに・・・
俺はこの世界に残る決意した。
けれど、俺は弱い人間だと自分で知っている。
いつも、なんだかんだ言い訳を考えて逃げてきたんだ。
決意が鈍らないうちに、アレックスとエータに伝えておこう。
そう思い、ベッドから起き上がり部屋を出た。
リビングには誰もいなかった。
静かだ。屋敷内には誰もいないのか?
買い物とか馬の世話とかかな?
俺はちょっとがっかりした気分になったが、エルにも俺の気持ちを伝えようと裏庭に向かう。
外に出ると雨は止んでいた。相変わらずの曇り空だが。
五メートル四方程度の裏庭の屋敷の壁の際にエルは埋葬された。
真新しい盛り土の上に、おおきな丸い石が置かれていた。
この世界のやり方はわからないけど、俺は両手をあわせて目を閉じた。
「エル、俺、この世界に残ることにしたよ。エルが、がんばってくれた事を無駄にしないからな。見ていて・・・」
流れる涙とこみあげてくるもので、最後まで言葉にはできなかった。
心の中で「俺はやり遂げる、だから、見守っていてくれ」そう言った。
しばらく、目を閉じて祈っていた。
俺はリビングに戻り、一人で紅茶を入れて飲んでいた。
自分で入れる紅茶はあまりおいしくなかった。
違う・・・
ローレン卿の家の紅茶がまずいハズがない。
一人だからだ。
いつも誰かがそばにいてくれた。
この世界にきて、ほとんど一人になる事なんてなかった。
静寂に包まれた屋敷で、一人で居る事に寂しさを感じた。
前の世界では、ずっと一人だったのに、こんな気持ちになるなんて・・・
俺は早く誰かかえってこないかと、ドアの方を気にしていた。
突如「ドン」と音が屋敷に響いた。
玄関が勢いよく開いたのか?
俺はビビって飛び上がったが、部屋にその人物は入ってきた。
茶色い革鎧と兜を被った人物は抜き身の剣を握っている。
鎧兜には返り血のような赤黒い大きなシミがあり、鈍く光る剣にも新しい鮮血が滴っていた。
「ひっ」
俺は情けない声を上げて、椅子に座ったまま動けなかった。
「ケン!?無事ですか?」
その人物はゴーだった。
俺は安堵から椅子からずり落ち、地面にへたり込んだ。
「ご、ゴー!何をしてるんだ?」
「私はロルド殿を迎えに・・・王都の情勢は、もう・・・ケン?泣いていたのですか?」
ゴーは剣の血を懐から出した布で拭って、腰の鞘に収めながら俺の顔を覗き込んだ。
「う、うん・・・そ、その、エルが・・・」
俺はしどろもどろながらも、ゴーにエルの死を伝えた。
そして再度、裏庭のエルの墓地にゴーを連れてきた。
ゴーは兜を外し、剣も外し、地面に置いた。
墓前で仁王立ちのような姿で固まっていた。
「・・・だいたい、私は最初に反対したんです。こんなコソ泥を仲間にするのを・・・こんなヤツ、死んで当然です」
「ゴー!お前言っていい事と悪いこ・・・と・・・」
後ろから見たゴーの背中は震えていた。
握りしめた両手の拳からは血が出ている。
足元にも、滴る雫が見えた。
「すまない・・・俺のせいだ・・・」
「ケンのせいでは・・・少し・・・一人にしてもらえますか?」
ゴーの震える声に無言で頷き、俺は屋敷に入った。
背後から聞こえる慟哭に、俺はまた逃げ出したい気持ちになってしまっていた。
俺はリビングに戻り、一人で冷めた紅茶を啜っていた。
目を腫らしたゴーが戻るのと同時に、アレックス達が帰ってきた。
「やれやれ、買い物するのも一苦労だな。おお、これはゴールア殿!」
ロルド老は笑顔でゴーの背中を叩いていた。
すこしだけ空気が弛緩した気がした。
ロルド老は買い物に行くのに、アレックスはボディガード役でついていって、荷物持ちもして帰ってきていた。
「あれ?エータは一緒じゃないの?」
「エータ殿は情報を集めると言って・・・どこにいるのやら」
ロルド老はどこかを見ながら答えてくれた。
「して、ゴールア殿は何用で?坊ちゃんの警備は大丈夫なんで?」
ゴーはここに来た理由の説明を始めた。
ローレン領の屋敷まで戻ったローレン卿とゴーは、信頼の出来るものだけを集めた。
そして警備を固めていたが、数度襲撃があった。
ゴーの活躍もあり、襲撃は撃退したが、倒した相手から王都の情報を聞き出す事に成功した。
近々、大規模な襲撃を王城に仕掛けると。城内の内応の手筈も整っているようだ。
そんな折、エミカが二十人ほどの地底人を引きつれてやってきた。
ゴーが事情を話すと、「しばらく我々が警備に協力しよう」そう言って手を貸してくれた。
その後にも襲撃事件があったが、僅か数人の地底人の圧倒的な戦力に、ローレン卿も震え上がっていたようだ。
ローレン卿は「彼らに警備を任せれば安心だ。ゴールア、王都にじいやを、ロルドを迎えに行ってくれないか?」
そう言われ、エミカに後をまかせてここまできたのだという。
「ロルド殿。王都はもう安全ではない。私と共に行きましょう」
「しかし・・・ワシは先代に『この屋敷を頼む』と言われ、ここで死ぬつもりなのじゃ」
「ロルド殿・・・」
ロルド老の決意は固そうだ。ゴーは言葉を探しているが、出てこないようだ。
しばしの沈黙・・・
「・・・じいや、セバスチャンを悲しませるな・・・俺もだ」
「な、なんと、なんとおっしゃいました?」
「・・・二度言わせるな、行け」
アレックスにそう言われ、ロルド老は席を立ってアレックスに頭を下げる。
「わかりました。アレクシウス様にそう言われ、坊ちゃんも帰ってこいという。まだ働けという事ですな」
いたずらっぽい顔でにっこりと微笑んだ。
アレックスも穏やかな顔で頷いた。
「そういう事ですので、この屋敷も食材も自由に使ってください。せっかく、さっき買い物してきたのです。少しでも皆さんのお役に立ててください」
ロルド老はそう言ってくれた。
少しでも早く王都を離れた方がいいと、ゴーに促されたロルド老は準備を始めた。
準備が出来次第、出発するようだ。
「ゴー、気を付けて。死ぬなよ」
俺がそういうと、ゴーは俺をじっと見つめ
「ケン、あの村の住民も避難できないか閣下は考えているようです。閣下の元で待っています。必ず、必ず無事に来てください」
そういって固い握手をし、お互いの肩を叩いた。
ロルド老は少ない荷物で準備は早かった。
俺たちは玄関に見送りに出た。
うまやから馬を引いてまたがるロルド老は様になっていた。
ゴールアも馬にまたがる。
「ローレン領で待っています」
「ああ、ロルドさんもゴーも気を付けて」
「・・・ゴー、ロルドを頼む」
「ロルド、世話になった」
そうしてゴーとロルドは去っていった。
夕日に照らされるその後ろ姿を見て、「ゴーはやっぱり心が強いんだな」そう感じていた。