エータの再起動
エータの復旧を目指し、試行錯誤するケン達。
しかし・・・
エルは神妙な顔でモニターに向かい、キーボードを操作していた。
エルはエータの指示を俺に伝えた。
「奥の部屋にベッドがあるからそこに寝かせてくれって旦那は言ってます」
俺は有線接続を外してもいいのか戸惑ったが、エルを信じて線を外した。
アレックスがエータを担ぎ、いくつかの部屋を覗き、それらしいベッドがある部屋を見つけた。
部屋には金属製のベッドといっていいのかわからない台座と、その上には多関節の機械アームがつり下がるように設置されている。モニターやコンソールも併設されていた。
網の目状のベッドの下にも、歯医者で使うような鋭利なアーム状の機械がいくつか見えた。
アレックスはそこに丁寧にエータを寝かせた。
モニターを見ると、電源は供給されており光っている。
そこに文字が浮かび上がった。
画面を覗き込んだエルは読みあげた。
「ここでよい 後は頼む」
エルは俺の顔を見上げた。
「エル、頼む。何かあったらすぐに戻ってきてくれ」
エルは真剣な表情で額に汗をかいていた。
深く頷いて部屋を出ていった。
俺はモニターの前に座り、アレックスは俺の後ろに立った。
「エル、エータ、頼む」俺はそう呟いて祈った。
すぐにモニターにポップアップが浮かび上がる。
エータとのチャット画面にも文字が出てきた。
「あ、アレックス!こっちの方から読みあげてくれ」
俺はチャット画面を指さしてそういうと、アレックスが
「わからなければ 知らせろ」
そう読みあげてくれた。そして、ポップアップした部分は「主動力起動?」だ。
迷わず「はい」をクリックした。
体感五分くらいすると、「メインモーター起動?」と表示が出た。
エータに確認すると「起動せよ」と返事が来たので「はい」をクリックした。
それからまた五分程度したら「コンバーター?起動?」の表示がでる。
エータに確認したが、返事がこなかった。
俺はエータがまた停止してしまったのかと思った。
席を立ち、エータの寝ているベッドに近寄った。
見間違いではなく、エータの目が光った。
「エータ!?エータ!動けるのか?」
しかし、目の光は点滅してから消えた。
モニターを見ると「すまない 起動せよ」
そうアレックスは読みあげた。すまない?
俺は「はい」を押した。
直後、エータの寝ているベッドが青や緑に光り出した。
段々と光は強くなり、白い光になり、眩しくて見ていられなかった。それはエータに収束していっているようだ。
光が収まると、エータの目が点滅していた。
目の焦点が合うように、エータの目の光がクッキリとした。
アレックスは、すっと俺を庇うように前に立った。アレックスの肩越しに俺は声をかける。
「エータ?エータなのか?」
エータは一度、全身を痙攣させるような動きをした。そして上半身を起こした。
「エータ?」
「・・・吾輩は勝った。制御を完全に取り戻した・・・」
そう言って立ち上がった。
俺は嬉しくなって、アレックスの脇を抜けエータに抱きついた。
アレックスもエータに近寄り、肩に手を置いている。
しかし、エータは・・・
「ケン、そしてアレクシウス。共に来てくれ。いや・・・まずは謝罪しよう。すまなかった」
俺とアレックスは何のことだかわからず、顔を見合わせた。
「あ、エータが動けなくなったのは、俺が不用意に・・・」
「違う、そうではない。エルロットの事だ」
俺は何を言っているのかわからなかった。しかし、心臓の鼓動が大きく早くなるのを感じていた。
「え、エルの事って、な、なんだ?」
「まだ、助かるかもしれない。急ごう」
エータはそう言うと、部屋を飛び出した。
俺はすごいイヤな感じと胸騒ぎがした。
エータの後をついていくのが怖かった。
何があったのかを聞くのも怖かった。
怖くて手も足も震えていた。
エータはドアの前で立ち止まっている。
「パルスは収まっている。もう安全だ。入ろう」
な、なんだパルスって・・・全身が震える・・・
音もなく静かに開く自動ドア。
部屋には白い灯りが眩しいくらいに満ちていた。
更衣室?背の高いロッカーのような物が整然といくつも室内に並んでいる。
制御盤とか配電盤なのか?パネルのような部分から赤や緑のランプが見える。
よくわからないが、そのような物なのだろう。
その間にエルが倒れていた。
俺は駆け寄りしゃがんだ。
「え、エル?しっかりしろ!」
うつ伏せに倒れているエルを抱きかかえた。目は閉じている。
泡を吹いて倒れているエルの顔は真っ白だった。
耳をエルの顔に寄せると、かすかに「ヒューヒュー」と息をしている。
「え、エル?どうしたんだよ・・・目を覚ましてくれ・・・」
俺はエルを抱きしめて、そう呟いた。
そうだ、ジンナの所に連れて行けば助かるかもしれない。
ゴーだって、剣で刺し貫かれていたのに、助かったんだ。
「アレックス、エルをジンナの村に連れて行ってくれ」
俺がそう言うと、アレックスがエルを受け取ろうとする。
エルが目を開けた。
「ケンの・・・兄貴・・・」
「エル?しっかり。無理して喋るな」
「兄貴・・・あっしは役に立てましたか?」
「エル!もうしゃべるな!」
「へへ・・・丈夫なのには自信あったの・・・」
エルは目を開けたまま、動かない。
「お、おいエル・・・そう言う冗談はやめろって・・・エル!」
俺はエルの肩を掴んでゆする。冗談だと言ってくれ。頼むから・・・
エルを抱いたまま、俺は床に倒れこみ泣き叫んだ。
信じられなかった。
信じたくなかった。
アレックスが俺の背をさすってくれていた。
どれくらいそうしていたのか、わからなかった。
エルを抱いたまま、上半身を起こした。
エルはまだ目を開けたままだ。
エータは俺の前に来て、片膝をついた姿勢で目線を合わせてきた。
「ケン。すまない。吾輩の指示だ」
「なんで・・・エータ。エルは・・・」
「エルがこうなる事はわかっていた。君がその結果で激怒することもわかっていた」
俺は胸に抱いているエルの顔を見た。
目を開けたままだけど、笑っているように見えた。
床に寝かせて目を閉じさせて、口から出ている泡とよだれを服の裾で拭いた。
その後、俺は立ち上がった。
エータを足の裏で蹴った。
エータは動かなかったが、何度も何度も蹴った。
疲れてきて、足が痛かった。
「なんで・・・なんでこうなるとわかっていて・・・エータ!」
俺はさっきから、とめどなく溢れる涙を一度も拭わず、エータに怒鳴りつけた。
「吾輩の言葉は、今の君には届かないだろう。吾輩を好きなだけ蹴るがいい。それと、このログを見て、その後どうするか判断したまえ」
エータは立ち上がり、部屋の隅に設置しているコンソールに向かった。
エータはコンソールを操作すると、先ほどのチャット画面が開く。
「アレクシウス。すまないがケンに読んで聞かせてあげてくれ」
エータはそう言って、席を譲った。
アレックスは読みあげてくれた。
・・・
「旦那、前に聞いた手順だな?」
「ああ、そうだ しかし最終工程は無理だ」
「前に教えてくれた 青 緑 赤 赤 だろ?」
「そうだ。しかし操作完了時に電磁パルスが出る。理解できないかもしれないが生身には致死量だ」
「あっしは丈夫だから生きて戻れる」
「計算では生存率2%だ」
「やらせてくれ。兄貴たちには内緒にしておいてくれ」
「だが、君になにかあれば、ケンは吾輩を信用しない。生身の君が生きて吾輩が滅んだほうが良い」
「旦那にも世話になった。助かる見込みがあるのならやってやる」
「吾輩の為に死ぬ気なのか」
「ああ、兄貴の為にもな。いいな旦那、終わるまでは内緒で、終わったらバラせば兄貴も怒らない」
「・・・君の意志を尊重しよう」
「あっしは奴隷ですぜ。主の為だ。ケンの兄貴に仲間になれてよかった、ありがとう、とつたえといてくれ」
「健闘を祈る。無事に戻れ」
「ああ・・・約束忘れるなよ」
・・・
「・・・バカヤロウ・・・勝手な事しやがって・・・カッコつけやがって・・・死んだら何にもならないだろ!」
俺はエルの手を握って言った。
なんでこうなったんだ?俺が最初に間違えたからか?
もう俺がいなくなるのが一番いいのではないか?
いろんな事を考えて、エルの顔が浮かび上がって、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
「・・・エータ。今日はもう無理だ。帰ろう」
アレックスはそう言って俺を抱きかかえた。
エータはエルの亡骸を抱えた。
そうしてローレン邸へ戻った。