軍事兵器研究所
森を抜け、断崖絶壁を登り兵器研究所を目指すケン達。
そこには・・・
俺たちは断崖絶壁を登り、遺跡の入口についていた。
記憶が曖昧で、高い所からかすむ地上を見て、意識が朦朧としていた。
気が付くと、岩を背にへたり込んでいた俺を、エルが泣きそうな顔で見ていた。
なんでも、ここに到着してアレックスから降ろされた俺は、青い顔でぐったりして、話しかけてもしばらく反応がなかったらしい。
水を飲んで立ち上がると、エルもアレックスも安心したようだ。
「では、行くとしよう」
エータは平常運転のようだ。
岩に偽装した扉にエータが向かうと、岩壁は音もなくスライドして開いた。
通路は鷹さも幅もニメートルくらいの広さで、のっぺりとした鉄の床と壁と天井。
天井と床の角は、うっすらと青白い光の線が辺りを照らす。
以前に何度か見た遺跡と同じように見えた。
通路は右に直角に曲がる曲がり角。
エータを先頭に、ついていく俺は完全に油断していた。
曲がり角を曲がると、大きなヘビやネズミのような物の死体が散乱していた。
完全に干からびていて、腐敗臭などはしなかったが、吐き気を催した。
エータはまったくそれらに目をくれず、淡々と進んでいる。
俺は思い出した。エータが以前「内部のモノは排除済み」みたいな事言っていた。
通路に横たわるアナコンダのようなヘビを見た。
真ん中で半分にちぎられた死体だが、体の太さが俺の胴体くらいあるんじゃないか?
でも、何故か俺は少しほっとしていた。豚人とか人間っぽいものじゃないからかも。
そうして通路を進み、いくつかのドアがあったが、エータは迷いなく、一つのドアの前で立ち止まった。
「この部屋の中に端末がある。ケンはそこで端末を見て主電源の復帰を確認してほしい」
そういいながら、エータはドアの前に手をかざすとドアが開き、照明がついた。
俺は、「あー自動ドアと照明が連動しているのか?」くらいしか思わなかったが、エルが後ろに飛んで身構えた姿を見て「ふっ」と鼻で笑ってしまった。
エルは身構えたまま、俺を睨み
「あ、兄貴だって、さっきヘビの死体みてビビってたじゃないっすか!」
俺はとりあえず、「あーごめんごめん」と謝って部屋に入った。
部屋の中は真ん中にテーブルがあり、向かい合わせの二台の端末(パソコン?)と椅子が置いてあった。
「この端末の前に座り、指示に従い操作をしてほしい。アレクシウス、ケンを補佐して文字を読みあげてくれたまえ」
俺はアレックスを見て「頼みます」と言うと、アレックスは無言で頷いた。
「エルロット、君は吾輩と同行してメインの電源と動力を復帰してもらう」
エルは「えっ」という顔をして俺とエータを見比べている。
助けてほしそうに見えたが、俺は「がんばれエル」と心の中で言った。
俺は端末の前に座り、光るモニターを見つめていた。後ろにはアレックスが立っている。
エータの説明では、電源が戻ればポップアップで「許可しますか」的な問いかけが随時でてくるから指示にしたがって操作すればいいだけみたいだ。
少しアレックスと雑談していたら、画面が明滅して何かが表示された。
アレックスの通訳に従い、俺は操作した。
そうしたら、閲覧許可ファイルのようなものが二つ表示されたが、俺は見るのが怖くて放置していた。
その後も一時間ほど待機していたが、端末に変化はなかった。
「待たせたかね?無事に復旧したようだな。我々も準備をしてきた」
エータとエルが無音の自動ドアから入ってきた。
案外エルは元気そうで安心した。
「電源だけではなく、圧縮空気などの機構も復旧してきた」
だ、そうです。
そうしてエータの案内で、また通路の奥の方へ進んだ。
「エル、ご苦労様。そんなに大変じゃなかったのか?」
俺は通路を進みながら隣のエルに話しかけた。
「ま、まあ大変っちゃー大変でしたけど。エータの旦那がなんか重たいわっかを回しているのを見ながら柱についたボタンの青を押せだの赤を押せだの、『これは覚えておけ』とかよくわからん事言われたくらいっすね」
「そ、そうか。まあおつかれ」
なんかわかったようなわからないような内容に、俺は曖昧な返事をした。
一番奥の部屋にエータは迷いなく入る。
両開きの自動ドアが左右に音も無く開く。
その部屋の中は、今まで見てきた遺跡とは桁違いの近未来的な空間だった。
空間は広く、天井に円形の光のリングが浮かんでおり、部屋全体が青白い光に包まれてる。
中央には、円形の透明なテーブルのような装置があり、その上にホログラムのようなデータが浮かび上がって見える。
周囲には、複数のコンピュータ端末が並ぶ。
高い技術力を感じさせる設備が整えられ、特にホログラムや3Dデータの表示は未来的な印象だ。
また、壁にあるモニターやコンソール、さまざまな機械装置は、精密かつ高度な研究が行われている様子が見て取れる。
床は光沢があり、全体的に洗練された雰囲気が漂っていた。
「す、すごい・・・これは・・・」
俺は言葉を失って、部屋を見渡した。
「そうであろう。ここは当時でも最先端の技術の結晶だ。吾輩もここで生まれた」
俺は目の前の景色に見とれて、エータの発言の理解が大幅に遅れた。
「・・・え?」
「外装ボディに内部のシステムの組み込みと最終調整をここで行い、初めて見た景色はこの部屋であった」
「・・・エータ」
俺は掛ける言葉を失ってしまった。
しかし、何かものすごい違和感をおぼえた。
「ここで生まれた」という言葉と、「初めて見た景色」など、生きた人間が言う言葉ではないのか?エータは・・・エータは変わった。
俺はそう確信して、エータにこう問いかけた。
「エータ、久しぶりに見るここをどう思う?懐かしい?」
エータは俺と同じように部屋の中を見ていたが、俺の方に向いた。
「そうか。さすがに君にはわかるのだな。やはり吾輩の目に間違いはなかった。君は機械の気持ちがわかるのだな」
エータが一瞬何を言っているのかわからなかったが、何故か何を言いたいのかがわかった。
たぶんエータも孤独だったのだ。
「ああ、エータはもう一人じゃない」
「そうであるな。さて、吾輩の故郷で吾輩は自分を取り戻す」
そうしてエータは中央の透明なテーブルに向かった。
俺は透明なテーブルの上に立ち、光のリングに包まれているエータの指示に従い、垂直なガラス面に浮かぶタッチパネル式の端末を操作していた。
エルとアレックスに文字の解読を頼みながら操作した。
薄暗く感じる青白い部屋の中央で、光のリングは明滅を繰り返している。
正直、俺にはもう何をしているのか理解不能だった。
ガラスの画面の中央に何が文字が出た。
「・・・完了」
それをアレックスが読みあげてくれた。
リングの白い光が収まり、部屋は薄暗い青白い光に包まれた。
俺たちは息をのんで中央に立っているエータを見つめていた。
静寂・・・エータは目の光が消えていて動かない。
誰かが「ゴクリ」と唾を飲み込んだ音が聞こえた。自分の喉かもしれない。
「・・・エータ・・・」
どれだけの時間が過ぎたのかわからなかった。一分だったかもしれないし、一時間立っていたのかもしれない。
「・・・エータ!なあ、エータ?返事をしてくれ!」
俺は我慢できずに声をかけて近寄った。
垂直のガラス面の端末は先ほどと変わらない「完了」の文字しか出ていない。
なにかリブートや電源を入れなければいけないのか?
俺は周囲の機械を見たが・・・理解できないものばかりだった。
もしかしたら、俺が何か失敗してエータに障害が・・・エータが死んでしまったのかもしれない。
そう考えてしまい、恐怖に震えてきた。
「・・・だ、旦那!起きたのか?」
エルはエータを見上げていた。エータの目が点滅している。
しばらく待っていると、エータの目や、体の至る所から緑や赤の光が点滅し出した。
関節から「プシュー」と蒸気を吐き出すと、エータの目に光が戻った。
「ふっ。はっはっは。吾輩は力を取り戻した。今なら人類を全て抹殺できる。そういったらどうするね、ケン」
俺はドキっとした。しかし、わかっていた。
「本当にそうするなら、いちいちそんな事を言わないだろ。おかえりエータ」
「ただいま戻った。しかし、君を驚かそうと思ったのに、冷静な対応をされたのは残念だ」
俺は不意に涙が流れた。
さっきまでずっと一緒にいたのに、エータが本当に帰ってきたような気がして、安心したのか?
「バカヤロウ!もうそんな事は冗談でも言わないでくれ!心配してたんだぞ!」
「そうか。心配をかけてすまなかった。プラズマ砲や内部データの破損、データのバックアップは完璧に処理できた。後はエネルギーをチャージすれば、修復は完了だ」
そうして俺たちは遺跡を後にした。