命の序列 命の価値
グリフィンは倒した。
しかし、ひん死のゴーは助かるのか・・・
俺は落ち着かなかった。
馬車の御者台で貧乏ゆすりをしながら祈っている。
「神様。いるのならゴーを助けてくれ。ジンナ、頼む・・・」
戦場で見つけたボウズ頭の兵士はゴーだった。
似ているだけの他人だろうと期待していたのに・・・
顔色は血の気が完全に引いて真っ白だった。泥と砂埃で汚れている。
背中に刺さった剣。それと、鎧や衣服についた血はもう乾いて黒ずんでいる。
俺は愕然としていたのだが、エミカが
「まだ息がある。かなり危険だが、ジンナなら!アレクシウス殿、運んでくれ、急いで!」
アレックスは返事をせず、剣の刺さったままのゴーを担いで走り去った。
俺たちも急いで村に向かっているのだが・・・
「なんであんな所で倒れていたんだ、ゴー」
そう呟いてから、俺は思い出した。
ジンナの治療には肉がいる。
新鮮な肉が大量に・・・
村の周辺には豚人の死体がまだあったけど古いかもしれないし、全部焼かれてしまったかもしれない。
ユリやエミカに豚人を・・・いや、違う。
ゴーを助けたいのなら、俺が自分でやらなければ!
「エル、ユリ。豚人がいたら教えてくれ」
俺がそういうと、二人はなにか察したのか、黙って頷いた。
俺は決意を胸に、馬車の荷台の槍をいつでもとれる場所に引き寄せた。
一応腰にもエミカの族長に貰ったナイフもあるが、これで戦えるとは思えなかった。
「兄貴、いる・・・5・・・6人だ」
俺は三人程度を想定していたから、一瞬ためらった。
しかし、次の機会があるわけではない。
「よ、よし。戦おう。そ、その、俺は一人倒すから他はみんなにお願いしたいのだけど・・・」
言葉にしてしまうと急に不安になった。本当に俺が倒せるのかと。
「ケン、戦いは俺たちに任せても大丈夫だ」
「そうだ。私一人でも十分だ。ユリとエルはケンを守ってくれるか?」
違う、違うんだ。ゴーを助けたいのなら
「俺がやらないとダメなんだ。ゴーを助けるんだ!」
俺はちゃんと説明しようとしたのだが、うまく言葉がでなかった。
しかし、仲間たちは頷いて
「ケンを中央にユリと私が両脇で数を減らす。エルはケンを中心に我々の援護を」
エミカの作戦でそう決まり、この先にうっすらと姿が見える豚人に備えた。
「ケン。君の決意は尊重するが、君の命が危険な時は手をだすぞ」
エミカはそっと俺の耳元でいった。
夕焼けに照らされた豚人たちに俺たちは馬車を降りて近付いた。
豚人たちも気が付いているようで、前後三人の隊列を組んでいる。
ユリとエルはかなり遠い位置から石を投げ始めた。
何個も投げていたら、怒った豚人たちは走って向かってきた。
隊列は乱れている。
エルやユリは戦場か砦からナイフを何本も拝借してきているようで、石に混ぜてナイフを投げていた。
待ち構える俺とエミカの元にたどり着いた豚人は既に二人だった。
俺の正面に二体の豚人が来た。
血走った目で俺を睨み、荒い息をしている。
エミカはナイフを逆手で持って俺の前に割り込んだ。
同時に豚人の槍が突き出されたが、エミカは開いている手で伸びきった槍を掴むと、鋭く踏み込んで首筋をナイフで掻き切った。
流れるような動きであっという間に倒していた。
無言で後ずさりして俺に場を譲る。
俺はエミカを見ている残った豚人に少し震える手で槍を突き出した。
豚人は軽く後ろに飛びのいて躱した。
俺は軽く三連でついた。最後の三連目で豚人もあわせて突きを放ってきたので槍を手放した。
軽く投げた槍は豚人の腹に浅く刺さったがすぐに地面に落ちた。
一瞬動きの止まった豚人の首元に懐から抜いたナイフを刺した。
以前にエータと練習していたのだが、あっけなく成功した。
イメージトレーニングもしていたが、ほぼその通りの動きができた。
しかし、俺の胸に浮かぶ感情は「また、殺してしまった」だった。
だが、今回はゴーを助ける為だと強く思うことができた。
「やるじゃないかケン」
「兄貴・・・じつは強かったのか・・・唯一見下していたのに・・・」
エミカとユリは賞賛してくれたが、エルの真顔のコメントはきっと本音なのだろう。
「はは、エルのほうがきっと強いよ。今回はうまく行き過ぎただけだよ。すまないが死体を馬車に乗せるのを手伝ってもらっていいか?」
そうして自らの手で殺した豚人を運び、村に戻った。
ゴー・・・生きていてくれ。
ゴーの顔が頭をよぎる。彼の笑顔、真剣な目つき、そして俺を信じてついてきてくれたあの日々。それを思い出すたび、俺の手は震えた。でも、この震えは止められない。この震えが、俺がまだ人間だという証なんだ。
村に戻り、ジンナの元へ急いだ。
アレックスが運び込んだゴーは診察台の上に寝かされていた。
まだ外は明るかったが、ジンナはもう起きてくれたようで、ゴーを診察している。
アレックスも診察室で見守っている。
「ご、ゴーはどう?」
俺は咄嗟にそう言いながら診察室に入った。
ジンナの右腕は粘液を吐き出し、ゴーを包み込んでいた。
「・・・状況はよくないわ。血が足りない・・・」
「豚人を持ってきた。その・・・俺が・・・さっき殺して」
ちゃんと説明しないと、そう思っていたのだが、俺は口ごもってしまった。
俯く俺をジンナはそばで見上げて
「持ってきて。今すぐ」
そう言われ、俺たちは豚人の死体を運び込んだ。
首から血を流し、開いた目は俺を見ている。
だが、俺は心を強く持つんだと決意し、ジンナに向かって頭を下げた。
「俺に出来るのはここまでだ。だから・・・だからゴーを助けてくれ・・・」
ゴーが死んでしまうかもしれないと思うと涙が止まらなかった。
流れる涙をそのままにジンナに頼み、診察室をでようとする。
「ケン・・・手を貸して・・・」
ジンナは俺の背中にそう声を掛けた。僅かに震えているように見えた。
アレックスやエミカは診察室を無言で出ていく。
俺は涙を拭い、診察台に向かった。
ジンナの指示通り、水を持って来たり、布を敷いたり、豚人の毛皮を剥いだりした。
集中していたからか、ナイフで豚人の毛皮を剥ぐのに抵抗はなかった。
ゴーの服を脱がせて体を拭い、うつ伏せに寝かせると
「後は私が・・・見ないで・・・いや・・・」
ジンナはキッと俺の目を見た。
「ちゃんと見ていて。これが・・・私の治療」
ジンナの右腕は俺が皮をはがした豚人の腹部に潜り込んだ。
ぐじゅぐじゅと音をたてながらしばらく豚人の腹の中に入っていた腕を抜いた。
太くなったミミズの腕はクチャクチャという咀嚼音と共に赤や黒や紫に変色していた。
しばらくウネウネののたうち回るような動きをしていた。
その後ろでジンナは無表情だったが、一度だけ俺と目があった。
ウネウネしていた動きが止まると、今度はゴーの背中の傷跡にミミズは潜り込んだ。
蠢いてはいないが、時折脈動するように一瞬太くなったり、細くなったりしている。
気が付くと、俺は食い入るように見ていた。
客観的に見れば確かに不快なのかもしれない。
だが、俺は何か感動していた。
命を救うという行動に感動していたのかもしれない。
その手段など、気にならなかった。
命を救えるジンナが美しいと思った。
また、俺は無意識に涙を流していたようだ。
ジンナの指示で仰向けにしたゴーの傷跡に、ジンナはまたミミズの腕を突っ込んで処置した。
背中側よりも早く済み、腕を抜くと傷跡はなかった。
粘液を吐くミミズの腕がゴーの胸を撫でて、手術は終わったようだ。
ジンナはちらちらと俺の方を見ている。
「ジンナ・・・君は・・・」
「ケン・・・気持ち悪いでしょ私・・・だけど・・・泣かないで・・・」
ジンナは俺から視線を外し、震える声でそう言った。
「ジンナ、君は本当に・・・美しい。ゴーを助けてくれてありがとう」
俺はジンナの手を握り跪いて頭を下げた。
ジンナは俺の手を振りほどいて自室に走っていってしまった。
その様子に気付いたエミカとエルが慌てて診察室に入ってきた。
跪いて泣いている俺と、部屋にこもったジンナの様子に勘違いしたようで
「ゴーは・・・ま、まさか・・・」
エミカは診察台に駆け寄り、エルはその場で膝から崩れてしまった。
「あ、ごめん。ゴーはもう大丈夫だと思う。しばらく寝てるかも」
「だいたいなんでそんな紛らわしいトコで泣いてるんすか!」
「そうだ、夫婦喧嘩も時と場所をわきまえろ!」
隣の家に移動した俺たちは、っていうか俺はエルとエミカに怒られていた。
「ごめん、なんか俺、感極まってしまって・・・」
「まあゴーの旦那も無事だったからいいっすけど。で、姉さん寝るトコはどうするっすか?」
ああ、エミカは普段ジンナの家の診察台で寝ていたんだった。
そんなことすっかり忘れていた。
「私は床でも構わないのだが・・・後でジンナに相談してみよう」
「あ、あの、エミカ。ちょっとお願いが・・・」
俺はジンナに「美しい」と言ったら、ジンナが部屋に引きこもってしまった。
何事に置いても無力な俺は、何をどうしていいのかわからないからエミカに様子を見てきてほしいと頼んだ。
「ああ、まあ・・・見てこよう」
エミカは快諾してくれたようで安心した。