鉄腕のゴールア 前編
ゴールア視点 前編です
ローレン卿と共に、ケンと別行動しているゴールアは・・・
ケンがローレン領を訪れたのは、エミカの一族の未来を考え、寒冷な土地での生活適応を試すためだった。
私はその交渉の場に同行していたが、そこで閣下が発した「ゴールアを貸してくれ」という言葉に、目の前が暗くなった。
生涯、私が剣を捧げ、主と認めたのはケンだけである。
兵士となり、国に仕えてはいたが、国の為に死ぬのは何かが違うと感じていた。
弱き民草を助ける事や、弱者を食い物にする賊の類を討伐する事には使命感を感じてはいた。
しかしあの日、大勢の同僚が散っていくのを見て、敵対者である我々の命を救うために涙を流す青年を見た時、『この者の為に死のう』と思った。
ケンは、私の自由意志を尊重してくれた。
閣下の申し出に、ケンは「ゴーは自分の所有物ではないから、自分では決められない」そう言ってくれた。
そうだ、自由だ。ケンは何事も押し付けたりはしない。それどころか誰に対しても優しく思いやりを持ち、なによりも本人の意志を大事にしてくれる。私に自由を与えてくれた。
私はケンの周りにいるアレクシウス殿やエータ殿のような戦闘力も頭脳もない。
しかし、今の私にはあるのではないか?
ケンの役に立てる手段が。
私にしか出来ない事が。
そうして私は閣下と共に王都に向かう事になった。
閣下の話しでは、貴族内にいくつか派閥があり、そのうちのいくつかが王都の転覆を狙っているような節があるとのことだった。
軍の中ではそこそこ名が知れているといっても、私は所詮軍人。
権謀術数はびこる貴族社会の事など立ち回れるはずもない。
しかし、閣下はさすがというべきか、うまく私を食い込ませるような役回りを与えてくれた。
閣下の護衛として王城に入り、私の役割を城の幹部たちの前で説いた。
「東部戦線で有名な鉄腕のゴールアだが、よく戦をしる彼に戦線を広く見せるのはどうか?各隊にも顔の聞く彼だからこそ、一所に留まらず各地の支援などの指揮を視察させるのだ」
そう言ったが、やはり素直に言う事を聞くはずもない連中は
「実績のあるゴールア殿こそ前線に」とか「東部戦線に投入したほうが全体の士気が」などいって反論していた。何を言っても「うん」とは言わないと聞いていたが・・・しかし
「その結果を私に知らせるまでが彼の仕事だ。軍権の一部を担う私に状況を報告するのに君たちの許可が必要だと言うのなら今ここで理由を申せ」
注目を浴びるように、声を張る閣下。
まだ何か作戦があるような感じがしたが、それでやつらは黙り込んだ。
私はもう数日、閣下の護衛という名目で閣下と共に行動した。
数人の怪しい貴族や、軍に入り込んでいそうな勢力などを聞いていたが、最終的に
「ゴー、君の直感を信じる。怪しいと思う人物には気を付けてくれ。何かあったらこの屋敷の者に知らせればよい」
そうして軍に組み込まれることになった。
閣下は気をきかせてくれて、私に王都にいるエータに接触する時間を与えてくれた。
エータのいる貧民街に行くと、拠点にはいなかった。
抜け穴に行くと、まだ掘削を続けているようだ。
金属の壁がかなり見えてはいるが、まだ岩石や土砂に埋まっている。
通路の一部のドアが開けられるようになっており、エータはそこから出てきた。
簡単な挨拶を済ませ、事情を説明した。
「ケン達は追ってここにくるのだな。それからまた南部の地底人の元へ報告に行くと。君の状況も理解した。私の進捗状況も報告しておこう」
その後のエータの話しは私には理解できなかった。
補助のなんとかが確保できて一部の何かが、なんとかかんとか、と言った内容だったと思う。
「また時間がある時に顔を出すが、ケン達が来てここを発つならローレン邸に言伝をお願いします」
そう言って私は王都の兵舎に向かった。
兵舎では数名の見知った顔があった。
久しぶりに見た彼らは笑顔で迎えてくれて嬉しかった。
昔話に花が咲き、しばらく語り合っていた。しかし、時間は待ってくれない。
今は師団長になっているかつての上官が呼びに来た。
「話しは聞いている。君は伝令将校として各部隊の戦線状況を確認し、大隊への連絡を主な任務とする。現地の将校との情報の共有は許可する。状況によって参戦や指揮も許可するが、君の命よりも情報の方が重い。情報を伝達し持ち帰る事を第一優先としたまえ。ゴールア伝令将校」
任命された役職は伝令将校。
それは良いのだが、数人の部下を当てがわれた。
「ゴールア大隊長。私はナカニスと申します。以後よろしくお願いします」
靴を鳴らして敬礼をする赤毛の女性士官だ。
過去に何度か顔を合わせた事があるはずだ。
眼鏡をした神経質そうな顔に見覚えがある。
出世の為なら手段を選ばないという噂も聞いたこともあった。
二人の若い将校も同行するようだ。
短髪の男のクライトンと同じく短髪だが女性のケリー。
筋骨隆々とした体躯のクライトンはニコニコしながら
「鉄腕のゴー隊長!お噂はかねがね聞いております。お供できる事を光栄に思います」
「ああ、よろしく。それと今は大隊長でも分隊長でもない。ただの隊長でよい」
その後も兵舎で簡単な説明を受けた。
元々伝令将校は随時派遣していたが、南部まで戦線が広がり人手が足りなかったようだ。
計画では東部にナカニスを向かわせる算段がついており、詳細は移動しながら聞くとよいと師団長には言われていた。
「行程や兵站などは全て準備できております。お任せを」
終始無表情のナカニスは感情のない声でいい、出発は翌朝となった。
王都を出発し、各地の街や野営地を見て回った。
馬車に荷物を乗せ、それとは別に二頭の馬にそれぞれが騎乗していくといった編成だった。
ケリーは物静かな印象だが、クライトンは
「鉄腕のゴーとうたわれた方とご一緒できるとは。あなたは私の憧れの軍人です」
そんな内容の事を言われたが、あまりいい気分はしなかった。
王都より東部に行けばいくほど戦場の様子は芳しくなかった。
直接、戦闘を目にすることはなかったが、崩壊した拠点などを見かけた。
ナカニスも若い将校も表情に余裕は無くなっていく。
随時、王都や大隊との連絡用に書簡を認めていた。
ずっとケンの事が頭にあった。しかし、それを忘れそうになる事件が起きた。
ある街の兵舎にいる時に同時に二つの報告が届いた。
北部のロスタルが豚人の襲撃により陥落
東部の増設中の砦が大鷲の魔物に襲われ砦を放棄
報告を聞いた瞬間、私の背筋に冷たいものが走った。ロスタルはケンと共に歩んだ街だ。その光景が脳裏に蘇る中、東部の大鷲という未知の脅威に、全身の筋肉が一瞬強張った。
ローレン領付近にも豚人が出没していたとの報告もあったから信憑性は高い。
しかし、東部の大鷲とはなんだ・・・
「その近くまで赴いてみよう」
そうして俺たちはさらに東へ向かった。