馬車を調達?
馬車があるというエルを信じて村を出たケン達
そこには・・・
俺とエミカとエルは馬に乗っていた。
アレックスはともかく、ユリは馬と並走している・・・自身の足で走り続けている。
俺の横で走っているロイは息を乱す事なく、というか通常の呼吸のように、荒い息遣いは全く聞こえなかった。でも、俺は心配になり
「ユリ、疲れたら休憩するからいつでも言ってくれ」
「ああ、ありがとう。このペースなら一日走っても大丈夫だ」
だ、そうです。俺がおかしいのか?
先頭を行くエルは
「先導なら任せてくれ。ああ、警戒?ちゃんとやるから大丈夫だって」
そういって軽い感じで出発前に言っていた。
今も口笛を吹いて手綱を握っているけど、大丈夫なのか・・・
「心配しなくても見える範囲に豚人はいないから大丈夫だ。エルの感知能力はすごいな」
不安そうな俺に疾走しながらそう声を掛けてくれた。
いつも俺だけが、びびって貢献できないのが情けなかったが、頼れる仲間がいると思うと安心もできた。
村を出て馬を走らせる事三時間ほどで木のバリケードで囲まれた建物や土塁が見えてきた。
「ここっす、案外近いでしょ?」
エルはそう言うが、昨日エルは馬でこれだけ走った距離を走って往復したのか。
俺たちは対した警戒もせずに砦に入った。
砦と言っても簡素で、最低限人が生活していけるような所のようだ。
真ん中に石造りの大きな建物があり、それを取り囲むように木の小屋や、骨組みを布で囲ったテントのような建物があるだけであった。井戸もある。
建物のドアが壊されていたり、地面に黒ずんだシミが数か所ある程度で、そこまで荒らされたりはしていなかった。誰の死体も見当たらない。
エルとユリは「警戒をする」と言いながら一緒に建物に入って物色していた。
一番大きな建物に全員で入り見て回る。
二階建てで、一回は食堂兼会議室のような大きな机と長椅子が並ぶ部屋だった。
机の上には数個のコップと皿が並んでいた。
炊事場は見当たらないので、別に調理場があるのだろう。
二階は宿舎のようで、六つほどに分けられた部屋に二段ベッドが所せましと置かれていた。
シーツや毛布の乱れもそのままだ。一回の様子といい、つい最近までここで生活していたのだろうことがうかがい知れた。
屋上にも出れた。
鐘があり、設置式の大きなクロスボウのようなものもある。
「ここのベッドや机は使えるな。しかし、思っていた以上の量だ。一度では運べないな」
笑顔のユリに俺は愛想笑いした。やっぱりだれも泥棒とは思わないらしい。
外の建物やテントも皆で見て回った。
うまやのような建物の前には、エルの言っていた馬車の荷台が三台放置されていた。
一度、大きな建物に戻り、作戦会議をすることにした。
「馬車が使えるか確認して、荷物を持てるだけもって戻ろうか?でも二階からベッド運ぶの大変だな」
俺はそんな感じで切り出したのだが、エルもユリも浮かない顔をしていた。
俺は一気に不安になった。小声で
「ど、どうしたんだよ!?」
誰にともなく、そう聞いた。
「いや、やけにキレイ過ぎるんすよ。昨日は日も沈んでたからわからなかったけど、武器や防具も結構残ってたし。まあまだ金目のモンがあると思うと嬉しいんですが」
エルの発言にユリは頷いて
「ふむ、同意見だ。さすがよく見ているな。争いの痕跡も対してなく、死体もない・・・何か見落としているのかもしれん」
俺は無意識に目を閉じて座っているアレックスに近付いていた。
「え、じゃ、じゃ、じゃあどうしよう・・・すぐ村に帰ろう!」
「ケン、落ち着いて。脅威はまだ確認できていない。ケンの言うように使えそうなものを頂いて村に戻ろう」
そうして俺たちは馬車を拝借して荷物を積み込み、村に戻ることにした。
帰りの馬車には俺とエミカが御者台に乗り、エルも走って帰ることになった。
荷台は荷物でいっぱいで乗れないし、あまり重いと馬にも負担がかかる。
行きの馬では気にならなかったが、道が悪く馬車の速度はあがらない。
俺はエルやユリの話しを聞いてから、ずっと不安でキョロキョロと周りをみたり振り返ったりを繰り返していた。
「大丈夫だケン。アレクシウス殿もいるし、何かあれば私が命をかけて守る」
隣で馬車を操るエミカは顔を前に向けたまま、そう言ってくれた。
俺の不安をよそに、俺たちを乗せた馬車は無事に村に戻った。
満載の荷台を見て、長老たちは喜んでくれた。
「まだ使えそうなものはあるが、拠点にはしないほうがいい」
そんな内容をユリは長老に告げていた。
「アレクシウス様やケン殿にはまた助けていただきましたな。恐縮なのですが、何度か運搬をお願いしてもよろしいですか?裂ける人手も馬車に乗れる者もないのです。出来る限りの支援はいたしますので何卒・・・」
地面にひれ伏す勢いで頭を下げる長老を俺は押しとどめ
「任せてください!」
俺は一言だけ笑顔で伝えると、長老はすこしきょとんとして
「本当にケン殿はたくましくなられましたな」
それから長老はエミカに顔を向け
「エミカ殿の一族がこの村を訪れた際には、今回受けた恩をお返しすると約束します」
その横でエルが「分け前はいくら・・・」みたいな事を口走っていたので、俺はエルの口を押さえて立ち去った。
翌日も馬車で砦に向かい、ベッドや家具を運び出した。
ベッドを二階から運ぶのは大変だと思っていたのだが、アレックスは一人で簡単に二段ベッドを持ち上げて馬車まで運んだ。なんだか持ち方とか運び方が軽そうに見えたが、俺が一人だと浮きもしなかった。
さすがに馬車でもベッドは重さ的にも大きさ的にも一個しか乗せられない。
まだここには十個以上ある。
「一日一個ずつしか運べないけど、地道にやろう」
俺は皆にそう声を掛けたが、不満は出なかった。
エルは貨幣や貴金属を見つけたらしく、ニコニコしていた。俺は目をつぶる事にした・・・
翌日もその翌日も、問題なく運搬を続けた。
ジンナには、しばらくこの村で仕事が出来たからと言うと喜んでくれた。
泣いたり怒ったりはもうしなくなり、笑顔のかわいいジンナに戻っていた。
しかし、その翌日
「あ、兄貴!止まれ!止まるんだ!」
「ケン、これはまずいかもしれん」
馬車の荷台に乗っているエルとユリが同時に警告を発した。
俺たちはいつも通りに朝、村を馬車で出発した。
もうすぐ砦のバリケードが見えると言った所まで来た。
エミカは慌てて馬車を停止させた。
「どどどどどどうしたんだよ!」
俺の心臓は既に全力疾走をした後のようにドキドキと早く動いている。
アレックスは既に馬車から降りて砦の方を睨んでいる。
「まずいっすね。気付かれたみたいっす」
口調は軽いが、真剣な表情のエルも馬車を降りて前方を注意深く見ている。
キィーーピーー
そんな甲高いホイッスルのような音が響いた。
ビビった俺は御者台の上で座ったまま飛び跳ねた。馬たちも怯えて嘶いている。
直後、太陽が陰った。
上を見上げると、大きな翼をはためかせて飛ぶ何かが見えた。
ドサリと何かが地面に落ちた。
馬車から近い、それほど遠くない所に落ちたそれは、食いかけの肉のように見えた。
腹を割かれ、長い腸がはみ出した豚人の死体だった。
見たくないのに目が離せなくなった俺の耳に
「こっちだバケモノ!」
「ケンを守れ」
そんな声が響きわたる。
仲間たちの俊敏な反応とは裏腹に、俺はゆっくりと声の方に振り返ると鳥がいた。
茶色い鳥に見えたそれは、黄色いクチバシのワシか鷹か、そんな顔をしている。
大きさは馬車と同じくらいか?
羽を広げて威嚇するその姿はバカげた大きさだった。
かぎ爪にはもう一人、上半身しかない豚人が握られている。
人を握る大きさの爪・・・しかし、そのワシには後ろ足があった。
鳥じゃないのか、大きなネコのような後ろ足としっぽがある。
鋭い目は俺を見ているようだ。
ユリは短刀を逆手に持って、俺とバケモノ鳥の間に入り
「お前の相手は俺だ、バケモノ!」
その行動に怒ったのか、後ろ足で立ち上がり、前足のかぎ爪でユリに襲い掛かる。
巨体に似合わず、羽をはためかせて地上を疾走する速度は早い。
ユリは咄嗟に地面を転がり躱す。
地面を転がるユリを追撃しようと迫るバケモノ鳥に、少し離れたエルがナイフを投げつけるもクチバシにはじかれ地面に落ちた。
俺は何もできず、小刻みに震えていた。
知らぬ間に馬車から降りており、エミカとアレックスに挟まれていた。
「・・・ケンを守れ」
鳥から目線を動かさないアレックスがそう言うと、エミカは無言で頷いた。
直後、アレックスが消えた。
鳥の方を見ると、ユリとエルは移動しながらナイフや石を投函しながら攻撃し、お互いに攻撃が集中されないようにしているようだ。
不自然に鳥が躓いた。
かぎ爪の一本がちぎれ、高く空を舞った。
足元にはアレックスがいる。
アレックスの動きは早くて見えなかったが、何かの攻撃をしたのだろう。
キーーーーーー
澄んだ甲高い悲鳴を上げて暴れる鳥。
アレックスはさらに攻撃しようとするが、吹き飛ばされた。
翼をバサバサとはためかせ、かぎ爪を振り回し、後ろ足でも踏みつぶすような動きをしている。巨体からは信じられない速度で地響きを巻き起こしながら暴れまわるそれは、もう人間の手に終えるとは思えなかった。
しかし、吹き飛ばされていたアレックスは立ち上がり、体当たりをした。
なんのひねりもない、ただ全力疾走して肩から体をぶつけた。
長身のアレックスだが、鳥の足程度の体格差だ。
だが、鳥は重い音を立てて倒れた。
ガー
短い濁った鳴き声をあげた。
「グ、グー」と地の底から上がるような重低音を上げてすぐに鳥は立ち上がると、大きく羽ばたいて飛び去っていった。
俺たちは助かったのか・・・