仮拠点
南都の争乱を脱出したケン一向
馬車は失ってしまったが・・・
街道をそれて草原の中を流れる小川で休憩しながらアレックスは着替えていた。
返り血のついた服も燃やしながらエータが持ってきた魚を焼いて食べた。
ゴーの乗馬は問題ないのはわかっていたが、エルは明らかに俺よりも乗馬がうまかった。
後ろにエミカを乗せているのに余裕で俺やゴーをからかったりしていた。
エミカは沈んだ顔をしていた。食事もほとんどとっていなかった。
「どうしたんだ?」と思ったが、俺もゴーもエルも経験したことだったと思い出した。
アレックスの戦う姿は、想像を超えている。人間の強いとかの次元じゃない。
「エミカ。アレックスの事はその・・・すごく強いけど、俺たちには優しいから、普段通りに接してあげて」
自分でも「何言ってるんだ?」と思ったけど、何を言っていいのかわからない・・・けど、声をかけないとと思っていた。
エミカは一度顔を上げて俺を見つめ、また俯いて焚火を見て、再度俺をじっと見た。
「私は・・・役に立つのか?一族の使命を果たさなければと思うのだが・・・私は・・・」
「エミカ・・・エミカは俺よりも強いし賢いし、冷静で責任感も強くて・・・俺よりもずっと立派じゃないか!」
俺はエミカを励まそう、元気付けようと思ってそう言ったが、自分が情けなくなってきた。
「ケンは本当に優しいのだな。私などの為に自分を悪くいうなど・・・私はそんな君の役に立ちたい・・・しかし、何をすれば良いのか、アレクシウス殿の戦いを見ると・・・」
俺が言葉に詰まっているとエルがエミカの隣にちょこんと座って
「あ、エータの旦那も恐ろしいよ!ゴーの旦那も強いし、戦いなんてヤツらにまかせとけばいいんだよ、なあ兄貴?」
「あ、ああ。そうだなエル」
俺はフォローしてくれたエルに感謝しようとしたのだが、エルは続けて
「そんで倒れた人からちょっとお金を借りるのがあっしの仕事でさー」
胸を張ってそう答えるエルを俺はスルーした。
でもエミカは少し微笑んだように見えたから安心もした。ゴーがエルを睨んでいるのもスルーしておこう。
太陽が真上から照らす頃、俺たちは荷物をまとめて出発した。
徒歩のエータとアレックスが荷物を背負い、馬に乗る俺たちは手ぶらだった。
ゴーとエミカは「何か申し訳ない」みたいな事を言っていたが、エルが
「体力自慢に運ばせといたらいいんすよ。全部エータの旦那が運んでもいいくらいだ!」
ニコニコしながらそんな軽口を叩いていたのだが、エータに
「君も持久力が自慢ではないのかね?エミカが単独で乗馬できるようになれば君も徒歩で移動したまえ。その方が移動速度も上がり、君の小回りも効きより効率的な行動ができるようになる」
そういわれて泣きそうな顔で
「生意気いいました。お、お許しを!」
そんな感じに空気をなごませていた。
秋晴れの青空の下、石畳の街道を逸れて、しばらくは踏み固められた土の道を進んでいたのだが、人気のない方へ分岐を進むたびに道は悪くなっていった。
徐々に道は狭く、地面は石の転がるデコボコとしたものになっていった。あまり人は通らないのだろうか?
それでも丘の多い草原の中に道は続いていた。だが、移動速度は落ちていた。
しばらく進むと葉の少ない細い木々が立ち並ぶ森の中にはいった。
森の細い道沿いに小さな小屋を見つけた。
「少し早いが今日はあそこを借りて休むもう」
エータの発言を聞いて俺は少し不安だったのだが「人はいない」と言うエータとエルを信じて小屋の前で馬から降りた。
小屋の前には石を積み上げた焚火の後があったが古そうに見えた。
小屋の脇には井戸もあり、水もくみ上げることができた。
エルは「ちょっと中をみてきやす」と小屋の中を覗き込んで
「五人くらいなら中で休めますぜ」
振り返って笑顔で言った。
俺は「人の家に勝手に寝泊りしていいのかな」と葛藤していたが、遠くで遠吠えをする何かの声にビビり、家の中に入った。
小屋の中は荒れていた。
床は板を張っているが所々で穴が空いており土の地面が見えていた。
屋根や壁も穴が空いているのか、数か所から光が漏れている。
俺が以前に住んでいた八畳のワンルームの倍くらいの広さがあるようだが、部屋の真ん中で壊れた机や椅子が乱雑に倒れていて狭く感じた。
「寝る場所や馬が休める場所を手分けして作ろう」
アレックスとエータは周囲の木を切り倒し、ゴーが簡易の馬を囲う柵を作った。そこそこ広い。
エルは食材を取ってくると出ていき、エミカと俺は部屋を片付けて、壊れた机や椅子は薪にしてしまうことにした。
人の家だけど、いいのかな・・・まあ壊れているしまあいいやと思う事にした。
エミカは俺と二人で部屋の掃除をしている最中に、突然思いつめたように見える顔で
「私は、一族の使命を果たさなければならん・・・しかし、君の力になりたい。私にできる事などたかがしれているが、なんでも命令してくれ。そばにいる事を許してくれ」
俺は急に「女の子と二人っきり」というのを意識してしまい
「お、お、お、俺は変なヤツだし、そ、そ、そん、そんな命令とか、で、できないよ」
かなり挙動不審な行動をしながらしどろもどろになっていた。
何か微妙な空気になり沈黙が支配していた。だ、誰か助けて・・・
そこへアレックスがドアを開けて部屋に入らずに、俺とエミカを目だけで見て
「・・・邪魔をした」と、扉を閉めて出ていこうとしたので、
「ま、待ってアレックス!な、何かあったのか?」
そう言うと、ついてこいという身振りをしたので、エミカをちらっと見て一緒に小屋から出た。
外に出るとエータとエルが何かを話していた。
足元には灰色の大きな物体が倒れている。犬?
「エルが追い込んだ狼を吾輩が仕留めたのだがね」
エータはそれを指さして
「エルロットは内臓を生で食したいと言うのだ。君たちにも提供したいと言っているのだが、ケン。君の抗体や消化能力を考えると火を通した方がいいと思うが、どうかね?」
俺はなんだかずっこけそうになりながら「あ、そんなこと?」と口走ってしまった。
「兄貴の為を思って捕まえたのに『そんなこと』ってどういうことっすか!苦労したのに!」
怒るエルをなだめながら「あ、ゴメンエル。ありがとう」と頭を撫でた。
「ま、まあいいっすけど、体力の無い兄貴に生の肝臓を食ってもらおうと思って」
「私も狩猟には自信がある!弓があれば獅子をも仕留められるぞ!」
「お!?じゃあ姉さん勝負するっすか?」
俺は聞こえていない振りをして、血を流して倒れている狼を見た。
残酷に見えるけど、生きる為には食わなければならない。そう考えていたが
「狼って食べれるのか?」と言う疑問が湧いてきた。