騒乱
南都の情勢を聞いたケン達
なんとかしたいケンだが・・・
そうして眠ったのだが、深夜にドアはノックされた。
「お客様、夜分にすみません。近くで火事が起きたようなので避難してください」
俺は寝ぼけていたのだが、耳をすますと僅かに鐘をたたく音と人々の怒鳴り声が聞こえてきた。一気に目が覚めてビビっていたのだが
「ここまで火の手が回ることはない。住民と兵士の小競り合いのようだが、兵士側が鎮圧するのは時間の問題であろう」
エータの冷静な分析を聞いてほっとしたのだが、何か嫌な気分だった。
エルはすぐに「様子を見てくる」と出ていき、俺たちはすぐに出発できる準備を整えて部屋の窓から外を見ると暗闇にオレンジ色がたまに光るのが見えた。
「人が移動している。単発では非効率だが、あれは陽動だったのか」
エータは何かに関心したように窓から外を見て頷いている。
結構近くで「カンカンカン」と鐘を叩く音が響き、ドキっとした。
エルは窓から「まずいかもしれやせん」と言いながら戻ってきた。ここ二階・・・
エルの報告では街中の数か所で放火や巡回の兵士を襲撃する事件が起きており、呼応するように門の前で争いが起きているようだった。
「並んでいた馬車の中に仲間がいたんでしょうね。誰かが指示してるんじゃあないですか」
「食料を奪えば暴動が起きるのは当然の結果なのだがね。門は全て見たのかね?組織的に動いているのなら街の出入口は封鎖されていると見て間違いはないか。今のうちに馬車を回収しておいたほうがいいが、封鎖されていた場合、馬の食料などの問題もでてくるな」
「ど、ど、どうしたらいいんだ・・・」
俺は状況はまったくわからなかったが、既にパニックでどうしたらいいのかわからなかった。
「街を離れてしまうのが最も効率的だが、どうするね?馬車を奪還し強行突破してしまうかね?」
「え・・・それは・・・」
「時間が経過すればするほど脱出の難易度はあがる。早急に決めたまえ。待機も考えられるが、街が封鎖されてしまうと身動きが取れないだけではなく、食料問題や我々の身元調査を実施される可能性は高い」
俺は決断を迫られている事はわかった。今は急がないと。
「よ、よし!馬車を取りに行こう。みんなで行ってしまったほうがいいのかな?」
「そうですね。兵舎で預かると言っていたので、おそらく入門した近くにあった兵舎でしょう」
俺はまったく覚えていないが、ゴーはしっかり見ていたようだ。
「も、門の近くならそのまま出られるかもしれない。みんなで行こう」
うっすらと明るくなった空の下、俺たちは宿を出発した。
外に出るとまだ薄暗い中でそこかしこで赤い火があがっていた。
大通りには人影はほとんどないが、裏通りからは怒鳴り声や金属同士のぶつかる音が聞こえてきた。
俺は足がすくんでどんどんみんなと距離が離れ余計に焦っていたが、それに気付いたエミカとエルに手を引かれて門まで走った。
バラのアーチが朝日に照らされて僅かに見えた場所でゴーが大きな建物を指さし
「ここです・・・ですが・・・」
兵舎の前では、揃いの兵装の兵士20人程と、バラバラな衣装ながら統率のとれた、おそらく傭兵の部隊10人ほどが派手に戦っていた。既に数人地面に倒れている。
兵士ばかりが地に伏している。傭兵の中には地底人が二人いた。
「迂回して裏手から入ろう。門はこじ開けられているが馬車は通行できないであろう」
「え・・・じゃあ・・・シロン・・・」
俺はシロンと離れ離れになる事を想像して目の前がまっくらになった。
「エミカ、そしてエル。君たちは馬の操作はできるのかね?」
俺のつぶやきを無視してエータは二人に話しかけている。
「ああ、あっしは得意ですぜ!」
自信満々のエルとは対照的にエミカは俯いて
「馬に乗ったことはない・・・走って追いつくから大丈夫だ!」
決意した顔でエータに答えていたが、エルはエミカに
「エミカの姉さん!アンタは俺の後ろに乗ればいいんじゃないか?ケンの兄貴と一緒がいいかもだけど、大人二人じゃ馬がかわいそうだ!重そうだし!」
「い、いいのか?し、しかしケンとか重そうとかは余計ではないのか!?」
エルはエミカの反論を無視して
「エータの旦那!決まったぜ!」
そのやり取りを段々理解して、俺は「シロンと離れなくていいのか」と漠然と考えてほっとして
「よし!行こう!」
そう声を掛け兵舎の裏手に周り忍び込んだ。
兵舎内は人が出払っているようで、うまやも兵士の馬が出撃しているためか、広い空間が余計にがらんとしているようだった。
ゴーは手早く自分達の馬を見つけ、「ケンも手伝ってくれ!」と声をかけてきた。
俺は兵舎の物を勝手に使っていいのかなと思いながらも、置いてある乗馬用の鞍をシロンに乗せならが
「久しぶりに乗るな、シロン。頼むぞ」
首を撫でながらそう声をかけた。
そして準備が終わった三頭の馬を見た。
俺とシロン、ゴーとテツ、もう一頭真ん中で馬車を引いていたアミにエルとエミカ。
「エータはいいとして、アレックスの馬は?」
アレックスは無表情のまま俺をちらりと見て一言
「・・・走る」
「アレクシウス、君が街を出るまでは先頭で道を切り開いてくれるかね?吾輩は少し荷物を拝借していく」
アレックスは頷いた。俺は嫌な予感しかしなかった。
「・・・俺が出て合図をするまで待っておけ」
制止する間も無く、アレックスは正面の大きな扉をあけ放ち出て行ってしまった。
「な!?アレクシウス殿一人で大丈夫なのか?私も加勢に!」
馬に乗ろうとしていたエミカが走り出そうとするのを俺とエルとゴーの三人で止めていた。
そとでは罵声や怒鳴り声が響いていたが、肉を切り裂く音と悲鳴に変わり、段々と静かになり
「ば、バケモンだー」とか「逃げろー」とか「総員撤退!ひけー」と言った声が段々と遠のいていった。
外が静かになり風の吹く音だけが響いている。
「・・・出てきていいぞ。俺は門に行く」
アレックスは平時の声でそう言った。
「い、行こう。い、行きたくないけど・・・行こう!」
俺はそう言って外に出た。息をのんだ。
バラのアーチも色とりどりの花も緑の葉も全て赤一色に染められていた。
大量の切られた手足や首と内臓をちりばめられた庭園が広がっていた。
門の前ではアレックスが大きな大剣を軽々と振り回している姿が見えたが、俺はどうしても目を逸らしてしまった。
エミカは目を見開いていたが、エルに「しっかり捕まっててくれよあねさん!」と声をかけられていた。少しキョロキョロしていたが、ふーっと息を吐いて冷静になったようだった。
門の方も静かになり、残った人だかりは散っていった。
真っ赤なアレックスは大剣を肩に担いで空いている手で手招きをしている。
地面には兵士も傭兵も街の人もただの肉片になっていた。
やはり・・・結局はこうなってしまうのか・・・
少し呆然としてしまったが、俺は覚悟を決めて
「行こう。ローレン領に」
そういってシロンの腹を軽く蹴った。
街を出てからしばらくしたら大きな荷物を背負ったエータが追いついた。
それほど早く走らせていないけど、馬に追いつく大荷物のエータ。そして俺と並走して走るアレックス。
街道を進んでいたが、エータは「街道はしばらく避けた方が無暗な争いを回避できる。直線的にローレン領を目指して障害を排除したほうが効率的なのかは僅かな差だが」
「街道を避けよう」
俺はそう答えるとアレックスが
「・・・川で体を洗って服を新しくしたい」
返り血で真っ赤なアレックスは怖かったけど、相変わらずで安心した。
「君はそういうと思って拝借をしてきた。衣服店から持ってきたから気に入るはずだ」
俺は「よかった」と思ってから衣服店?と首をかしげ
「エータ!それって泥棒じゃないか!」
そう答える馬上の俺を不思議そうな顔で見て
「君は強盗殺人の共犯者になるのだが、それを理解しての発言かね?」
そう言われて黙った。胸が痛かった。