凍て付く島
数時間後、瀬戸大輝は狭い金属の中にいた。
自身の呼吸音だけが聞こえる空間で、最低限の光しかない環境だった。
腰に手をやって、しっかりと機械が取り付けられているのを確認する。
恐らくそれが浮上の機械だろう。
加えて瀬戸大輝は防水処置がされた刀と拳銃のホルスターをその胸に抱えている。
それを大事そうに抱えている。
スピーカーらしきところが小さく点滅した後、小さなノイズ音を発した。
『時間だ瀬戸大輝。船から入水に入るがその時に一瞬強い衝撃が走る。耐衝撃性は高いから内部の君が死ぬことはないが、頭はしっかりと守れ』
手足のほとんどを動かすのも苦労する環境でそれを言うのはなかなか酷だとは、恐らく言っている側は分からないのだろう。
スピーカーは続ける。
『着水後、ポットは自動で動き出す。操縦する必要はない。目標地点の海面50m下で停止する。そこからは君を射出する。射出と言っても外に出す程度だ。あとは浮上機で上がるんだ。空気が充填されるもので、急激な上昇と音を発するのを防いでくれる。だから君も、余計に体を動かすことがないようにするんだ。探知機に掛からないように射出後は水圧だけで機体を押す機構が出来ているから音は出ない。しかしポットの中身は別だ。S製だ、信頼していい。極力無音を貫け。潜水艦と同じだ』
スピーカーは続ける。
『必要なものは現地にある物でやりくりする外ない。今ある物だけで極力戦え。加えて、今回の任務地は極寒だ。常に吹雪いている。凍死する可能性もあるのだから屋外戦闘は極力避けてくれ。繰り返すが今回は潜入任務だ。戦わないに越したことはない。では、作戦を開始する。行ってこい。「死線」』
艦船から切り離されたらしく、一瞬の浮遊感。
次いで強い衝撃。
着水したらしく、少しずつ沈んでいくのが体感的にわかった。
暫く沈んだ所で慣性で体が後ろに引っ張られるのを感じた。
動き出したらしい。
瀬戸大輝は呼吸も出来るだけ小さくして、無音に近付ける。
一時間ほど進むと、ゆっくりと速度を落としていき、完全に停止した。
口に小型の呼吸器を咥える。
その瞬間ポットが開き、瀬戸大輝の背中側の壁がエアバックのように展開し、瀬戸大輝を押してその体を海中に押し出す。
話を聞いた限りではかなりのハイテク装置のようだが射出の仕方はかなりアナログらしい。
瀬戸大輝は腰の浮上機を起動させて浮上を開始。
かなりゆっくりなものだ。
上昇圧などを考慮する程の推進でもないとは思う。
確かに深いが人間の浮上速度とそう差はないと感じる。
これは本当に泳ぎが苦手な瀬戸大輝のためだけの装置のようだ。
暫く浮上して、海面付近で瀬戸大輝は腰から装置を外して海中にて投棄。
やはり泳ぐのは苦手なので岩場を掴んで少しずつ上る形で浮上していく。
海面から少しだけ顔を出して、周囲を観察。
何もない。本当に何もない場所だった。
吹雪とまでは言わないまでも、雪がちらつき、積もっている。
その雪が空気の振動を吸収し、そんなことはないはずだが嫌に無音に感じる空間となっていた。
数時間と持たず凍死してしまいそうなほど遮蔽物もなく、広大だった。
何もないが、だからこそ瀬戸大輝は一度潜りなおして場所を変える。
違う岩場を探して、遮蔽物の多そうな場所に移動。
出来る限り物音を立てないようにしつつ地上へ上がる。
すぐさま岩場の陰に走り周囲を確認。
安全を確保。
次いで来ていたダイビングスーツのような物を脱衣。
内部に仕込んでいたらしい圧縮袋を取り出して並べていく。
衣服のようだ。
彼は袋を開けて一つ取り出す。
アンダーウェア。
Tシャツ。
そしてやはりジャージ。
ブーツだけはそのまま履いていた者を流用。
撥水加工でほぼ水を吸ってはいないが持ち込んだ吸水綿で念入りに拭き上げる。
こんな環境では水一滴でも凍傷の危険を跳ね上げてしまう。
次いでダイビングスーツの腰から黒いゴーグルを取り出す。
あのガンラックの中に置いてあったものとは違い、傷こそあれど年期はそう入っていない。
別の個体のようだ。
衣服を着て、ゴーグルを頭部、額部分に装着する。
雪が降っているにしてはあまりにも薄着ではあるが、彼はそんなの気にもせずに防水処置をした刀と拳銃を取り出し、腰に装着する。
吊るし式で左腰に刀を。
拳銃は後ろ腰に。
それぞれホルスターを巻く。
そしてゴーグルを下ろした。
しかしその視界は真っ暗だ。
光がないかのように何も見えない。
すると、瀬戸大輝はゴーグルの右側面を乱暴に叩いた。
途端に真っ暗な視界が点灯し、ゴーグルの向こう側の景色が表示される。
レンズ越しに見ているというよりは、映像をモニターで見ているようなそんな印象の景色が展開される。
そしてその景色は景色だけではない物が表示されていく。
並べていくように順次、年月日、位置情報、気温湿度、風向、心拍、体温などが視界の邪魔にならない程度の位置と薄さで展開、表示されていく。
画面隅にシステムチェックの文字が点滅し、それが消えた途端に画面にまた新たにウインドウが表示された。
そこにはSOUNDONLYと書かれていた。
『聞こえる?』
女性の声だった。
瀬戸大輝の自室でモニターから聞こえた声だ。
「どうしてお前が?」
『担当管制官だからって言ったじゃない。ていうか何度目これ?』
瀬戸大輝は無視して腰やゴーグルの位置を調整、脱ぎ捨てたダイビングスーツや圧縮袋などをまとめて膿に投棄する。
管制官はため息を吐いて続ける。
『「死線」の現着を確認。--月--日0000時。時刻通り。今回の任務は標的『テキサス』の暗殺並びに敵核兵器の攻撃能力の確認。可能であればそれの停止。不可能と判断できれば『テキサス』撃破後、後続隊に引き継ぐ。敵は脅迫に次いで制限時間を設けた。その制限時間は48時間』
瞬間瀬戸大輝のゴーグルのディスプレイには47:59:56の文字がカウントダウンで表示された。
瀬戸大輝は腰の刀に手を当てた。
『「死線」、任務を開始せよ』
同時に瀬戸大輝は動き出し、雪の中に消えていった。