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黒い悪魔

「なあおい聞いたか? 『黒い悪魔(・・・)』の噂。また出たってよ!」


 誰かがそんな声を出した。

 浮足立った声で、しかしどうも、畏怖を孕んだ声だった。


「ああ聞いたぜ。暗殺部隊って話だろ? 敵をバラバラにして並べるって聞いたぜ」


 その言葉に反応する者も恐怖心や猜疑心のような感情を持った声だ。


「それだけじゃあ別に問題にならねえ。聞いたかよ? まだ15、6歳のガキだって話だぜ」


「じゃあ何だ? それは、あの噂の『狂った子供達』の誰か、ってことになるじゃないか」


「そうとも。しかし俺は『切り裂き魔ジャック・ザ・リッパー』の再来だと考えてる」


「『切り裂き魔』だって? 十年前に東北に出たっていう怪奇現象だろ?」


「そんくらい情報が何もねえ」


 男たちはやはり畏怖や好奇心を孕んだ声で噂話をする。

 しかしその声はどこか他人事で、自分らには関係がないと言った感じだ。

 その噂話をしている者たちは皆屈強で、整った迷彩服を着ている。

 その迷彩服には階級章、徽章、多くの装飾品が着けられていた。

 軍人として相当上の人間だと判断できた。

 しかし、それは皆同じで、ここでは皆がそうなのだろう。

 優秀な人間しか、ここにはいれないのだろうか。

 そしてその皆が、首や頭に無骨なゴーグルを掛けている。

 それだけが迷彩服に浮いていた。

 だが、そんな所を一人だけ、更に異彩を放った者が歩いている。

 整えることなく躊躇半端に伸ばした黒い髪。

 同じく黒い、大きめのスポーツウェアにブーツ。

 猫背というか、素直に姿勢の悪い恰好で、ポケットに両手を突っ込んで、どこか不良的な少年だった。

 そう、少年。

 背の程は170よりも低く、華奢。

 顔立ちからして恐らくまだ15程だ。

 何より目立つのはその目付きだ。

 目の前を睨みつけて歩いている。

 恨み辛みというには生ぬるい程の憎悪を感じている。

 その雰囲気に、子供というのもあってか道を開けている。

 その年で、その場にいるのを違和感としてしか捉えていないことへの証明のようだった。

 通り過ぎる彼に対して、周りの人間は小声で話をする。


「おいあいつ。何なんだろうな?」


「誰も知りはしねえよ。なんでここにいるかも、何を普段しているのかも知れねえ。ケンジが気に掛けてたからな、蔑ろにもできん。しかし、子供だ、仕事の同僚として見ることもできない」


「そりゃあこの仕事、少年兵も珍しいってわけじゃあねえ。だが、ケンジが世話焼いてた奴を、しごく訳にもいかねえしな。メンターは?」


「いるわけねえだろ。いたとして、『狂犬(・・)』か。同じ、子供だし、あいつだけだろ? 『狂った子供達』の中で名前が分かってるのは。まああいつがやるとは思えないが」


「そうかもな」


 男たちの会話には反応をせずスポーツウェアの男は通り過ぎた。

 その先でも、彼の先では道が開いた。

 男たちの言うように、何かしらの理由で接しにくいのだろうがそれ以上に、彼の雰囲気は、接し難さを感じる。

 負のオーラと言えばそれまでの事。

 怒り、憎しみ、恨み、何より悲哀。

 そして疑念。

 世に対する、絶対的な悪感情をその背に負っていた。

 そんな雰囲気の人物に、気軽に接することが出来る人間などそういはしないのだろう。

 故に彼は、独りだ。

 どこに行くにも、どこから戻るにも。

 暫く歩いて彼は自室に戻る。

 部屋に入ってブーツを雑に脱いで、ベッドへ座る。

 横を見ると机のモニターが点滅していた。

 リモコンで電源を入れる。


『飯は食った?』


 SOUNDONLYと表示されたモニターから女性の声が聞こえた。


「今ね」


『そう。ところで、どう? 友達は出来た?』


「出来る訳ないだろ。同年代いないんだから」


『ってもここに来てもう3年だよ。話し相手くらい、出来てもいい頃でしょ? 私は、ずっと担当とは限らない』


「別にいいって言ってるじゃん。頼んでない」


『もうあんた次の誕生日で16になるんだよ? もう少し素直になりな』


「うるさいな。何なんだよあんた」


『あんたの担当管制官でしょ。3年前からなんだからいい加減覚えな』


「名前だって知らない」


『管制官はわざわざ名乗らないものなの』


「……」


『無視するな。大輝。おい、瀬戸大輝』


 モニターからの女性の声に瀬戸大輝と呼ばれた少年、いや16になるというのであれば青年でもいいかもしれない、青年は舌打ちをして、ポケットから煙草の青いパッケージを取り出した。


『あんた国籍の上じゃ日本人でしょ? 煙草吸うなよ。未成年でしょ?』


「ここは日本じゃない」


 一本煙草を取りだして咥えて、安いプラスティックライターで火を点ける。

 机の上の灰皿を取ってベッドに置く。


『火事起こすなよ~』


 言って、モニターの光が消えた。

 もう光っていないモニターに向かって青年、瀬戸大輝は小さく「ほっとけ」と言った。

 瀬戸大輝は顔を横に向けた。

 そこには扉の開かれたままのガンラックが置いてあった。

 その中には拳銃(M92F)が二丁。

 そして、日本刀に近いと言って差支えのない大型の直刀ナイフが同じく二本。

 鞘に納まってこそいるが帯や柄などは日本の血を感じる物だ

 しかし鞘等は金属製なのか無骨で黒く、どうも重そうだ。

 そして、あの迷彩服の者たちと同じゴーグル。

 しかしそのゴーグルは妙に古く、傷が入っている。

 レンズ部分は割れて、傷跡は日に焼けて馴染み、埃が積み重なり、時間の経過を表している。

 だが、その物質だけが、何故かずっと時間が進んでいないような、感じがする。

 ベッドから立ち上がって瀬戸大輝はガンラックの扉を開く。

 二本の内の一本を取り、またベッドへ。

 整備用と思われる道具も一緒に取ってベッドに戻る。

 座って、その前に布を敷いて、直刀ナイフを鞘から抜く。

 真っ直ぐな刀身で、銀色に輝くそれは相当な業物であることが窺える。

 それはやはり、刀であった。

 その刀身を瀬戸大輝は白い布でゆっくりと拭き上げていく。

 それを数度繰り返し、今度は別の布に切り替えて、その布にはスプレー缶で油を塗布してから刀身を数度また拭き上げる。

 その所作は丁寧で、何度もそれを行ってきたのだと示していた。

 その時、再びモニターが点滅した。

 今度はリモコンを操作せずとも勝手にSOUNDONLYと表示される。


『瀬戸大輝。仕事だ。なおこの仕事は機密とし、他言の一切を禁ずる。それ故、この場では招集のみ伝令する。ただちに司令部へ出頭せよ』


 モニターは、すぐにまた真っ暗になった。

 瀬戸大輝は一つため息を吐いて、刀を納めた。


「了解」


 瀬戸大輝は、立ち上がった。

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