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For My LOVELINESS  作者: kirara
9/21

episode8 既に共同部屋

 薄暗い部屋。


 巨大なフラスコ状の機械に満ちている、濁った液体の光が煌々と部屋を照らしている。


 柊也はと全身をフラスコと繋がれていた。


 先端に極細の針が付いた送入管。それが、身体中の血管に刺されている、と言えば分かりやすいか。


 しかも、いかにも実験といった風情の椅子に身体を固定されているため、指先以外の自由が利かない。


「注入時は相当な吐き気に襲われる。が、吐くなよ。処理が面倒だからな。

 終わればすぐ楽になる。それまでの辛抱と思え」


「ちなみに今まで吐いた人数は?」


「沢山」


 どうやら本気で言っているらしい。


 コードの本体、巨大フラスコ機械に埋め込まれた操作パネルを、ダニエルは先程から休む間もなく弄っている。


 機器の設定を終えたらしく、ふう、と一息吐いて柊也に向き直る。


「ほんの2時間・・・の我慢だ」


 2時間という時間が決して短いことの例えではない、と分かって、からかっているのだろう。


 だが逆に、その意地の悪い笑みがこれから遭う苦しみをひしひしと物語っているように見える。


「……やけに長いな」


 正直な感想。


「早いほうだ。あんまり一気に流し込むと、身体の方が付いていけないからな」


 それ以上の問答は無用と判断したのか、ダニエルは操作パネルのキーボードに手を添え、


「始めるぞ」


 返事をする間もなく柊也の全身は激しい悪寒に襲われた。


 身体中の、ありとあらゆる細胞が疼いているような不快感。


 血管の中を血液と一緒に大量の蟲が駆け巡っているような。おそらくこれがナノマシン。


 機械を身体に入れるというのは、こんなにも気分の悪い行為だったのか、と少し後悔する。


 神から授かった己の肉体を愚弄する者は、神への冒涜と見なされ天罰を受けて死ぬ。


 柄にもなくネガティブなことを考えていると、取る膳腹の底から何かが競り上がってくる迫り上がってきた。


「――ッ!」


 危ない。早くもリバースしてしまうところだった。


 これを2時間……予想を遥かに上回る過酷さだ。




    †




「気持ち悪い」


「人の顔見て一発目の台詞がそれかよ!? 失礼にも程があるだろ」


 ナノマシンの注入を終えて部屋に戻ると、桂汰がソファーの肘掛を枕に、寝転がって漫画本を読んでいた。


 横目で時計を確認すると、午後9時過ぎを示していた。


「だったらお前も、当たり前のように俺の部屋に居座るのを止めるんだな」


「こっちの部屋の方が綺麗だからよ。ついつい来ちまうんだよな」


 桂汰はしれっと言ってのけるが、柊也もはいそうですか、とはいかない。


「理由になってないからな。

 未沙希だったか? ダニエルに頼んで俺の・・部屋の合鍵作ってもらったのは」


「そ〜そ。文句あるならあいつに言ってくれ〜」


 他の人間が都合の良い時に入ってきて且つ飽きたら帰っていく。


 果たしてそこにプライバシーは成立し得るのだろうか。いや、し得ないだろう。


 そして既に桂汰の思考は再び漫画の中へ戻った模様。


 我が物顔で、時折声を上げて笑いながら漫画を読んでいるその顔を、一度思い切り殴ってやりたいが、無益なので睨むだけに留めておくことにする。


「にしても、水野さん以外全員持ってるのか……」


 いつかこの部屋の権利が奪われる時が来るかもしれない、と小さく身震いして、気分転換に、冷蔵庫で冷やしておいた残り少ないミネラルウォーターのボトルを一気に飲み干した。


 柊也は基本的に硬水を飲み水として生活している。汁物なんかの水は水道から出ているものを使っているが、単体では硬水。ちゃんと飲料としての、だ。


 癖が強いとか、喉越しが悪いとか、色々言われているが、柊也はこれでないとだめなのだった。


 一度ハマると水道水が不味く感じてしまうからだ。


「んんっ!?」


 突然、腹部に締め付けられるような痛みが走った。


 耐え難い苦痛に顔を歪め、床に倒れそうになるが、何とか踏みとどまってトイレへ急いだ。


 奮闘、そして鎮静。


 腸との激闘を制し、柊也が今にも倒れそうなげっそり顔でトイレから這い出てくると、桂汰が漫画から目を離さずに、いかにも心此処にあらず、といった様子で、


「どうした?」


 表面上だけの心配をしてきた。


 答える必要はないとも思ったが、一応は心配しているようなので、


「俺もよく分からないんだが……どうやら硬水とナノマシンは相性が悪いらしい」


「はぁ?」


 桂汰は全く意味が分かっていないようだが、説明する元気まで削がれてしまったので、時間は早いがもうベッドで眠ろうと思って、寝室スペースに足を踏み入れた瞬間、柊也は心臓が飛び出るかと思った。


 柊也のベッドで誰かが既に寝ているのだ。


 驚いて凝視していると、誰かはごそごそとベストポジションを探して動き、すぐに、すうすう、と気持ちよさそうな寝息を立てて再び深い眠りに落ちていってしまった。。


 布団を頭の上まですっぽり被ってしまっているので中の人物の特定はできない。


 だが冷静になってみれば、こんなことをするのは一人しかいない。


 足音を殺して近付き、顔の辺りの毛布の端を摘んで、そっと上げる。


 柊也は中の者が熟睡していたならば、たとえ誰であろうと怒鳴ったりせずに、そっとして置こうと考えていたのだ。


 パシャ。


 シャッター音が聞こえるのと、ベッドで眠っていた人物が栞だと気が付くのは同時だった。


 柊也は驚いて振り向くと、携帯カメラを構えてしてやったり顔のアホが約2名。


「これはイケナイ写真だあー」


 2人してお互いの画面に映る柊也の姿を見せ合って盛り上がっている。


「未沙希! 桂汰! お前らなぁ!」


 湧き上がる怒りに、つい声が大きくなってしまい、慌てて後ろの栞の様子を確認する。


 大丈夫、まだぐっすり夢の中だ。


「くくくく……」


「うぷぷぷ……」


 不快な響きに視線を戻すと、アホ×2が腹に手を当てて、必死に笑いを堪えていた。


「……何が可笑しいんだよ」


「だって、なあ」


「ねえ」


 柊也は軽い抵抗のつもりだったのだが、それすらまともに取り合ってもらえず、もはや何も言う気が起きなかった。


 2人は「苦労して運んだ甲斐があったな」とか「下剤って案外威力あるんだね」とか抜かしていたが、もう、どうでもいい。


 普段いがみ合っている人間同士というのは、時として最も心が通じ合うものなのだと、他人事のように実感した柊也だった。




    †




「まるでゲームセンターにでも来たような気分だな」


 柊也は頭を覆い隠す大きさのヘッドセットを嵌め、横に付いているマイクを口元まで降ろした。


 目の前の画面上には”仮想戦闘訓練を開始します”の文字が先程から明滅を繰り返している。


「遊びじゃないんだ、真面目にやれよ。仮想とは言っても感覚は現実と全く同じ。もちろん痛み、苦しみ等のマイナスのものも再現されている。

 そして数ヶ月はここで機械と睨めっこだ。安易に実戦に出す訳にもいかないから当然だな」


「実戦に出れる基準は?」


「画面に難易度が出てるだろう。それのレベルS……最も難しいのをクリアしたら卒業だ」


 画面右上に書かれているのはレベルDの文字。Dが最低で、C、B、Aの順に上がっていき、最後にS。


 遊びじゃない、と言う割には随分と娯楽じみている。


「オーケー。Sだな」


「ウミネもまだ仮想訓練の段階だから、そう焦ることも無いぞ

 まずは確実にこなして行け」


 栞はまだ実戦には出ていない、ということは間接的にその他のメンバーは既に全員出ていることを暗に表している。


 焦るなというのには無理がある。


 ダニエルの言葉が与えたのは、皆にいち早く追いついて共に戦わなければいけない、という強い念だけだ。


「了解。さっさと行こうぜ」


 座り心地の大して良くない黒い革イスに、深く体重を預ける。


 ダニエルが頷き、起動用のレバーを上げたところで、柊也の意識は一旦途絶えた。



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