episode6 勝手気ままな自己紹介
組織に来てから初めての夜が明けた。
環境が変わったことなど忘れ去りそうになるくらい、部屋のベッドの寝心地は良かった。
そうして、気持ち良く目覚めた柊也が一人分の朝食を用意して席に着いた時だ。
――ピンポンパンポーン。
突然、デパートで聞いたことがあるようなアナウンス音が部屋に響いた。
ピンポンパンポーン。ピンポン……
その時、柊也は朝食を食べるため箸を上げたところで、突如鳴った無機質な音にイライラして食事どころではなくなってしまった。
何とも耳障りなアナウンスの音源を突き止めようと、箸を置いて天井・壁・床と、隅々に至るまで探してみる。
しかし、何処から鳴っているのか見当も付かない。
もしかしたら埋め込み式か。それとも、壁自体がスピーカーの役割をしているのか。
アナウンスの音量調節をするためのひねりも見当たらないので、重要な連絡の際に使用されるのだろう、ということは何となく理解した。
単調な電子音は、きっかり8回繰り返して止まった。
それだけである。
一向に声が聞こえてこないのは何故だろう。
ここまで遅いとなると、操作ミスか何かかもしれない。
そう勝手に決めつけ、気と箸を取り直して、特製焼きサバご飯をつまもうとしたところで、再び放送が鳴った。
《こちらダニエル。強化兵の皆、起きてるか? 起きてるな。
話すことがある。至急、ホール中央の会議室まで来てくれ。繰り返さない。以上》
ソルジャーとは、もしや柊也のような者のことを指しているのか? そのような呼称は一切聞かさせていないが。
そんなことより、何という素っ気の無いアナウンスだ。それが他人を呼ぶ者の態度だろうか。
しかも、人が特製焼きサバご飯を食べようとしたところを、狙ったかのようなタイミングで召集をかけるなんて。
行くか? 行かないか?
メシか? 組織か?
………………。
…………。
(……まあ、答えは決まっているんだけど)
それに、メシはあとで温め直して食べれるからな。いや、それはどうでもいい。
一通りの無意味な思索の後、柊也は重い腰を上げてご飯にラップを掛けると、出口に向かってのっそりと歩いて行った。
†
「お! 早いな、セザキ。お前は真面目で助かるぞ」
「……は?」
「俺を除いて、お前が一番だ」
確かに、ホール中央の会議室――”室”と呼ぶには些か抵抗があるが――には、ダニエル以外には柊也しかいなかった。
柊也は放送を聞いてからこの場所まで、遅くはないにしても早く来たつもりはない。
放送で至急と言っていたのには誰も従う気は無いらしい。
何とも時間にルーズな人たちだ、と自分のことを棚に上げて、柊也は少しがっかりした。
「いつもこうなんですか? 今までにもこういう機会があったかは知りませんけど」
「そうだな。最後の一人が来るまで、確か、過去最長で……1時間待ったことがある」
「いちじ……ッ。それってもはや、集まる気ないですよね?」
そもそも、1時間とははたして待ち時間として有り得るのだろうか。
友達に「ちょっと来て」と呼んでから1時間待たされることを想像してみる。うん、最悪だ。
「さぁな。そいつは召集かけた時まだ寝ていたらしい。目が覚めてから、髪のセットやら洗顔やら着替えやらしてたら1時間経ったと。呆れた話だ」
はあ、と溜め息を吐くダニエル。
「電話とかしなかったんですか?」
「各部屋に据え置きの電話はないから、他の誰かの携帯から掛けたんだが。そいつは電源切ってやがってな。
勿論、部屋の自動扉はカードキー無しでは開かないからどうしようもなかった」
「それは大変でしたね……」
その時の光景を思い浮かべると、同情したくなってくる。
「ちィーすッ」
気の抜けた声とともに細身の男が会議室に現れた。
その男は髪を明るい茶色に染め、数え切れないほどのピアス、アクセサリー、チェーン類を身に纏っているため歩く度にジャラジャラと鳴ってうるさい。
何の用すか~、とダニエルにぼやきながらソファーに座った。
ジャラ男のファッションセンスにかなり引いているうちに、ほぼ全員のメンバーが集まってきた。
その中にはあの栞の姿も見受けられたので、彼女もやはり強化兵だということだろう。
柊也は栞の方を見てみる。
栞は俯いて自分の爪を眺めていたが、視線を感じたのか顔を上げ、視線の主が柊也だと分かるとまた慌てて下を向いてしまった。
(なんだ……? まあ、いいか)
そして残るはあと1人。
……らしいのだが、その1人が一向に来る気配がない。
(遅すぎる。1時間待たせの人ってのは、まさか……。
1時間だけは、1時間だけはよしてくれぇぇぇ!)
心の中で残りの1人に向け祈りを捧げる。
だが必死の願い虚しく、彼女が姿を現したのは、柊也がダニエルと話し始めた時から1時間20分が経過してからのことだった。
†
遅刻したことには誰に触れずに、会議がスタートした。
全員が呆れ顔なのは、今回のようなことが1度や2度ではないことを表しているのだろう。
(時間にルーズなのは、そのためか……)
「ここにいる6人が強化兵部隊のメンバーだ。今までいたやつらはもう顔見知りだろうが、昨日から入ったこいつの為にそれぞれ自己紹介を頼む」
こいつ、という言葉に合わせてダニエルが柊也の肩を掴む。
「じゃ、ミキハラから右回り」
ハァ~? 何でオレから~……、とこぼしているのはさっきのジャラ男。
ガラステーブルを囲うようにソファーを並べているため、ダニエルの左隣にいる柊也は順番的に最後だ。
ジャラ男は立ち上がると、片手で長い髪を弄りながら自己紹介を始めた。
「え~と。三木原桂汰ッス。歳は17……だけど、本来は高3なんで。
好きな食べ物はスイカとか? あと趣味は、コレ! イイっしょ!」
桂汰は全身の光り物を指差して自慢げに見せ付けてくる。
激しい金属音が非常に耳障りだ。
それで自己紹介は終わりのようで、どかっとソファーに座ってまた髪を弄りだした。
その横で、スイカとかどうでもよすぎー、と笑われている。
見た目通りで、若干頭が弱い人、ということで柊也メモに加えておこう。
「ほら、早く次」
ダニエルが低い声で促すと、次の女は、はーい、と元気よく立ち上がった。
ショートカットで、ちょんまげと呼ぶかどうかは分からないが、前髪を結ってちょろんと出している。
広く出したおでこを見ていると、思わずデコピンしたくなってくるのは、一種の魔力か何かだろうか。
だが、1時間待たせの女ということで、柊也は白い目で彼女の自己紹介を見ていた。
「未沙希・アンダーソン、17歳。たぶん、日本人とナンカのハーフだと思うけど……。
物心ついたときからココに居るんでちょっとよくわかんないです。そーゆーことで、これからヨロシクお願いします!」
最後に元気よく挨拶をして満足げに座った。
アンダーソン。確か、ダニエルの姓と同じだったはずだ。
(なるほど、戦争孤児、か)
戦争孤児――戦闘地域の都市で、両親が戦死するなどして、一人身になってしまった子供。
大抵の場合は、親戚や近所の人間が別の都市へ一緒に連れて行って、そこの保護施設で暮らす。
未沙希の場合はそれが、この組織だったという話だ。
つまりここは未沙希の家同然で、ダニエルは父親同然ということだろう。
また柊也のメモに情報が加わった。
次に、栞が紹介をしたが、昨日の衝撃的な出会いがあったため、紹介は形式上のものとなった。
4人目の男。
背が高く、柊也よりも何歳か年上に見える。
「……水野彰文。22歳」
それだけ言って、彰文はさっさと座ってしまった。
ダニエルが、まったく、と呆れたように次を促し、他の皆も苦笑いするばかりで、誰も突っ込まない様子。
彼の無愛想には定評があるらしい。
5人目。
女子にしては背が高く、スタイルが良い。すらりとした外見はモデルのようだ。
長く綺麗な髪を左右に揺らしながら立ち上がった。
「真枝蒼依。18歳です。これから仲良くやって行きましょう。宜しくお願いします」
少々特徴に欠けるが、無難で一番まともなのかもしれない。
柊也メモには、常識人、とでも書き加えておこう。
こうして残りは柊也だけとなり、皆の好奇の視線に晒される。
実際、他の5人は自分の紹介などするまでもないので、今までのも適当に省いてさっさと終わらせていたのだろう。
それぞれの性格は掴めたのでよしとするが。
柊也はすっと立ち上がると全員を見回して言った。
「瀬崎柊也です。8月で18になります。家族構成は、両親が他界したので、今は妹が1人だけです。それで、その妹を誘拐され、交換条件という形で半ば強制的に連れてこられたのが組織に来た理由です」
ちらりとダニエルを睨むことも忘れない。
「以上、簡単ですが自分の紹介を終わります。質問があれば、答えられる範囲でなら答えますので。どうぞ」
はーい、未沙希が手を挙げる。
柊也は目だけで促す。
「その、妹さんはここにはいないのー?」
「あ……」
そう言えば千秋の姿が見当たらない。
――強化兵の皆、起きてるか。
ふいにダニエルの呼び出しを思い出した。
(あれって……千秋は該当しないのか……?)
「すいませーん……。私って、来たほうが良かったんでしょうか……?」
柊也が重大なことに気付いて声を上げたところで、気まずそうにやって来たのは当の本人、千秋だった。
皆が「え?」という感じに千秋を見る。
(ああ、これはまた……)
そして柊也は皆の千秋を見る視線から、この後、波乱が起こる予感に、頭痛を抑えることができなかった。