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For My LOVELINESS  作者: kirara
6/21

episode5 急患です!?

「ごめんなさい!」


 2人きりのエントランスホールに栞の声が響き渡る。


「オーケー。大丈夫だ。だからそんなに謝らないでくれ」


 栞が一生懸命に謝る。柊也がそれを冷静に宥める。


 先程からこの繰り返しだった。


 頭を下げる、という行為は相手に相当な焦りを生ませるものらしい。


 柊也は誰かにこの光景を見られていないか、と心配になり、ついきょろきょろと辺りを見回してしまう。


 誰も居ないので助かった。


(はあ、こんなところで俺、何してるんだろ)


 年下の女の子にこんなことさせて、本当に自分が情けない。


 全てを捨て、自室に引き籠ってしまいたくなる心を必死に抑え込む。


「でも、怪我してる……」


 栞が柊也の顔を心配そうに覗いてくる。


 潤んだ瞳に、ぬいぐるみに付いていた針によって刻まれた刺傷の数々が痛々しく映る。


 じっと顔を見つめられる恥ずかしさに、つい顔を背けてしまう。


「こ、こんなのガキの時に比べれば大したことないから」


 別に強がりではない。


 事実、柊也は小さい頃、相当なやんちゃ坊主だったため、擦り傷から骨折まであらゆる怪我を経験してきた。


 だから、針が刺さって血が出るくらいは今更なのだ。


 栞って、実は相当なお嬢様で、怪我とかあんまりしたことないんじゃ……。


 強ち間違いでもないのかもしれない。彼女はどこか、世間一般の上空をふわふわ漂っているようなイメージがぴったり合う。


「それでも……痛いでしょう?」


 傷口に意識を向けてみる。


 出来立ての生傷は、熱を帯びて自己主張しており、未だにヒリヒリと持続的な痛みが柊也を刺激してくる。


「確かに、痛くないと言えば嘘になるけど。本当に大丈夫だぞ?

 ほら、栞のハンカチも借りたしさ」


 本来はしっかりとした消毒を行わないといけないのだが、栞を安心させるために、柊也は栞に借りたハンカチをそのまま使用していた。


 傷口に当てて血の滲んだハンカチを、ひらひらと栞に見えるように振る。


 ほら、殆ど出ていないだろ? という意味合いのつもりっだったのだが。


 それが間違いだった。


 栞は目の前に掲げられたハンカチを見た。


 それに付着した血を凝視した。


 途端、目を見開いて「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げ、見る見る目の焦点が定まらなくなっていく。。


 ふらふらと覚束無い足取りで、ハンカチから距離を取ろうとして、足が絡まってしまう。


「おおっと!」


 バランスを崩して後ろ向きに倒れそうになるところを、一部始終を呆然として見ていた柊也が、素早く栞の横に回り込み、肩口を支えて転倒は防いだ。


(……あれ?)


 思わず、拍子抜けしてしまった。


 軽すぎるのだ。


 力が抜けた人間が倒れるのを支えるには、相当量の腕力が必要なはずなのに、栞の身体は簡単に止められてしまったのだ。 


 女で小柄、ということを除いたとしても栞は軽すぎる。


 ちゃんと食事をとっているのだろうか? 柊也は自分の傷よりも、栞の健康の方が心配になった。


「栞、しっかりしろ。自分の部屋はどこだか分かるか?」


 頭に響かないよう静かに、しかしはっきりと問い掛ける。


 栞は柊也の腕に体重を預け、苦しげに眉を寄せながら、


「あっち……」


 と1つの部屋を指差した。


 そこは丁度、柊也の部屋と向かいの位置だった。


「分かった。……ちょっと我慢してろよ」


 そう言って柊也は栞の首と膝裏に手を挿し入れて、ゆっくりと抱え上げた。


 その際、栞の着ていたフリルワンピースの裾が捲れ上がって、白い太腿が露わになっていたが、気にせず部屋まで運んだ。


 普段、彼女が寝ているであろうベッドに降ろすと、ブーツを脱がせてから、キッチンへ向かった。


 他人の部屋なので何処に何があるかは分からないが、大体の見当をつけてシンクの上の棚を開く。


 予想通り、そこには綺麗に畳まれたタオルが幾つも仕舞われていた。


 柊也はその中から適当に1つ手に取って冷水で濡らし、十分に絞ってから栞の元へ戻った。


「濡れタオル、置くぞ。冷たすぎたら言ってくれ」


 息を荒くして仰向けに寝ている栞に、一言声を掛けて額にタオルを置く。


「ん……ありが…とう」


 あとは安静にしておこう、と柊也は近くにあった四脚椅子を引き寄せて座った。




    †




 5分程で栞の容体は回復した。


「ご迷惑をお掛けしました」


「ただ部屋に運んだだけだ。気にするな」


 栞は半身だけ起き上がらせて額のタオルを渡す。


 柊也はほんのりと熱を持ったそれを、ベッド横のテーブルに置いた。


「血が苦手なのか? 悪かったな

 寄りによって見せ付けるような真似しちまって」


 少量しか出血してないことをアピールしたかったのだが、それが仇となったようだ。


「昔からダメなんです。血自体がダメというより、その血がどこから、どうして、どのように出てきたのか、ということを想像してしまうと頭がクラクラしてきて……。

 さっきみたいに倒れてしまうんです。情けない話ですよね」


 ふふふ、と栞が自嘲気味に笑う。


 柊也は、他人の特異的な体質のことには口を挟んでよいものかと逡巡し、結局うまい言葉が見つからなかった。


 しばらくの沈黙の後、栞が柊也の顔、厳密に言えば顔の傷を見て、「あっ」と声を上げた。


「せざ……柊也、くん。

 傷……治療しないといけません。少し待っていてください」


 立ち上がり、手近にあったスリッパを引っ掛けてどこかへ走って行ってしまった。


(”柊也くん”、か)


 それだけで栞との距離が縮まったのが感じられた。ちなみに”さん”ではなく”くん”なのは意外だった。


 当初の目的は取り合えず達成できたのかな? いや、友好関係を育むことは目的ではなかったような。


 顔の傷に触れる。


「はあ。これくらい別にいいって言ってるのにな」


 このまま黙って自室に戻ろうか。


 事情があったにせよ、ここは女の子の部屋だ。


 そして、微妙なところだが一人暮らしでもある。


 先程までは栞のことが心配で気にならなかったが、今、目の前にあるのは普段栞が寝ているベッド。


 柊也が来る以前から、この布団で栞は……。


(抑えろ、瀬崎柊也! お前は何故に組織に連れて来られたのか思い出せ!)


 ……クールダウン。


 やはり、栞には悪いが勝手に帰らせてもらおう。


 そこまで思い至り、腰を上げたところで丁度、栞が戻って来た。


 手には家庭用の救急箱。どうやら治療する気満々らしい。十字のマークが大袈裟さを増して映った。


「お、おう! 遅かったな!

 また倒れたのかと思って、探しに行こうとしてたところだ」


 部屋に戻ろうとしていたことを悟られまいとして、右手を挙げて声を掛けつつ、半分上げてしまった腰は左右に曲げて体操するフリをし、結局椅子に座り直す、という見るからに不自然な行動をとってしまった。


 その一連の動作を、じっとりと眺めていた栞だったが、はあ、と1つ溜め息を吐いてベッドに座った。


(うう……無表情が怖いです栞さん……)


「動かないでくださいね」


 栞は持ってきた救急箱を開き、中から消毒液とガーゼを取り出した。


 濡らしたガーゼを柊也の顔に優しく当てる。


「痛てっ! ……っと悪い」


 消毒液が沁みて思わず激しく仰け反ってしまった。


 栞は何の感情も見出せない表情で眺めているが、柊也が勝手に帰ろうとしていたことを内心では怒っているのだろう。


「動かないで」


 もう一度念を押して、柊也の後ろ頭を片手でがっちりと抑えた。


 どっちが年上なのやら。これではまるで母親と子供だ。


 栞は力を込めすぎないよう、ベッドから立ち上がって慎重に資料する。


 自然、2人の距離は縮まり、息が掛かるくらいの距離にお互いの顔があった。


 柊也は自分の意思とは無関係に、鼓動がドクンドクンと速くなっているのが分かった。


 羞恥に耐え切れず、両目を閉じてしまう。


 濡れたガーゼを当てられているはずなのに、顔は熱くなるばかりだ。


 それから、栞の「終わりましたよ」という声が聞こえるまで、柊也の頭は何事も考えることができなかった。


 目を開けると、そこには林檎のように顔を真っ赤にした栞が、居心地悪そうに座っていた。


「何を照れてるんですか。変な想像しないでください」


 そっぽを向き、口を尖らして言う。


 そんな栞がたまらなく愛らしいので、柊也はポンポンと栞の頭に手を置いて、笑いかけた。


「お互い様だろ」


 栞は不機嫌そうな顔をしていたが、抵抗はなかった。


(少しは仲良くなれたの……かな?)


 軽い気持ちで散歩するつもりだったのが、こんな事態になるとは。


 世の中何が起きるか分からないものだ、と柊也はもう一度笑った。



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