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For My LOVELINESS  作者: kirara
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episode19 夜に浮かぶ火の祭り

 深夜。一日の活動を終えて眠りに就こうとしていた人々の耳に、空気を切り裂く飛来音が届いたのは突然のことだった。その正体を確かめる間もなく、次の瞬間には腹をえぐるような轟音とともに、辺りは火の海と化していた。キャンプを形作っていた外布は燃え盛り、乾いた草木が纏う炎は留まることなくその魔の手を広げていく。


 そして、隙を突かれたた人々はそれが敵の大型焼夷弾によるものだと気が付くまで、刹那の時を要した。中でもいち早く思考を切り替えたダニエルが、奥歯を噛み締めて叫んだ。


「敵襲だ! 動ける者は速やかに装備を整えてこの場所に集合!

 医療班は負傷者を連れてキャンプから離れろ!」


 その言葉が終わるかどうかというところで、再び風を切る音が聞こえ始める。先程の轟音に比べれば数段小さくか細い風切り音は、距離が近づくとともによりはっきりとしたものになっていき、間もなくキャンプ上空で破裂した。目を開けていられないほどの閃光が走る。次に見えた光景は、闇夜に輝く人工の小太陽と、その光を目印にして次々とヘリから降下してくる敵戦闘員の姿だった。


「あれは……」


 柊也は食堂の窓からそれを確認すると、隣で同じように外を眺めていた蒼依を連れて、装甲車を停めてある簡易ガレージへと向かった。予想通りそこには強化兵部隊の面々が不安を隠しきれない様子で集まっていた。柊也と蒼依が合流すると、車内から降りてきたダニエルは声を張り上げた。


「襲撃して来たのはおそらく、先日の奴らの同胞だ。本部から証拠隠滅でも言い渡されているのやら。

 ざっと見た感じでは、自動機兵ではなく搭乗機兵を投入していることから連中もこの戦いでケリを付けようとしているらしい。これらを撃退すれば、敵方にとってはかなりの痛手と同時に、有効な牽制となるだろう」


 ダニエルは隊員をぐるりと見回し言った。


 「これから部隊を2つに分ける。今回の襲撃者における司令塔を探し潰す隊と、ここに残って敵兵の迎撃に専念する隊だ。

 その分け方も今しがた俺が決定した。前者はセザキ、ミキハラ、ミサキの3名、残りは後者だ。分かったな?」


 一同はおのおの頷くと、装甲車から銃と上着を取り出し装着した。ナノアーマーは常に服の下に着てあるため、戦闘準備は瞬く間に済ませることができた。準備が整った者から順にガレージの外へ出て行く。


 柊也、桂汰、未沙希の3人は焼夷弾が飛んできた方向へと乾燥した大地を駆け抜けながら、通信機越しに目算を立てていた。


『なぁ、親玉ってのはどこにいるモンなんだ?』


 桂汰は隣を走る柊也の方を向いて問うた。しかしその声は耳に挿したイヤホンから聞こえてきており、柊也はその違和感に少し戸惑った。


『……後方でモニタリングしているという可能性もあるが、今回は向こうから襲撃してきた。それはつまり、敵司令官がキャンプ全体を見渡せる位置から直接指示を飛ばしていることを暗に示している。この周辺でその条件に合致して、かつ姿を隠しやすいポイントはというと――』


 柊也は立ち止まって周囲を見回す。今もなお燃え盛るキャンプを背後に、眼前には鬱蒼と茂る山林が視界いっぱいに広がっている。獣道すらない純自然のそれは、部外者に対する強い拒絶を無言で主張しているように映って、唾を飲み込んだ。


 この辺りまでが弾道から予測できる限界の地点だろう。この先からは自分たちの知恵を絞って探さなければならない。レーダーがあれば楽なのだが、移動と通信にしか使わない装甲車と、補給専門の小規模なキャンプではそれも叶わない。頭では理解しているつもりだが、実際に目の前に広がる大自然の前では見当も付かない。


 困ったように桂汰の顔を見返すと、


『ねえ、あそことかピッタリじゃない?』


 不意に、数歩後ろを走る未沙希の呟きが聞こえた。振り返ると、未沙希は山の中を指差してた。手袋に包まれた爪先を目線で辿っていった先――正面やや左上方に偶然か必然か、一箇所だけ隙間があった。そこから覗ける山の中腹にある、それなりの広さを持った平地。数メートル先の視界も安定しない程の深い樹海の中、人工的に切り開いたかのようにぽっかりと穴が開いてしまっているその場所には、よくよく目を凝らせば自然のものとは考えがたい黒い砲身が空に向かって伸びていた。


『ビンゴォ! さっさとやっちまおうぜ!』


 ほぼ同時にそれに気が付いた桂汰は柊也の肩を揺らした。前後に激しく揺さぶられて鬱陶しかったが、そのことは無視して考えに浸った。


 おそらく馬鹿正直に正面から攻め込んだとしても、敵は逃走ルートを確保しているに違いない。この辺りの地理に明るくない柊也たちがどう足掻いたところで撒かれるのは目に見えている。ならば、どうするか。


『2人とも、方向音痴じゃないよな?』


『ンだよ、こんな時に。あそこに敵がいるんじゃねぇのか?』


『いいから答えてくれ』


 2人は一瞬考えるような素振りを見せたが、元より直感的に分かる質問なのでさほど時間はかからずに答えてくれた。


『オレは正常だと思うな。うん、正常だ、正常』


『あたしも道に迷ったこととかはないかなー……。あ、子供の時は除いて、ね!』


 果てしなく頼りない返答に不安でしょうがない柊也だったが、アーマーがあるから大丈夫か、と当てをつけて、2人を近くに寄せた。通信なのでヒソヒソ話も何もないのだが、つい声のトーンを落としてしまうのは愛嬌だ。


『これから3人で3方向からの同時奇襲を掛ける。敵がどちら側に逃げるのか見当が付かないことからの作戦だ。

 やり方は簡単。未沙希と桂汰が山を左右から迂回して、敵がいるあの場所よりも上手に回り込む。俺が陽動として正面から攻め込むから、銃声が聞こえたらそれを合図に一気に降下してきてくれ。

 敵を囲んだら各個撃破。どうだ、単純だろう?』


 説明を終えると、桂汰は未沙希はそれぞれ脳内でイメージをしているのか、うーんと唸っていたが、やがて納得がいったように2人同時に頷いた。


 柊也は山の中腹をもう一度見上げると、身を引き締めて声を張った。


『それじゃ――開始ゴー!』


 怒号と同時に、3人は別々の方向へと散って行った。


 キャンプの炎は食うものを食い尽くして勢いを失っていた。それに反比例するかのように、そこから発せられる戦闘音は激しくなるばかりだった。


 

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