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For My LOVELINESS  作者: kirara
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episode18 悩みの種

 強化兵部隊を乗せた装甲車は支部へ帰るための方角ではなく西――より戦闘の激しい区域のある方角へと向かっていた。一種のキャンピングカーであるこの車両には最低限の生活器具が積んであり、食糧と燃料さえ調達できれば、いつまでも乗り続けることができる。理論的にはそうなっているのだが、実際は狭い空間から来るストレスなどの要因によってそう長くは持たない。


 外は快晴。辺りには背の低い雑草と乾いた大地が広がっている。だが車内には、そんな風景と反して暗い空気が漂っていた。誰も口にはしないが、その原因が柊也にあることは、もはや暗黙の了解だった。


 先日の山岳地帯での戦闘以来、柊也の様子がおかしい。これが皆の共通の見解だ。あの時、敵の自動機兵の中を歩いてきた時の柊也の服に付着していた返り血から察するに、おそらくは敵の奥地での出来事が関係していると見て間違いはないだろう。それ以外、考えられない。


 だが、そこからは何の糸口も掴めない。それとなしに本人に聞いてみても、うまくはぐらかされるか、顔をしかめて黙り込んでしまわれるだけだ。


 別段、会話に支障が出たり、生活に困ったりするわけではないので、皆も当初よりは深く気にすることはなくなった。ミサキや桂汰あたりはしつこく付きまとって、事情を聞き出そうと試みていたが、頑なな柊也の態度に呆れて、もはやそうすることもなくなった。


 蒼依は悩んでいた。


(一体、あの時に何があったの? どうして柊也は話してくれないの?

 わたしはどうすればいいの?)


 あれから3日が経った今でも、そのことだけが頭の中をぐるぐると回っている。答えなど分からない。それはきっと本人にしか分からないものだ。


 だからこそ、寂しかった。当てにされていない。見えない壁が「こちらに入るな」と冷たく阻んでいるように見えた。目が合って逸らされる度に、胸の奥をぎゅっと摘まれたかのような痛みが走った。それは自分に対してだけではないということも分かるし、嫌っている訳ではないのも感じ取れる。だがそれは裏を返せば、自分を部隊の一員としか見ていないということ。


(わたし、特別視されたいのかな……)


 わたしは慣れない感情に戸惑った。と同時に自分に呆れ返ってしまった。こんな時に何を考えているのだと。


 顔に朱が差す。


 客観的に見ても、ここ数日の悶々とした思いは、いや、初めて彼と話した時から感じているこの胸の高揚が意味するところは、きっと――


「なに怖い顔をしてるんだ?」


「ふぇえっ?」


 しまった。変なことを考えていたせいか、声が裏返ってしまった。しかも、相手が悩みの張本人とあれば、驚くのも無理はない。


「いや、なんだか思い詰めているような顔でこっちを凝視してるもんだから」


「あ……うん。ゴメン」


「何で謝る?」


 罪悪感からなのか、わたしは反射的に謝ってしまった。そして彼にますます怪しまれてしまった。もう、なんでこんなことに。


「んー、なんでもないから。気にしないで」


「そうか」


 彼は大して追求することもせず、また窓の外へと憂いの表情を向けてしまった。わたしは会話が終わったことを少し残念に思いながら、ついさっきまでの思考内容は、きれいさっぱり忘れることにした。




    †




 程なくして中継地点のキャンプに着き、補給と休憩の為に今日はここで夜を明かすことになった。運転手であるダニエルの雑なブレーキとともに、車は一度反動をつけてから停止し、後部扉が開かれる。長時間、閉塞感を抑え込んできた部隊の面々は、我先にと暗闇へと飛び出した。


 最後に残った彼とわたしは目を見合わせる。わたしが手で促すと彼は頷いて外に出て、わたしもそれに続く。


 久しぶりの外の空気を肺の中に満たす。今までも窓を通して吸ってはいたが、やはり全くの別物のように感じる。人間という生き物は、心に左右されやすいという。スポーツ選手が「絶対に勝てる」と自分に信じさせるのも、「自分は今日、体の調子が悪い」と思い込んでいて、本当に病気にかかってしまうのも、心理的な作用によるものらしい。


 心の持ちようで何事も変わってくる。そう 例えば今だ。


 先ほどまで彼について考え事をしていた影響か、どうにも彼の行動が気になってしょうがない。歩くたびに踏み出されるその足も、夜の寒気に身震いするその動作も、一挙一動から目が離せなかった。


(わたし、どうかしちゃってるよね。前まではこんなことなかったのに、一体いつからだろう……)


「おい」


(はあ、悩むくらいならいっそ彼に聞いちゃえばいいのかも。

 どうしてわたしがこんな状態に陥っているのかを)


「蒼依」


(そうそう。あの時は「蒼依って呼べ〜」なんて偉そうに言っていたのに。

 ちょっと彼が落ち込んでいるくらいで、自分まで勢いなくしちゃって。ばかみたい)


「なあ、どこまで付いて来る気だ?」


「え?」


 いつの間にか彼は足を止め、こちらを振り返っていた。慌てて後ろを見るが、そこには誰もいない。と、いうことは……?


「お前だよ」


 呆れたように指を差す彼。その先は真っ直ぐにわたしに向けられており、同時に、自分が今まで無言で彼の後ろを付き歩いていたことにも気が付いた。それを意識した途端、急激に羞恥が込み上げてきて、ぐっと体温が上昇したのを自覚した。顔は、火が出るほど熱くなっていて、夜気の冷たさが心地よいくらいだ。幸いなのは、夜闇によってお互いの顔がよく見えないため、彼にわたしの様子を知られないで済んでいるということか。


「顔が赤いぞ? 車の時といい、どこか具合でも悪いのか?」


 ――思いっきりバレていた。


 俯き加減のわたしの顔を、彼は心配そうに覗き込む。


「……よく見えるね」


「夜目は結構利くんだ」


 恨めしいことだけど、彼についてまたひとつ分かったことが増えたと考えると、これも悪くないかもしれない。


「なにか悩みでもあるのか?」


「んー……そうかもね」


 わたしの悩みと呼ぶならば、十中八九、原因は目の前の男にある。そんなことを知ってか知らずか、彼は眉間に皺を寄せて空を仰ぐと、わたしに向き直って言った。


「俺は女の悩みとかよく分からないから、相談には乗れないぞ」


 予想外の台詞に、わたしはぽかんと開いた口が塞がらなかった。いや、違う。ある意味予想通り過ぎて呆れているのかもしれない。彼は普通じゃない。それは前から分かっていたことだ。変という訳ではないけれど、少なからず常人とはかけ離れている。だが、それが悪いことだとは思えないのが彼の不思議なところだ。


(ああ、そうか。だから、気になってしまうのか)


「……甲斐性なし」


「うっ」


 わたしの呟きに彼は身を仰け反らせて呻いた。バツが悪そうに頭を掻いてから、仕方なしに私に言った。


「じゃあ、その悩みとやらを聞かせてもらおうか」


「やだ、言わない」


「いや、無理やりにでも聞――」


「やーだ」


 ああ、わたしはどうしてこんなに捻くれているんだろう。こんなつもりじゃなかったのに。


「まぁ、そんなに嫌なら別にいいけどな。そもそも最初から俺がそんな甲斐性持ってないって分かっていただろう?

 蒼依だって相談したそうにも見えなかったし」


(あれ?)


「でも、それならなんで付いてきたんだ? 別の用事か?」


「もしかして、拗ねてる?」


「拗ねてない。いいから質問に答えろって」


 これ以上突っ込むと、今度こそ本当に相手をしてくれなくなってしまいそうだったので、惜しむ気持ちを抑えて言葉を紡ぐ。


「んー、なんとなく?」


「はぁ?」


 彼は怪訝そうな顔で私を見る。


「ぼーっとしてたら、偶然・・、柊也の後ろを歩いてました。終わり」


 わたしはきっぱりと言い切ると、すたすたと彼の横を通り過ぎて歩いていく。彼はしばらくわたしの背を見ながら悩んだ挙句、


「なんでもないなら、飯食わないか?」


 その言葉に、わたしははじめて自分が兵士用食堂の目の前にいたことに気が付いた。


 胸の中に嬉しさが広がっていく。わたしは後ろを振り返らずに、彼に見えない位置でガッツポーズをとった。


「いいよ。わたしもお腹すいた」


 小走りに追ってくる彼を待ってから、2人で食堂の中に入る。


 それから食べ終わるまで、あまり口数は多くはなかったけれど、心地のよい時間だったことを覚えている。


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