episode14 敗北を味わうこと
それは全長20メートル。2本の腕と3本の足を持ち、5足、または3足での歩行を可能とする。
球体型の頭部には可視光線・不可視光線での感知ができる複眼が埋め込まれている。
同じく球体型の両肩からは、人口筋肉の上腕と、屈伸性に長けた蛇腹の下腕――サイドに滑らかな光沢を放つ鋼鉄のブレードが収納されている――が伸び、その先には平べったい3関節の4本指がうねっている。
胴体は胸部、胴部、腰部に別れ、3本の足は4つの関節から構成されている。足先には攻撃・移動兼用の鋭利な3本の鉤爪が地面を抉るように突き立てられ、その鋭さが痛々しいほど伝わってくる。
腹部に取り付けられた幾つもの小型の機関銃が、ぐるぐると標的を探すように回転し、背中のミサイルポッドからは今にも弾頭が飛んできそうな、不気味な雰囲気が放たれている。
新型自動機兵。識別名AMW-440。通称スコーピオン。
そしてどうやら、スコーピオンにはあらかじめ柊也たちを狙うようなAIが組まれているらしい。自慢の複眼に血のような赤い光を灯して目まぐるしく動かし、ありとあらゆる建物を隈なく探査している。
幸い、スコーピオンの左側、地上の物陰から様子を窺う柊也たちには気付いていないようだ。
「なんだ、これは……」
柊也はそのスケールの大きさに絶句した。
もはや、ナノアーマー云々の問題ではない。あれは何十、何百の武器・兵器を結集しても、やっと破壊することができるかどうか、というレベルの代物だ。
人間ごときが、超人並みの身体能力を得たところで、どうにかなるものでもない。直感で理解した。
「柊也さん」
栞が不安そうにその名を呼んだ。
柊也は唇を噛み締め、策を練る。
確かに、超人並みの身体能力だけでは勝つことは出来ない。
必要なのは知恵だ。
柊也は必死に考えを巡らし、検討し、抜擢する。それらを繰り返して1つの妙案へと辿り着いた。
だが、それを実行に移すには、栞の協力が必要不可欠である。
しかしながら、柊也は乗り気ではなかった。自分以外の事物が関わるということは、成功率と比例して問題発生率も上昇し、失敗後の立て直しも利きにくくなるという弊害を含む。
ギャンブル精神が皆無の柊也には、どうしてもそれを強く推すことが出来ない。
柊也が頭の中だけで悩んでいると、その苦々しい表情を見た栞がすぐに状況を察知し、
「……策があるならやりましょう。私に命令をお願いします」
力強く柊也を見上げた。
柊也は一瞬驚いたが、段々と近付いてくる複眼の捜索網をちらりと見て、渋っている暇は無いことが分かった。
「OK。じゃあ、悪いが……」
…………。
……。
†
ビィィィィィ――ッ!
柊也が栞に作戦を伝え終えるのと、スコーピオンが柊也たちを発見するのはほぼ同時だった。
栞は躊躇うことなく機体の前に躍り出て、短機関銃を連射する。
勢いを落とさず飛んでいく細かな破壊の粒は、しかしスコーピオンの装甲の前では些か威力不足だった。
着弾した瞬間、表面で波紋形に拡散し、かき消される。ある一定の威力までは全く効果が無いらしい。柊也の持つ狙撃銃でも怪しくなってきた。
(やはり、ここは作戦通りにやって正解だったな)
柊也は予想以上の硬さに舌を巻きつつ、機体の背面まで回りこんだ。
腰に装着した無線機を素早く操作し、【2】と書かれたスイッチをONにする。
『栞、次だ!』
ヘルメットに内臓されたマイクに向かって声を張り、駆け回る小さな影を見る。
流石に戦闘中に応答するだけの余裕は無いようだが、明らかに今までのその場に留まって避け続ける撹乱行動とは打って変わって、一目散に後退し始めた。
それはつまり、スコーピオンの背後にいる柊也からすれば、段々と離れていく方向。
最初はその多脚を使って追いかけていたスコーピオンだったが、栞の速度に追いつけないと分かると、背中を深く屈めた。
(――ッ、来た!)
柊也はスコーピオンの後ろ側の脚部に沿って、その機体に駆け上がり、背中のミサイルポッドのひとつまで辿り着いた。
今にも発射せんとするその砲中に向かって、狙撃銃を構えると、乱射した。
柊也は急いでその場から離れようと試みたが、3歩目を繰り出したところで、背後からの爆発による強い衝撃を受け、吹き飛ばされた。
「か、は……」
空中に放り出される。背中を屈めていたので、高さは10メートルといったところか。
それにしても、肺が圧迫されてうまく呼吸ができない。頭もクラクラしてきた。さっきの爆発のせいか。
ぼうっとしたまま横を見ると、巨大な白銀の魔手が風を切りながら物凄い勢いで迫ってきていた。
こんなフラフラ状態の柊也では、それから逃れることが出来なかった。
そのまま、身体全体を覆い隠すほどの大きさを持つ掌に掴まれる。巨大な複眼が目の前に迫っていた。
スコーピオンの背中に目を向けると、先程発射直前に管内爆発させたミサイルポッドと、その装着部が大きく破損している。予定ではそこを集中的に叩いて内部機能を潰すつもりだったのだが、それももはや、叶いそうにない。
柊也がこんな状況になっても、栞から何の反応も無いことから、おそらくは無事だったポッドから発射されたミサイルによってやられてしまったのだろう。
柊也は再び空中に放り投げられる。
回転する視界の中で次に見たのは、視界いっぱいに広がる漆黒の円筒が、こちらに向いて火を噴く瞬間だった。
†
(やられたか……)
徐々に回復する意識の中で、柊也は自覚していた。
作戦自体は間違っていなかった。だが、敵のミサイルの威力が予想以上だったことと、栞の能力を見誤ったというのが敗戦の原因だろう。
あれが現実であれば、柊也はそのまま焼死体として戦場に転がっていた。だがあくまで仮想訓練であるので、全滅の確認と同時に、ダニエルの意思かセンサーによる判断かで強制終了、意識は自動的に元の身体に戻る。
だからこそ、危険だと思った。人間は良くも悪くも慣れる生き物だ。”死”に慣れてしまうと、実際の戦場でも「次があるから」、と生き残るための努力を諦めてしまう可能性がある。
頭では分かっていても、その通りに動けないのが現実だ。
目を開ける。
長時間閉じていたせいか、天井の照明に目蓋の裏のあたりがビリビリと痛む。
すぐに慣れ、目の前に栞が立っているのに気付いた。
「どうした?」
栞は表情を崩さずに、
「すみませんでした」
と頭を下げた。
顔や口調こそ平坦としているが、柊也はその裏に相当な”申し訳なさ”が隠れているのを察した。
「謝ることはないさ。誰のミスでもないからな。相手が少し、格上だったってだけだ」
柊也は何事も無かったかのように笑うと、栞の頭にポンと手を置いて、部屋を出て行った。
その後、栞が改めて柊也を見かけたのは、トレーニングルームで彼が、機械を相手に必死に走っている姿だった。