弟師
まだ妖怪と人間の世界が分かたれるずっと昔。
妖怪と妖怪は殺しあっていた。
片方は自分達こそ完璧な存在であり、己こそ神であると言って自分以外の人間やその他の生き物を見下して、好きかって暴れ回る奴ら。もう片方は争いを嫌って他の生き物と静かに、平和に暮らそうとしていた奴ら。
妖怪はこの二つに別れて何十年も、何百年もずっと争い続けていた。
そんな地獄みたいな年月で、1番被害を受けたのは人間だった。
人間は妖怪とは違う、動物とも違う、弱くて、愚かで、妖怪達の"餌"と思う奴らが多くいて、それまで人間を守っていた妖怪も妖怪同士の戦で居なくなって、遂に人間を喰う妖怪を止めるやつが居なくなっちまった。
最初は人間も抵抗したけど、でも妖怪は人間よりも強くて、その上人間にはない能力を沢山持っていた。
どれだけ人間が抵抗したって、知恵を働かせたって、逆立ちしても妖怪を倒せる奴なんて居なかった。
だから人間は妖怪に抵抗するんじゃなくて、逃げる道を選んだ。
妖怪達もそれに調子に乗って人間をここぞとばかり喰って、中には己の快楽の為に殺すやつもいた。
でも、妖怪は侮っていた。
人間の憎悪がどれだけ人間を強くするか。
やっちまったのさ、馬鹿な妖怪が犯したたった一つの過ち。
妖怪の中でもこの人間にだけは手を出しちゃいけない人間が居た。
そいつは基本温厚で、人を殺しまくってる妖怪にも情けをかけるようなあまちゃん。
どんな悪さをした妖怪も生まれ変わることが出来る。生きて罪を償えば必ず天国に行けるって言って手を差し伸べる坊主。
そいつを殺しちまったのさ。
殺したのは同じ人間。妖怪共が家族を人質にとってその人間に坊主を殺させたのさ。
面白半分。坊主の死を見て妖怪達は人間の愚かさを嘲り、嘲笑った。
そして坊主を殺した人間達も、その家族も殺しちまった。
その行為でどれだけの妖怪が人間に殺されるかも知らずに。
その坊主にはたった一人の弟子がいた。
まだまだケツの青い小さなガキだ。
そのガキは身の丈程もある刀を持って、その妖怪達を皆殺しにしちまった。
まだケツの青いガキが、妖怪を殺しちまったんだ。
それが人間たちの火種になった。
戦う理由なんてない。
奪われた者を取り戻すためじゃない。
守る為でもない。
仇討ち。
人間たちが数十年耐え続けた憎悪と怒りが爆発した瞬間だった。
喰われる恐怖に怯える人間達はもう居ない。
もはや人間たちにあるのは怒りと復讐。怒り狂った人間達は止まることを知らず、ガキを筆頭にその小さな火種が山のような大きな業火となってそれはさらに大きく、強く、速く広がった。
そしてこの妖怪と妖怪の戦の第三勢力となった。
どれだけ殺しても、どれだけ妖怪の力を見せつけても、この戦で人間が勝つことなんて有り得ない、そう教え込むように妖怪の力を惜しみなく使い、人間達にその力を見せつけた。
きっと人間達も心の中ではわかっていたはずだ。
自分達では妖怪には勝てない。戦っても意味なんてないって事に。
それでも人間は止まらなかった。
だが筆頭の人間は違った。
目の前の妖怪を全て斬り捨て、戦場を駆け回り、妖怪達に恐れられた人間。
名は分からず、妖怪達の中でその人間は、血まみれの刀を携えて首を斬りにやってくる灰色の修羅、『灰鬼』と呼ばれて恐れられた。
その後、ようやく妖怪同士の戦が終結し、妖怪達の国、鏡界・妖魔界が作られてこの戦が終わろうとした頃、それでも人間は止まらなかった。
戦う理由も、殺し合う理由が無くなっても、人間は止まらなかった。
この時初めて妖怪達は後悔した。
人間の底力を、怒りを侮っていた事に。
もう人間は止まらない。
灰鬼を殺すまで止まることを知らない。
妖怪達はもう二度と人間達が自分達に逆らわぬ様に、武器を持った人間を、その家族を、例えそれが赤子だろうと1人残らず皆殺しにしようと声を上げた。
再び終わりの見えない、今度は人間と妖怪の戦が始まろうとした時、灰鬼はたった一人で妖怪達の本陣に単独で現れた。
私はそりゃァ驚いた。
何せ大将格の妖怪がもう何人もこの男に殺され、あまつさえ私の半身である【羅生門】茨木童子の両腕をぶった斬った人間が、たった一人で全ての妖怪を"敵"に回した男が本陣に居るんだ。
何より驚いたのは、この男は妖怪の本陣でこう言いやがった。
「酒持ってきたから飲もーぜ」
───何言ってんだこいつ。
驚いて声も出なかった。
何せ妖怪の本陣で酒って、酒好きの私ら鬼だって敵の本陣で酒を飲もうなんて思わねぇよ。
だからさ、それを言われて私は思わずその男の誘いに乗っちまったんだよ
「良いね、美味い酒は持ってきたんだろうな」
「おう、たりめぇだろ。お前も持ってんだろうな、酒」
「当たり前だろ、私を誰だと思ってる。天下の酒好き、蟒蛇様だぞ。酒なら何時でも持ち歩いてるよ」
そう言って私らはお互いが殺し合ってる中だって言うことをすっかり忘れて、一日中飲み明かした。
それが私とアザミの初めての出会いさ。
§
「いやぁー、あの夜は楽しかったねぇ!」
「そんなこともあったなぁ」
「命知らずの馬鹿が無駄にチカラを持つとこうなるのか」
そう言いながらハヅキと蟒蛇は焼酎を煽り、その話を聞きながらハヅキはツマミの刺身を食べる。
そこからはおとぎ話のようなハヅキの武勇伝を蟒蛇が誇らしげに語っていた。
───妖怪と人は相容れない。
どこかの偉い人が言った。
妖怪と人間は陰と陽の存在。
決して交わることない存在。
その言葉に人も妖怪も皆納得し、その通りだと同意した。
そして皆その言葉を今も信じ、人間と妖怪は交わることが出来ないと信じて疑わない。
───人と妖怪は意地っ張りなんだよ。
アタシの師匠の言葉だ。
お互い大昔に喧嘩して、未だ仲直りができないだけで、お互いちゃんと話し合って「ごめんなさい」て謝ればいいだけの話なんだって。
意地っ張りだから色んな難しい言葉使って、仲直りできない理由を探して今も意地の張り合いをしているだけだって師匠は言っていた。
───妖怪も人も、こいつら二人見たいならいいのに。
そう思いながら喉に酒を潤し、酒の熱が胸を温める。
「日本酒をグラスとぼんじりタレ二本」
ザワッと悪寒がハヅキの頬を撫でた。
「おまたせ」
そしてハヅキが反応するより早く蟒蛇はハヅキの隣に座っていた男に日本酒の注がれたグラスと出来たてのぼんじりのタレが乗った皿を目の前に置いた。
男は旧日本帝国軍の軍服に体を覆うほど大きなマントをし、帽子を深く被っており顔は見えない。
そして肩には1m以上ある古びた使えるかも怪しい銃、三十年式歩兵銃が置かれ、腰には刀を携えていた。
その男の見た目はどう見ても人間だ。
だが男の周りを漂うそれは人間のそれとは似て非なるものだった。
男は日本酒の入ったグラスを一気に飲み干す。
すると目線だけをアザミの方に向ける。
「俺にも教えてくれよ、先輩」
「なんだ、アザミの知り合いか?」
「俺にお前みたいな後輩が居た記憶はねぇんだけどな」
「つれねぇな、共に妖怪やクソアメ公から日本を守ろうとした同士だろ?」
「お前なんて俺は知らねぇ」
まるでアザミの事を煽るような言い方。
もしも二人が知り合いだったとしても、それは確実に"仲間"とは程遠い関係だろう。
「まぁ先輩が俺の事を知ろうが知らまいが、こっちもそうはいかなくてな」
男はぼんじりを1つ食す。
先程までの雰囲気とは明らかに違う、一挙手一投足が殺し合いに繋がる、そんな雰囲気だった。
そんな静かな沈黙の中で、男がぼんじりを食し終える。
「何、そんな大したことじゃ───」
「それ以上動くならてめぇのその首が飛ぶぞ」
その直後、ザワリと背筋が凍るような殺気を顕にさせるアザミ。
「さっきっから隠せてねぇんだよ。俺に向けてる殺気がな」
その言葉を皮切りに、男は動いた。
その場からすぐに立ち上がり、持っていた三十年式歩兵銃の銃口をアザミに向け、引き金をひこうとした直後だった。
───ゴシャッ
蟒蛇の拳が男の頭部が弾け飛んだ。
「店で暴れんな」
「····················せっかく忠告してやったのに」
「いやお前が殺るんじゃねぇのかよ」