小忌供鬼子子
妖怪達の暗黙の掟。
それは人を襲わない、食べない、殺さない。
この1000年で妖怪達と人間達の関係は大きく変わった。
今では妖怪が人間と共に生きようと考えを持つ奴も現れた。
それでも"ここ"の様に未だ人を食べようと考えてる妖怪も居る。
それでも人を食べる妖怪は減った。
鏡界と人の世は境界を線でひかれている。故に小さなきっかけで人が鏡界に、妖が人の世に迷い込んでしまうことがある。
その迷い込んでしまった妖や人を元の世界に導くのが巫女の役目。
「この鳥居はその境界を繋ぐ扉の一つ」
「へぇー、この鳥居がねぇ」
「普通はありえないんだけど、人の子供はまだ卵なんだよ」
「卵?」
「形が定まってないんだ」
人の子供はまだ形が定まっていない状態。
まれにその形が妖怪の魂の形に似ているが為に鳥居を通って鏡界に繋がる世界に繋がって迷い込んでしまったって訳。
たまに馬鹿な妖怪のガチアンチが妖怪を絶滅させるとか言って自分から入ってくる奴も居れば、妖怪相手に商いをしたいって言う人間もいる。
そのせいか鏡界を繋ぐこの鳥居が似ているだけで通してしまう。
「おかげでこんな何も知らねぇ、力もねぇガキは簡単に妖怪の食いもんになっちまう」
「····················」
「普通はここのルールで鏡界に入った人間の身の安全は自己責任。死のうが喰われようが外の奴は何も言えない。だからそんな馬鹿を弔って、人を喰った妖怪を裁くのがあたしの仕事でもある」
「妖怪の為だけの世界か」
「···············時間だ、行くぞ」
そう言うと未だ胸の中で眠る少女を抱きながら二人は鳥居をくぐった。
「随分あっさりだな」
「もっと派手なもんでも想像したか?」
「やっぱりこう言うのは何かこう、途中で禍々しい空間とか、虹色の空間とかが挟まるもんじゃねぇか?」
「知らねぇよ」
そう言って二人は鳥居を括り、神社を出る。
案の定、周りは大人が懐中電灯やらで辺りを照らし、子供を探していた。
「あ、おい!子供がいたぞ!」
「半妖も一緒じゃねぇか」
「やっぱり、最近の神隠しはあいつが原因か!」
「妖怪に人を食わせてる半妖か!」
するとその中の一人がこちらに気づき、次々と人が集まってくる。
その人々の目は忌み物を見る目で、とても同じ人に向ける目ではなかった。
人々はこちらに敵意を向けるだけでなく、罵倒を浴びせ始める。「子供を返せ」「人攫い」「半妖」そんな罵倒の数々。そして罵倒の次は転がっている石を投げ始める。
しかしハヅキは気にせず前を歩き続けた。そんなハヅキに怯えるように人々は更に石を投げ続け、ある程度近くまで来ると、ハヅキは子供を地面において、そのまま戻ってきた。
「···············帰ろうぜ」
「そうだな」
帰り道は不思議なほど静かだった。
後ろから罵倒が飛び交い、石などを投げられているのに、二人は全く気にしていなかった。
巫女は人ならざる力を持ち、人知を超えた力、妖力を使うが故、それを使えぬ人々からすればそれは忌み物でしかなく、力を持たない人間からすれば、何時自分達に牙を剥くか分からない、妖怪と同じ存在としてしか見られない。
だから中には巫女を半妖、妖怪の仲間、人を攫って妖怪に生贄として捧げられていると、あらぬ噂をされ、忌み嫌われているのだ。
今まで自分達を妖怪から守っているのが、妖怪の世界、鏡界に迷い込んだ人を元の世界に戻すため、人を妖怪から守るために自分の体の一部を無くしても戦い続けているとも知らずに。
人々は心無い言葉を飛ばし、石を投げる。
彼女が自分達より強いから。
自分達の扱えぬ、異形の力を持つから。
彼女のその小さな背中に、とても背負いきれない程の大きな業を背負って生きているとも知らずに。
「···············アンタこれからどうすんだよ」
「あてなし、金なし、寝床なし、どうすっかねぇ···············」
「ならアタシの仕事手伝ってくれよ」
「迷い込んだ妖と人を元の場所に帰す仕事?」
「そう。見ての通り、あたしじゃこの仕事も限界があってねぇ、人手が足りてねぇんだ。寝床と飯はしっかり用意するぜ」
「どうせやる事もある訳じゃねぇしな、これからよろしく頼むぜ」
「じゃ、今日と言う日を祝って飲み直すぞ!」
「お、いいねぇ!」
そう言って二人は笑いながら鳥居をくぐった。
そこに人の罵倒はなく、石を投げるものも居なかった。