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灰天巫大鬼女狗





少女が奥の間で寝静まった頃、2人は縁側で半月の月を眺めながら輪廻と書かれた酒瓶をコップに注ぎ、コップに入った酒を飲みながら語らい始めた。


「いやー、目が覚めたら浦島太郎の気分だぜ」


「浦島太郎?」


「ん、知らねぇのか?昔海の底からきたっつう男がいてよォ、そいつが龍宮城て言われる宮殿で海の奴らと宴会して地上に帰ってきたら全く知らない世界が広がってたんだと」


「へぇー」


「···············あいつもこんな気分だったんだなぁ」


そんな懐かしむように男は呟いた。

どうやら話によると、この男はまだ妖怪と人間が殺しあっていた時代の人間らしく、もしもそれが本当ならば、それはもうずっと昔、今から1000以上も前の時代だ。

最初は疑ったが、酒を飲み、お互いの事を語るうちに、男の言ってることが真実なのではないかと思うようになって行った。


「そうか、アイツは約束を守ったのか···············」


「さっきっから言ってるアイツって誰だよ」


この男が語る名前はどれも聞き覚えのない名前ばかり。

たまに知ってる名前が出てくるが、それはどれも小学生が学校で習う絵本や昔話の人間の話ばかり。

あれはどれも実話ではなく、作り話なのだ。

フィクションの世界の話。

今のように、機械や銃や、妖怪の弱点も分からない時代で、鉄の棒きれ一本でどうやってあの強大な妖怪を倒すというのだ。


特に望々(もも)太郎。

鬼の総本山である鬼ヶ島に乗り込んで戦うことなく宴会をしてそのまま五体満足で帰った話なんて胡散臭すぎる。


しかし、そんな中でたった一人、男が名前を呼ばず、ただアイツと呼ぶ人物。

所々話に出てくるアイツと呼ばれる者が誰なのか気になって仕方なかった。


「あぁ、アイツっていうのはな··········なんつったらいいんだろうなぁ···············。」


どこか男は言いよどみながら頭を掻きむしると、コップに入った酒を飲み干し、言葉がまとまったのか、口を開く。


「俺の女房なんだけどよぉ、名前が確か··········色々あったんだが、確か俺と夫婦になった時はそうて名乗ってたな」


「へぇー」


「お前そればっかじゃねぇか。そう言うお前はなんで巫女やってんだよ」


「それ聞いちゃう?」


あたしはこいつの話を聞き流しながら、自分の事を語った。

なぜ巫女になったか、経緯、今までどう生きてきたか、どうやって妖怪達と戦う術を学んだかとか、私がどうやって妖怪に恐れられるようになったか、周りの人間に拒絶され、恐れられるようになったか、色々語った。


酒に酔ってるせいか、弱音も吐いた。

なんでこんな会ってまもない男にそんなことを言ったのか、自分でも不思議だったけど、でも何故だかあたし腹の中に溜まったモヤモヤを全部吐き出したかった。


「それでさ、そしたらアイツなんて言ったと思う?『お前には酒は早いっ!』て言って思いっきりゲンコツしてきたんだぜ!?頭蓋骨かち割るかと思ったぜ!」


「お前の師匠ってのは強かったんだな」


「強いなんてもんじゃねぇ!最強だよあの人は!」


「最強かァ···············」


「··········だからいろんな奴に目ぇ付けられて、狙われて、拒絶されてた。妖怪にも、人間にも」


「·························いつの時代も、酒とそこだけは変わんねぇんだな」


「1000年経ったって変わらねぇよ。バカは死んでもなおねぇんだからよ。人間も、妖怪もよ···············」


そう言ってお互いに酒を飲み干す。


「そう言えばあんたの女房はどんなヤツなんだ?」


数秒の沈黙の後、巫女が疑問に思っていた事を聞いた。

女房なら封印された夫をすぐにでも助けに来るだろうに。なぜ助けなかったのだろう。

もしかしたら助けに行ったけど、禁獄山の妖怪に食われたか、それとも寿命で逝ってしまったか。

だが、きっとこんなに強い男が惚れ込んだ女だ。

少しだけ気になる。


「大酒飲みで、一日中家でぐーたらぐーたらしててよ、そのくせ家事なんて1度もしたことがねぇ」


「要は尻に敷かれてたのか」


「うっせっ」


「ハッハッハッ!アンタ見てぇな強い男が尻に敷かれるなんて、相当強かったんだな、アンタの女房は!」


「強ぇなんてもんじゃねぇよ。あれは鬼嫁だ鬼嫁。鬼嫁って言葉はあいつの為に作られた様なもんだ。全く、なんで俺はアイツと結婚しちまったんだか」


「相当恐ろしかったんだなぁ」


「····················」


「····················?」



───アンタが夫で、儂は幸せだったよ


何か思い出に浸りながら、そんな酒の席での戯言だったか、それともなにか大事な話をしてる時だったか、どんな時に言ったのか思い出せないほど昔、自分の横でそう言ってくれた自分の女房を思い出しながら、再び酒を口に含んだ。


「だがまァ、アイツが俺の女房で、俺は幸せだったよ」


「···············そう言えば今更なんだけどよぉ」


「なんだァ?」


「まだ名前名乗ってなくね?」


「····················ぁ」


「すっかり忘れてたな」


「そういえばそうだったな。俺の名前は喜月(きすつき) アザミ。」


「あたしの名前は言水(このと) ハズキ、よろしく」


そう言って二人は酒の入ったグラスをぶつけ、軽く乾杯した




禁獄山





───天狗一門大頭、大天狗・崇徳天王。


「全く、こんな所に人間の子供が迷い込むなど···············あの不良巫女は何をしている」


頭を悩ませながら山のように積み上がった書類や契約書にサインをし続けるこの禁獄山の主にして天狗の王、崇徳天王。

見た目は小柄な黒髪のショートに黒目の隻眼の少女だが、天狗の垢しても言える巨大な黒い烏の翼を背中から生やしており、崇徳という名前は、かつて天皇であった崇徳院ではなく、その死後、悪霊と呼ばれ恐れられた大天狗である彼女を、人々は崇徳天皇と呼び、彼女は自ら人間につけられた名前を名乗るようになった。


天王は、自分の部下である烏天狗達から空の王として、天王と呼ばれていたため、そこから取った。

よって崇徳天王。


そんな彼女。見た目は小学生と見まごうほどだが、これでも数千年前から生きる大天狗に相応しい長寿と力を持つ。

刀を振れば空も山を両断し、翼で風を起こせばたちまち台風が起こると言われる。

そして数多の荒くれものである天狗達を相撲で全員黙らせたという、相撲でも負け知らずの天狗である。


そんな彼女は、意外と人間に甘い。

昔から人間の子供が自分の縄張りの山に迷い込んだ時、食べたり殺したりすることなく、人里まで送り届けたり、人々が必死に助けを求めた際、同胞である天狗達の反対を押し切ってまで、1人で悪鬼羅刹の魑魅魍魎達から人間を助けたと言われている。

時に人からは神と呼ばれ、時に同胞達からは王と呼ばれ慕われてきた彼女。


しかし、そんな彼女だが、かつて同胞からも、人間からも裏切られ、追われる身となった時期があった。

その際に左目を奪われ、今は眼帯をつけている。


そう言えば、私を裏切り、左目を奪っておきながら、私を助けたのも人間だったな。


「···············それにしても騒がしいな」


普段は暇すぎてやれ相撲だ、やれどちらが速いか競走だと、ろくに仕事をしない連中が、何やら慌ただしく、飛んで出ていったと思ったら戻ってきたり、それを繰り返していた。


すると、()()が封印されている区域の看守長である烏天狗が慌てた様子でこちらに走ってきた。


「何かあったのか?」


「た、大変ですッ!奴が、灰鬼の封印が解けてしまいました!!」


「───ッ!?」


ガタリッと勢いよく立ち上がり、山積みにされた書類がバサッと崩れ落ちた。

しかしそんなことを気にすることなく、崇徳は大声で叫ぶ。


「確かなのか!?」


「はいっ、しかも近くで"印付"の鬼が首を斬られていました」


「1000年以上も解けなかったはずの封印がなぜ今になって···············ッ」


「他にも問題がッ!」


「今度はなんだ!?」



「その殺された鬼が茨木組の組員でして···············明日出所予定だった鬼な為、茨木組に何と報告すればいいか···············」


「なにぃ!?」


よりによって茨木組。

茨木天真。鬼の総督であり、ここいら一体の縄張りを取り仕切る鬼である酒呑童子に最も近しい鬼である存在。

茨木天真を筆頭にした茨木組は、鬼の精鋭たちが集まり、中でも鬼の四天王最強と名高い鬼である星熊波旬は一度怒り出せば誰にも止められないほどの荒くれ者で、もしも今回殺された鬼が星熊に近しい者だったら、おそらくこの禁獄山の生物は1人残らず鏖殺されるだろう。


「へぇー、あのボケ死んだのか」


そこに、酒を口から溢れるほど飲みながら、酒に酔っているのか、千鳥足でこちらに歩いてくる、2mは優に超える身長の女が居た。

左に大きな異形の角と、右には枝分かれした小さな角を生やし、白い髪を腰まで伸ばし、手入れしていないのか、髪は四方八方にはねて、寝癖のようになっている。

少しはだけた着物から覗かせる体は、どこも夥しい数の傷跡が刻まれている。



───鬼の四天王、"蟒蛇"の熊童子


「茨木の姉御の()()が人間に斬られて1000年···············いや、900と70年··········いや80年だったか?」


フラフラと今にも倒れそうな足取りで、何かに思い浸る様に語る男。


「この大江山の地下深くに封印されて、茨木の姉御から漏れ出る妖力で、一度この山に入れば出ること叶わぬ監獄の山···············いつからか禁獄山なんで呼ばれてよォ」


「波旬様が、何故ここに···············」


「ゲヒッ、ゲヒッゲヒッゲヒッ。あの封印は妖の王と、酒呑丸様が直々に施した封印。しかもあの男が自分の意思で出たがるわけもなし···············。封印が解けたとしたら、この地下で眠る、茨木の姉御の漏れ出す妖力が、1000年かけて解いたのかもなぁ」


「鬼の四天王である波旬様自ら出向かれるとは····················」


周りにいる烏天狗達はみなヒソヒソと不思議なものを見るような目で波旬を見た。

それもそのはず。

この禁獄山は元々鬼達の住処である山、大江山であり、その山の元頭であったのが波旬であり、その地下には両腕を斬り落とされ、今も地下深くに眠る、茨木天真の慟哭と、漏れ出す妖力だけで、多くの妖怪達を引き付け、服従させた鬼と同等、もしかすれば茨木天真よりも強いと言われる鬼が、目の前にいるのだ。


「なぁ、どう思う?大天狗様よォ」


崇徳を見下ろす波旬。

どちらも名高い妖怪。

もし殺し合いでも始めようものなら、この山だけでなく、近くの山々も、この土地に生きる生物達も巻き添えになり、更地とかすだろう。


「···············さぁ、私にはなんとも」


「ゲヒッ、お前たしかぁ、あの侍に命拾われたんだってなぁ」


「····················」


「鬼も天狗も、ほかの妖怪もみーんな弱くなっちまった。今回殺された奴は500年ぶりの腕の経つ鬼だ。性格に難があったからなぁ、俺がぶっ殺してやろうと思ってたが、まぁそれとこれとは話が別よ」


ずいっと顔を崇徳に近づけると、星熊は不気味な笑みを浮かべ


「どう落とし前つける」


ぶわりと漂うおぞましい殺気が、近くに居た若い烏天狗達に、絶望的恐怖を与え、中には嘔吐する物や、腰を抜かす者もいた。

しかし、崇徳は冷や汗一つ流すことなく


「··········はぁ、貴方があの侍と遊びたいだけですよね」


「おっ、バレちまったか!」


「いいですよ、どうせ我々では手に余る。この件は鬼に任せます」


「さっすがー、器がでけぇ」


「ただし!こちらは何が起きても一切責任取りませんからね」


「わかってるわかってるってー」


「そう言って貴方、前に酔った勢いで山を四つほど消しましたよね!?あの後始末、全部私がすることになったんですけど!どういうことですか!」


「む、昔の事だろ?そんなズルズル引き摺っても···············。そ、それに詫びの酒だって沢山送っただろ!」


「その後、全部貴方が自分で宴会だって言って全部飲んじゃったでしょうが!しかも足りないって言って追加の酒持ってきて、うちの若い衆全員潰して、そのあとの仕事全部私がすることになったんですからね!!」


「あ、あれは悪かったよ··········、だけどたまには息抜きも必要··········」


「その息抜きができないは全部貴方のせいでしょう!」


「···············はい」


「それに貴方は毎日毎日、勝手にこっちに来て、入ったばかりの若い衆に祝い酒だって言って宴会ばかり!他にやることないんですか!?」


「いや··········はい···············」


「貴方が宴会を開く度、山が消えるか、私以外の天狗達を酔い潰して使い物にならなくなるか、どっちにしろ私の仕事をどうしてこうも増やすんですか!?」


「···············すみません」


いつの間にか波旬はその場で正座しながら謝っていた。


「次問題起こしたら一ヶ月禁酒ですからね」


「え!?いやそれは···············」


「何か?」


「··········なんでもありません」


その後役2時間の説教をされた後、星熊は禁獄山を出た。


「さぁて、鬼退治すんぞぉ!」(半泣き)

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