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灰鬼





むかしむかし、それは妖怪が蔓延る時代、人と妖怪は決して交わることなく争い続けていた時代があった。


妖怪は人間を喰らい、犯し、殺し、まさに地獄の様な時代で、人々は妖怪を神として崇め、時に自分らを生贄として差し出し、命乞いをした。


しかし、そんな人間たちの中で刀を、鎧を身にまとい、妖怪に立ち向かった者達がいた。

力を持たず、非力で、妖怪達にとっては餌のような存在が牙を向けたのだ。


妖怪と人間の争いは、お互いに拮抗し、争いは数十年に渡り続いた。

血が大地を赤く染め、慟哭が空に響き、悲鳴と雄叫びだけが戦場にこだまし、肉の焼けた匂いと血の匂いだけが鼻を満たした。


そんな中、妖の王は提案したのだ。


───我らは身を潜めよう。


───ただし、我らは人がいなければ生きていけぬ。


───だから語り継げ。我らの悪事を、悪逆非道の数々を。


───そして夜を、暗闇を恐れよ。


───その契を守るならば、我らは"狭間"に身を潜め、太陽の世界で人を食らうことを辞めよう。


───だが忘れるな。もし"狭間"の世界二足を踏み入れるならば、再び我らは人の前に現れ、人間の血肉を貪り、殺戮の限りを尽くす時だと。



───ゆめゆめ忘れることなかれ。


そうして数百年続いたと言われる争いは幕を閉じた。


「た、助けて、誰か··········、誰かあぁぁぁぁぁあッ!!」


そして現在。

ここは妖怪が住む世界、ここに住む人々はこの妖怪達の住む世界を鏡界と呼ぶ。

普段は妖の王の結界により認識も触れることすら叶わない鏡界は、夜になると稀に中途半端に妖力を持つ人の子が迷い込んでしまうことがある。

妖怪は人を食らう。

妖怪達にとって人間は食べなくても生きていける。

しかし、それは食べなくても生きていけるだけであり、人を好き好んで食らう妖怪もいるということ。

妖怪達にとって人間の肉は柔らかく、脂の乗ったご馳走。

例え人を食べなくても生きていけるとしても、ご馳走には変わりない。

目の前にご馳走があるのに、我慢する者は居ない。


そしてこの鏡界には人も住んでいる。

そして人々にはこの鏡界のルール必ず聞かされる。

日が落ちた時、決して家を出ることなかれ。

一度夜の世界に足を踏み入れた時、妖怪達がお前を喰らいに来るだろうと。


昼は身を隠し、夜になればその姿を表し、人を食らう。

それが鏡界(ここ)のルール。


少女にとってそれはただの好奇心だった。

夜に親に内緒で1人で家を出て、近くの神社の鳥居をくぐれば、そこは自分の知らない世界が広がっていた。

祭囃子のように自分の知らない異形のもの達が仮面をかぶり、自分の知らない物を売り、買い、食べ、遊び、歌っていた。

決して自分の知る夜の世界では無い。


そんな少女はとある神社に足を踏み入れてしまった。

妖怪も人も恐れると言われる鬼が封印されていると言われる山。


だがそれがまずかった。


───なんだァ?人間の肉の匂いがするぞぉ


林の中から出てきたのは、おばあちゃんに耳がタコになるくらい聞かされた『妖怪』の姿だった。

赤い角を生やし、大きな牙に赤く大きな屈強な体。

黒く大きな金棒を担ぎ、人を攫い、食らう妖怪。

"鬼"


少女はそれを見た瞬間、おばあちゃんの言葉が走馬灯のように甦った。

『鬼は人を食らう悪鬼、見たら直ぐに逃げるんだよ』

少女はすぐに足を走らせた。

歪んだ森道を必死に掻き分け息が切れても必死逃げ続けた。

ケータイの光を頼りに道をかき分けて進むも、一向に山を出ることが出来ない。


それもそのはずだ。

ここは"禁獄山"。

強い妖力が空気のように漂い、一度足を踏み入れれば決して出ること叶わない監獄の山。

ここに住まう妖怪は全て過去にこの鏡界のルールを破り、人を喰らい、殺し、弄んだ者達ばかり。

そんな者達が人間、しかも柔らかい肉と脂の乗った人間を逃すはずもなく、少女を追いかけた。


「ゲハハハッ!久々の人間、しかもガキの肉だぜッ!」


「ヒイィッ!来ないでっ!来ないでぇッ!!」


逃げるも、その先は行き止まり。

目の前にあるのは赤い札が貼られた巨大な大岩。

逃げ道は無く、少女は近くにある小石を投げて抵抗するのみ。

鬼は下卑た笑みを浮かべながら1歩、また1歩と近寄る。


「人間なんて禁獄山(ムショ)に入って以来食ってねぇからなぁ、しかもガキの肉だ。まずは頭からかぶりついて、その後は指から味わって、ダルマにしてから最後に腹から臓物引きずり出して骨も残らず食ってやっからなぁ」


ヨダレを垂らし、ジリジリと近寄る鬼に少女は体を丸め、震えることしか出来なかった。


「いただきまぁすッ!!」


鬼は大口を空け、少女に飛びかかった。


───ブシャッ


次の瞬間、血潮が飛び散る。

少女の血ではない。鬼は突然の浮遊感に襲われ、視界が何回転もした後、ゴトンと音を立て地面に転がった。

目の前には首のない自分の体がビクビクと痙攣しながら後ろに倒れた。


すると少女の前には先程まで居なかったはずの灰色の髪と隻眼の紅い目を輝かせた男がたっていた。


妖怪達にもこんな噂があった。

それは禁獄山(ムショ)に入る前、悪友達と酒を飲みながら盛り上がっている中、人を喰いたいと話した時、鬼の中でも古参の鬼がそんな俺達を見て、こんな事を言っていた。


───人間を侮るなかれ。


───人間を無闇に食らうことなかれ。


───人を怒らせることなかれ。


───人の姿をした、灰色の修羅が首を狩りに刀を携えやってくるぞ。


俺達はそんな言葉を馬鹿にする様に笑った。

人間は弱く、脆い、家畜同然の餌に過ぎない。

種族の中でも下の下、最弱な種族である人間に、種族の中でも強者の中の強者である鬼に敵うはずがないと俺達は笑ってバカにして、そして俺は人を食っても鬼が現れることは無かった。

人間を頬張りながら、結局首を狩る灰色の鬼など居ないではないかとと内心笑った。

俺を禁獄山(ムショ)に入れたのも、妖王様が可愛がっている、金属バットを携えた黒髪の巫女だった。


だが、今確信した。


───こいつだッ!


この時代に似つかわしくない、昔の人間が着ていた着物を身にまとい、灰色の髪をなびかせ、血塗れた刀を携えた侍。

俺達妖怪の首を狩る灰色の修羅。


妖怪達が唯一恐れる人間。

"妖怪狩り"、"修羅"、"鬼侍"。

様々な異名で呼ばれ、古参の妖怪達に恐れられる人間。


───灰鬼(かいき)


何故ここに、なんで俺の目の前に。

様々な疑問が尽きぬ中、鬼の意識は暗い微睡みに消えていった。

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