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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第九八話 玉座ノ決闘

 時は来た。

 ついに、コチョウが期限とした一〇日目を迎えた。決戦の為に王城に降りたコチョウはたった一人で、エノハすら伴ってはいなかった。理由は簡単だ。フェリーチェルであれば、本命は直接対決を避け、コチョウの不在を狙ってアーティファクトの奪取を目指すだろうからだ。占拠されたとしても取り返すことは容易だが、ただで明け渡すのも面白くはない。フェリーチェルやスズネが、何処まで見せてくれるのかを、楽しむ為に戦力をアーティファクトに残してきた。連中が出し抜かれ、アーティファクトを奪取されたとすれば、それもまた一興というものだ。

 コチョウはその代わり、忍者共が前日に持っていた箱を傍らに浮かべていた。アイアンリバー城の正面扉は固く閉じられていて、裏に戦力を潜ませていることが分かる、緊張した沈黙を保っていた。

 大扉を開け、通路へと入る。一斉に矢が飛んできたが、コチョウはそれを腕のひと振りで吹き飛ばした。

「思ったより集まったな」

 通路にいる戦力は、ざっと三〇人程と言ったところか。正規の軍の鎧を着たものもいれば、冒険者らしい、市販の防具を纏っている者もいた。軍の腐敗を考えれば、頑張って集めたと言っていい方だろう。だが、コチョウの、

「平伏せ」

 の一言に抗える程の実力者はなかった。暗示に抗えない程度の雑兵は捨て置き、コチョウは奥に進んだ。十分な猛者という程ではないが、おそらく命を捨てて街を護ろうと志願した連中だ。殺すべきではない者達と、コチョウは見逃した。

 通路の一番奥の扉を開く。案の定というべきか、フェリーチェル、スズネ、そして、リノリラの姿はなく、ただ一人、カインが立っているだけだった。

「ほらよ」

 と、コチョウが浮かせていた箱を手元に寄せ、カインに向かって放った。当然のことながら、中身は、胴体と首が泣き別れた、ルエリの亡骸だった。

「昨日襲ってきた。お前に放っておかれて辛かったとよ」

 足元に転がった箱を抱え上げ、カインは顔をゆがめた。どの位の長い付き合いなのかはコチョウは知らない。だが、それなりの信頼関係があったことは、以前戦った時に感じることができた。

「ごめん」

 カインはルエリの亡骸に一言詫びると、コチョウに背を向けて歩き出した。戦いに巻き込まれないように、箱を置きに行ったのだ。コチョウはその邪魔はせず、カインの気が済むのを待った。

 以前戦った時には強敵に感じたその背中を眺めても、コチョウの感情には湧き立つものは何もなかった。あれからカインもいくつかの冒険をしたのだろうが、コチョウが遂げた変貌より大きい筈もなかった。

 玉座の脇に箱を置き、カインが戻ってくる。腕にはグレードソードをぶら下げていた。

「あの時の騙し討ちはもうできないな」

 自虐的に笑う。ルエリを蔑ろにしてしまった自覚はあるのだ。もっとも、アイアンリバーを護ろうと思えば、それも仕方がないことではあった。一介の冒険者としてはルエリをあてにすることもあるだろうが、国を守るという話ではそうもいかない。期間も短かった。

 カインの性格的に、精力的に動いたのは間違いなく、できることがないルエリは、カインが国のことに意識を傾ければ傾けただけ、放置されることになった筈だ。そこに拍車をかけたのが、同じ妖精種族でありながら、国を守る事について、ともすればカインにアドバイスすらできただろうフェリーチェルの存在だ。自分の場所を盗られたと、ルエリが感じたとしても無理はなかった。

「そんなつもりはなかったんだけどな。ルエリに寂しい思いをさせてしまったのは事実だ」

 ルエリが暴走し、無謀な挑戦を挑んだうえで死んだことに、カインはどう向き合えば良いのか分からないという顔をした。無論のことカインが自ら蒔いた種だ。コチョウの知ったことではなかった。

「掛かってくるのか、降参するのか」

 決断だけを迫った。時間稼ぎをされるのもつまらない。面白くもない懺悔を聞かされるのはもっとつまらない。

「そうだな。僕は君を倒さねばならない。ルエリに詫びる為にも」

 カインはグレートソードを構えた。カインの物語では、災厄の魔女を倒した必殺の剣だ。しかしその災厄の魔女はすでにコチョウの中にはなく、コチョウ自身の手で滅ぼされた。だからといってコチョウがカインの敵でない訳でもなく、現に箱庭世界の存亡をかけて対峙している。筋書きはない。物語であればこの戦いの結末で、カインが世界の危機を救い、めでたしめでたしで幕を閉じるのだろうが、残念ながら、彼が抗おうとしているのは、倒されることが予定されているものではない、本物の災厄だった。

 合図もなしに、戦いは始まった。

 氷の礫の雨をコチョウがカインに叩きつける。アイスバレット。以前戦った際にもコチョウが使ったあの術だ。カインはあの時の自分とは違うと言いたげに、グレートソードを横薙ぎに一閃させ、氷の雨を振り払った。

 ――筈だった。

 彼が根本的に勘違いしているのは、あの時の自分ではないのは、むしろコチョウの方だということを、理解しきれていなかったことだった。アイスバレットは消えず、カインの腕からグレートソードを弾き飛ばした。もっとも、ダメージはほとんどない筈だ。その為に、アイスバレットなどという、今は不要な術をわざわざ見せたのだから。

「拾え」

 コチョウは告げた。そんなフェアリーの姿を、幾分の驚愕と、多分の危機感をもって、カインは見返した。それから転げるようにグレートソードを拾い、今度こそ本気で抗う目で構え直した。

「化け物め」

 カインが吐き捨てた。普段なら見せないだろう荒々しい口調だった。漸く目の前の存在が、ただのフェアリーなどではないと納得した様子でもあった。

「おうともよ」

 コチョウは笑った。フェアリーらしく慎ましやかな歯が並ぶ口元には、だが、牙があるように錯覚できたかもしれない。そんな凄惨な笑みだった。

 今度こそ、コチョウ自身が動く。カインはその瞬間、コチョウを見失った。強すぎる。彼にとって、相手をそう評価したのは、いつ振りのことだったろうか。

「まだまだぬるい」

 コチョウが不意に眼前に姿を見せ、カインの右頬を拳で殴り飛ばした。プレートメイルを着て、グレートソードを持った人間が、浮く。フェアリーの、豆粒のような拳を叩き込まれて。カインには、到底理解できない状況だった。跳ね飛ばされ、彼は何度かもんどりうって床に倒れた。

「死ぬ気を見せろ」

 こんな男を倒し、箱庭の運命を決するなど退屈極まりない。それではこんな箱庭流儀に則ったような演出までした意味がないというものだ。

「死ぬ気になれなかったから負けた。世界は滅びます、でお前は満足か?」

 死に物狂いになったカインに勝って、初めて以前の負けが取り返せる。コチョウが溜飲を下げ、気持ちよく箱庭を破壊するには、カインをそこまで本気に追い込む必要があるのだ。コチョウは容赦なく挑発を続けた。

「無理もないよな。ついこの前は互角だったんだ。信じられないよな。だがこれが現実だ」

 油断して相手を煽る悪の末路などたいていは知れている。それで戦意に火がついた正義の味方に逆襲され倒されるのだ。演出としては王道で、だからこそ、それを踏み越えてみたくもなる。

 その見え透いた挑発を、カインは笑った。そして、グレートソードを構え直し、しっかりとコチョウを見据えた。

「世界の破滅の瀬戸際だという危機感が足りなかった。まさか破壊しようとしている張本人に目を覚まさせられるとはね」

 彼も笑い。今度は、カインから踏み込んだ。速い。コチョウは避けたが、今回はカインもコチョウのスピードに目を回すことなく、コチョウの反撃を身を翻して避けた。

 あとは、直接の殴り合いの勝負だった。能力を駆使して叩きのめせば簡単に勝てることは分かっていたが、コチョウはそうはしなかった。純粋な直接攻撃の応酬に興じ、カインとの小細工なしの殴り合いを続けた。

 双方の攻撃はなかなかどちらも当たらず、本気になれば結構な実力ではないかと、コチョウもカインを再評価した。それだけで倒せるほどコチョウは甘くないが、それでも、直接攻撃だけで戦っていると、なかなか有効打を入れる隙を見つけることが難しかった。

「随分、強くなった」

 コチョウが告げると、

「お互い様だ。こっちは全力だが、君は違うのだと分かる。何と言って詫びればいいのか」

 カインも答えた。そして、笑った。

「すまない、ルエリ。君を死なせるところまで追い詰めておいて、僕は何も守れなかった」

 その手から、再び、剣が弾かれたように飛んだ。コチョウの拳が、腹に突き立っていた。


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