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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第九四話 攻城

 フェリーチェルは小さくため息をつき、それから大きく頷いた。

「そうだね。うん。もともと対決することにはなる流れだったんだ。今は、意見が対立しない部分だけ、まず片付けないとね」

 コチョウと意見が対立するのは当然のことと思い直し、フェリーチェルは石化したハル・ラウゼンの姿をまじまじと見た。

「うん、間違いない、本人だ。鎧着てるけど、シールドエンド砦にでもいたの?」

「そうだ。危うく他の連中と一緒に首を刎ね飛ばすところだったな」

 コチョウが頷く。地下に立てこもっていた連中は貴族の家の出の謂わば生まれながらにしてのエリート階級だったのだろうが、纏まって隠れていたから、全員纏めて殺すところだったことを、コチョウは思い出した。

「それでも良かったけど。あ、でもやっぱりどこで死んだのか分からないのは困るな。生きてるのか、死んだのか、中途半端に分からなくなるような行方不明は嫌だな」

 フェリーチェルは憎かった筈の若い男の顔を眺めて、それから、気だるげに笑った。まるでどうでもいい些事だったように思えてきたのだ。

「こんなつまらない男だったかな、こいつ。なんか、こう。もういいかなって、思える」

 おそらく箱庭世界の真実を知り、コチョウがもっと大きな騒動を起こそうとしていることが分かっているからだろう。だからといってフェリーチェルが、この男がやっているフェアリーやピクシーを捕まえ、玩具のように殺している事実が許せるわけでもないが、それだって妖精種族を皆殺しにしようとしているコチョウに比べれば、小悪党のやっていることだという気がした。

「うん。さくっと殺しちゃって。自分の手で縊り殺したくなるかなと思ったけど、私、触るのも汚らわしい」

 フェリーチェルはそういってハルの前から退いた。代わりにハルの前に立ったのは、スズネだ。コチョウが動かなかったので、代わりに、というつもりだったらしい。刀を一閃させ、石像と化したハルの胴体を、一刀両断に叩き斬った。元は人形であり人間であるとはいえ、コチョウが石化させただけに今は本物の石だ。それを綺麗な真一文字に切断できるほどに、スズネの技量は上達していた。それもコチョウに強制的に流し込まれた強さのお陰ではあったが、コチョウ程には届かないとはいえ、彼女の強さもいよいよ十分に化け物染みたスペックになっていた。

「これでよろしいでしょうか」

 涼しい顔で、スズネがフェリーチェルを振り返る。フェリーチェルは、満足した顔で頷いた。

「有難う、スズネ」

「じゃあ、次だな。フェリーチェル、お前も来い。まずはリノリラの所に寄る。場合によってはあの婆さんにも来てもらうことになる」

 一連の始末を見届け、コチョウは、その結果はどうでも良さげに皆に告げる。いよいよ、一番の邪魔者を排除する段階に至ったのだ。しかし、問題はそこあとのことだ。王城を空にするというのはうまくない。場合によってはリノリラにそのあたり一切の面倒を押し付けるつもりで、コチョウはいた。通商会のトップであるリノリラは、当然、街中に顔が利き、王城を占拠させるに足る人材を見つけやすいだろうと考えた為だ。

「お前でもいいが……お前とスズネだけじゃ、王城は占拠するのに広すぎるだろうからな」

 フェリーチェルに皮肉っぽく笑い、コチョウは客間を出た。エノハがすぐに続き、スズネとフェリーチェルが、そのあとで一緒に部屋を出た。

「王城攻略が終わったら、いよいよお師匠さまたちと、一度袂を分かつことになるでしょう」

 スズネはすぐそばで飛ぶフェリーチェルにそんな風に声を掛けた。

「スズネもお手伝いします。ラウゼン家のお屋敷から、妖精さん達を、救出しましょう」

「うん。そうだね。ありがと」

 フェリーチェルは笑顔で頷いた。それが現実的だ。コチョウから箱庭を護るという大仕事はどう考えても無理難題だ。その無理難題を押し通すつもりでいるのだから、フェアリーやピクシーの救出くらいの難事は、コチョウに頼らずにやらなければならないのだろうと、彼女も思い直した。コチョウがそれを示す為にわざと断ったのかといえば、只本気で面倒臭がっているだけという可能性もあり、怪しい限りだが、それでも、その意図がまったくないという訳でもない筈だろうと、フェリーチェルには思えた。コチョウはひどく気まぐれで、時にやけに冷たく、時にやけに親切なこともあるが、しかし、コチョウが手を出すべきでないことに、絶対に手は出さないという確信が、フェリーチェルにもあった。箱庭内の住民の、残すべきを選出するのは、もとからコチョウの役目ではなかった筈だ。

 当のコチョウは、そんなフェリーチェルとスズネの会話も聞こえていたが、徹底的に無視を決め込んだ。コチョウと別れた後の算段を、コチョウが聞いている場所ですべきではないと、当然思ったものの、そんなことを指摘してやる程、お人好しになるつもりはなかった。

 先頭を飛び、ただ黙ってリノリラの執務室に入った。

 執務室にリノリラはいて、何らかの書類に目を通しているところだった。そばには六人の私兵が控えている。リノリラはいつの間にか着替えていて、歩き回るのに適した、動きやすそうな、また、防具としてもそれなりの機能を備えているローブ姿でいた。

「行くのですね」

 書類を机に投げ出し、リノリラは、予測していた、と言いたげに立ち上がった。

「アリエストを殺す」

 コチョウも単刀直入に頷いた。

「カインの所在は今探させています。見つかったら城に来るように伝えさせましょう」

 リノリラが目配せすると、周囲の私兵の一人がさっと部屋を出て行った。伝令に走ったのだ。

「当然、私も同行します。ここで存在感を出しておかないのは大きな損失になるでしょう」

「話が早いな」

 何らかの方法で見張っていたと考えるのが妥当だが、コチョウはそのことについては捨て置いた。別に現状では害になる訳でもない。とりあえず、駆け引きが抜きに出来たのは、面倒がなくて良かった。

「城を制圧したあとのことはこちらで引き受けます。抵抗する者はすべて排除して構いません。ある程度まで害虫を一掃してくだされば、あとはこちらで始末をつけましょう。隠れている者まで燻り出す必要はありません」

 リノリラはそう語った。通商会が冒険者や私兵を動員すれば、確かにその程度のことは造作もない筈だ。コチョウにもその取決めで異論はなかった。そもそも、コチョウ自身は城や国など興味もないし、欲しくもない。

「いいだろう。好きにしろ」

 とだけ、コチョウは頷いた。

 リノリラとその護衛を引き連れ、コチョウ達は通商会の建物を出た。人数が多い為、上空を飛ばず、街路を進む。当然、暴徒の鎮圧に軍が出動していることもあり、国王殺しのコチョウは兵に何度も囲まれることになったが、リノリラが国を乱している罪人は王家の方であり、今は暴動の鎮圧に全力を傾ける時だと説き伏せて回り、ほとんど戦闘になることはなかった。兵の皆が納得した訳ではなかったとはいえ、もともと市民に不満があったことは、暴動が同時多発していることからも明らかで、当然兵達も国家に忠誠を誓っているとはいえ、思うところがあったことも間違いない事実のようだった。そういった背景がなければ、幾らリノリラに影響力があるにしろ、それは軍隊には本来届く筈のないもので、正規の部隊が引き下がる筈もなかった。

「予想した通り、軍も指揮系統が乱れています。随分と口の達者な間者をお使いですね」

 コチョウの手合いが街を混乱させていることも分かっているという顔を、リノリラはした。相当な情報収集網を有していることは確かで、だが、コチョウが従えている搦め手の正体までは掴みかねている、とコチョウの直感は告げていた。忍者とは影である。影を掴むことは、闇に多少なりと触れている者だとしても、本人が日の当たる場所にいる限り、容易なことではない。

「知らんな」

 コチョウは明言を避けた。影を白日の下に曝け出す事もまたご法度だ。そんな愚かな間違いは、コチョウはするつもりもない。当然、リノリラも、間者は闇に潜む得体のしれない存在だから間者なのだと理解しているようだった。その後は、コチョウもリノリラも、そのことについて、会話は続けなかった。

 アイアンリバーは北東、南東、北西、南西の地区には分かれているが、各地区の境には大通りがあるというだけで、壁などは存在していない。コチョウ達は東の大通りから南の大通りを通り、南西地区のメイン街路へと進んだ。そこからは、城に向けて一本道だ。正面には、外周の郭を失い、内城の姿が剥き出しになったアイアンリバー城が見えていた。

「砦は攻略済ですか。派手に壊しましたね」

 リノリラの言葉に、

「私のせいじゃない」

 コチョウは上空を、顎をしゃくり上げるように示した。リノリラもつられて見上げる。

 一行の上空を、悠然と四神が飛んでいた。


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