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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第九三話 対立

 エストロッド家の全滅を見届けたコチョウは、それから漸く石化させたハル・ラウゼンを回収する為にシールドエンド砦に戻った。砦の地上部分はほぼ瓦礫の山と化していて、その近くでは、満足した顔の朱雀が悠然と羽搏いていた。

 外周の城壁を失い、丸裸にされたアイアンリバー城は不安がるように姿を晒しているが、城そのものには損傷はない。扉も、窓も閉め切られ、城そのものがひっそりと息を殺しているようでもあった。

 エノハを乗せた青龍と、スズネを乗せた玄武も朱雀の傍にいた。白虎の姿が見えないようにも思えたが、周囲を見回すと他の詰所などからの増援の兵を相手に、離れた場所でまだ戦っているようだ。どう見ても戦況は一方的で、基本的に金属製の装備で身を固めている軍隊が、金属を操れる白虎に勝てる道理もなかった。

「派手に壊したな」

 エノハにコチョウが声を掛けると、

「虚しいね」

 エノハはそんな風に半泣きの顔を見せた。コチョウに同意の言葉が返せる殊勝さがある訳もなく、ただ面倒くさげに、

「そりゃ残念」

 と、適当に答えただけだった。とにかく、これ以上の破壊行動に意味もない。コチョウはエノハ、スズネの二人との雑談に花を咲かせることもなく、次の指示を淡々と与えた。

「ついてこい。ハルを石化させてあるのを回収したらフェリーチェルと一度合流する」

 地下への階段は大きく、流石に瓦礫に埋もれているようなこともない。コチョウは今や地面に開いた穴となった階段へ向かった。スズネとエノハは、地面に降りると玄武や青龍の背から降り、自分の足でコチョウを追う。青龍、玄武はエノハについてきたが朱雀だけは同行せず、白虎の方へ合流しに行ったようだった。

 地階には最早バリケードはなく、伏兵もない。コチョウはさっさとハルの石像を回収し、念力で浮かせると、シールドエンド砦を出て通商会へと向かった。当然空からだ。スズネとエノハは再び玄武と青龍の背に乗り、コチョウを追う。その時になって、漸く二人は街中から黒煙が吹き上がっていることに気付き、驚いていた。アイアンリバーの混乱はますます広がっていて、特に中央公園は激戦地と変わったようだった。王の亡骸を護る者達と、王の死体を汚そうとする者達で、激しい戦闘が始まっているようだった。どちらに正義があるとも言えない、不毛な戦いだとコチョウには見えた。

 コチョウが王城の傍を離れて通商会につく頃に、朱雀と白虎も追いついてきた。どうやら軍の増援を片付け終わった様子で、しかしその戦いを、白虎はどうとも思っていないように平静を保っていた。まるで害虫駆除が終わっただけだとでもいったような反応の薄さだった。

 四神を上空待機とし、通商会に戻る。今回は地上の扉から入った。コチョウが一回の受付ホールで名乗ると、すぐに彼女達はリノリラの執務室に通された。末端まで話が通っているようで、廊下や階段を進むコチョウ達を訝しむ職員や警備の私兵もいなかった。もっとも、コチョウが浮かべた、石化したハルだけは、通りかかる者達に二度見されたが。

「フェリーチェル、いるか?」

 リノリラの執務室に入るなり、コチョウはフェリーチェルを探す。フェリーチェルは執務室にはいなかったが、通商会の建屋内にある客間をあてがわれていて、コチョウ達もその客間にすぐに職員に案内された。リノリラは執務室にいたものの、同行はせず、執務室にそのまま残った。

「……うわ」

 ハル・ラウゼンの石像を見て、瞬時に嫌な顔をする。そのまま破壊したさそうに拳を固めたものの、思いとどまるようにフェリーチェルは唇を嚙みしめた。

「石化、よね」

 フェリーチェルがコチョウに尋ね、コチョウは無言で頷いた。ハルを石化した経緯や、ハルの情けなさを、べらべらと言葉を連ねて喋る気にもなれなかった。

「そいつの屋敷まで、私も連れてってくれるかな。今もたくさんのフェアリーやピクシーが捕まってる筈。解放してあげ――」

 フェリーチェルはそうコチョウに頼んだが、

「私は連中を助ける気はないぞ」

 にべもなく断られただけだった。コチョウは冷え切った目をしていて、特にフェアリーに対し、まったくの同情の気持ちを持たないことを堂々と見せつけた。

「でも中には」

 善良なものも多く、所謂、コチョウが言う残してもいい住民、に当たる筈だと、フェリーチェルは考えた。

 一方で、コチョウはその残してもいいと考える住民の中に、基本的にフェアリーやピクシーを含めようとは思っていなかった。妖精種族がちょっとしたことですぐ死ぬ、儚く非力なものであることは、未熟な頃にコチョウも身をもって思い知っている。彼女に言わせれば、そもそも過酷な環境ではただのお荷物だとしか思えなかった。

「荒野に連中が生きられる場所なぞない。いっそ滅べばいい」

 そして何より、コチョウは今尚、同族であるフェアリーを憎んでいた。ひたすらに冷酷に、コチョウはフェアリーやピクシーを現実世界に連れて行くつもりがないことを、明言した。

「せいぜいお前だけで沢山だ」

 フェリーチェルだけでも、連れて出るのは忌々しいと考えているように、コチョウは話す。勿論それは本心で、だが、フェリーチェルを連れ出すことが忌々しいのでも、フェリーチェルを見捨てられない自分が忌々しいのでもなかった。

「もっともそのお前はフェアリーとしてどころか、生物として出られそうにないがな」

 コチョウが忌々しいのは、フェリーチェルの不幸がこびりついた悪意のように、フェリーチェルが本物になることを拒んでいるという事実に対してだった。自分の力が及ばないということが、何より癪に障った。

「だけど、フェアリーだって、ピクシーだって、みんな必死に生きてるんだよ? そりゃコチョウには優しくなかったかもしれないけど、それだってフェイチャームのコロニーって狭い世界のことで、話してみればみんながそんなじゃないって分かる筈だよ? そんなちっぽけなことで種族ごと切り捨てないでよ」

 当然、コチョウの態度に、フェリーチェルは腹を立てた。彼女からすればとんでもない理不尽なことで、コチョウの好き嫌いというさじ加減一つで命が選別されてしまうことへの強い憤りだ。普通の感性であれば当たり前のことと言ってもよかった。

「森も草原がなくても、草花が咲いてなくても、連中が生きてけるってなら好きにしろ」

 だが、コチョウの言葉は、より冷たかった。森がなければフェアリーは生きていけない。草花の露や蜜、木の実などがなければピクシーは生きていけない。コチョウが見せた現実世界の風景には、少なくとも近隣にはどちらもなく、ただ荒れ果てた大地が広がっていただけだった。コチョウが見ているのは現実で、コチョウの感情ですらなかった。

「連中を飢えさせて殺す為に連れて行きたいなら、好きにすればいい」

 もう一度、コチョウはフェリーチェルに答えた。その反論は端的で、それ以上に冷静だった。この箱庭で滅ぼさず、現実世界に連れ出したとして、妖精種族が滅びの道を辿らない保証が全くなく、また、彼等が生きられる土地を最優先で探すことも不可能に近い筈だった。新天地で生きるということはそういうことなのだ。弱いものを守る為に全体を危険に晒す余裕はない。

「……でも、だからって最初から可能性を捨てて良いって訳でもないでしょ? そりゃあ、人間種族とかより弱いのは確かだけど、緑がなければ生きていけないのは、皆、同じ筈。それでも連れてかないっていうなら、それこそこの場所をそのまま残して行ってあげてよ。いつかはこの場所も消えてなくなるにしても、今じゃなくてもいいじゃない」

 対照的に、フェリーチェルには同族であるフェアリー達からは愛された記憶しかない。コチョウと意見が真っ向から対立することは仕方がないことだった。皆殺しにすると言われて、黙っていることなどできる筈もなかった。

「あなたがフェアリーを嫌いなのは仕方がないと思う。だけど、だからって。あなたが殺そうとしてるフェアリーの中には、国を再建する為のお金を稼ぎに、マラカイトモスを出た、私の国の人たちも混ざってるんだよ? 私に皆を見捨てろって言うの? できる訳ないでしょ?」

 フェリーチェルの言葉に、コチョウは匙を投げた。亡国とはいえ、一国の姫に国民を見捨てろと言って聞く訳がないのは、普通であれば当たり前だ。理想とか正義感とかではない、本来であればそれは義務なのだ。フェリーチェルは当たり前の責任から当たり前に反論しているだけであり、コチョウとは立場が違うのだから、引き下がる訳もなかった。

「ひとまず」

 そんな二人の言い合いに割って入ったのは、スズネだった。彼女は、無理にコチョウには言葉を掛けず、フェリーチェルに問い掛けた。

「この者に止めを刺してはいかがでしょう。屋敷は、ご存知なのですよね?」


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