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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第九二話 報復

 王の首を刎ねたコチョウは、その首をアイアンリバー中央公園の見通しのいい場所に、しかし、決して人の手の触れ得ぬ高さに、魔法を弾く不可視のフィールドに包んで晒した。当然のように国王ケイドーの演説を聞きつけ、コチョウが王の首を刎ねるのを目の当たりにした兵士達や武装市民達が集まって来たが、コチョウは彼等が辿り着く前にその作業を手早く終わらせてしまった。

 ケイドーの胴体は浮遊の力を失い、地面に落下した為、そのまま自然に任せた。原形は保っているが、骨は折れ、肉体はボロボロになったことだろう。そちらについては、コチョウは特に晒そうとは考えなかった。

 コチョウが公園を離れ、次に向かった先は、街の東門の詰所だ。コチョウが囚われた時の兵士達の様子を思い出す限り、連中がまともに住民を警護しているとは思えない。そう考えたコチョウの読み通り、あの時の連中は、我関せずといった様子で、詰所の戸に鍵さえ掛けて踏ん反り返っていた。

 鉄格子で補強された窓の一枚をぶち破り、コチョウは中に飛び込むと、詰所内の兵士達に言葉も掛けずに斬首して回った。僅か数分の制圧劇。瞬く間に、詰所の中は血の海と化した。

 中には仮眠室で眠りこけている兵士もいたが、コチョウは分け隔てなく全員を襲った。コチョウが監獄送りになった際にはいなかった兵士も何人か見受けられたが、コチョウは気にせず殺した。当然相手は訓練を積んだ兵士であり、起きている者はコチョウに抵抗の意志を見せ、武器を抜いて応戦の素振りを見せはしたものの、コチョウの勢いに敵う者はおらず、ほとんど応戦らしい応戦もできずに武器を放り出す羽目に終わっただけだった。

「あの時のお礼だ。とっときな」

 生きている者がいなくなってから、コチョウは吐き捨て、詰所を、また破壊した窓を通って出る。それから、南西地区の貴族の邸宅街へと向かった。途中、邸宅街の通りで巡回警備の任務にあたっている部隊を強襲し、脅しをかけた。

「貴族共のお守は楽しいか」

 巡回の兵士は一人ではなかった。六人編成の部隊らしく、一人は隊長格と思しき徽章を鎧の左胸に付けていた。強襲した瞬間に6人全員の首筋すれすれに吸魂の刃を浮かべたコチョウは、そいつに話しかけ、そいつが唾を吐くように吐き捨てるのを聞いた。

「最悪の気分だ。持ち場でもなければさっさと放棄して暴動鎮圧に向かってる」

 腐っている連中という訳ではないらしい。コチョウは満足し、

「エストロッド家の屋敷はどれだ」

 とだけ聞いた。兵士の一人が指さす。青っぽい外壁をもつ、白屋根の邸宅だった。コチョウは頷き、吸魂の刃を消した。

「シールドエンド砦は落ちた。王も死んだ。現場判断って奴を翳してみたらどうだ?」

 それだけ言い残し、巡回の兵士達のもとを去る。兵士達はコチョウを攻撃はせず、見送った。ケイドーは、自分の首を刎ねる人物の名を、演説では口にしなかった。邸宅が邪魔で彼等からはコチョウが王の首を刎ねるところも見えなかったことだろう。まだ、そのフェアリーが王を殺めた者だと、気付いていないようだった。

 それでも、アイアンリバーの混乱は、明らかに増している。コチョウにもそれは肌で感じることができた。本来使用人や商人達が行き交っている筈の貴族邸宅街の街路に人気はなく、兵士以外の人通りは皆無だった。どの邸宅も門戸を固く閉ざして閉じこもっている。まるで嵐が過ぎ去るのをじっと耐えて待っているようだった。その嵐がすべてを破壊するまで停滞するものだということなど、まったく考えもしていないのだ。

 どの邸宅も高い塀に囲まれていて、エストロッド家の邸宅も、当然石と鉄柵で飾られた塀を備えているが、当たり前ながら、空を飛べるフェアリーであるコチョウの前ではそんなものは何の意味もない。軽々と上を飛んで超えると、コチョウはその先の大きな屋敷の姿を見据えた。エストロッド家の屋敷は四階建てで、四階の上には更に屋根裏部屋があるように見えた。屋根裏部屋はたいてい使用人等の私室になっているもので、無視して良い。コチョウは四階のど真ん中の窓をぶち破って突入することにした。随分時間を空けてしまったが、あの監獄の守衛でありながら、自分も監獄からでることができなくなっていたレントに、エストロッド家の当主、バーゼンをぶちのめしておくと言ったことは、まだ忘れていない。

 窓を破り、部屋に飛び込むと、そこは子供部屋だった。床のカーペットの上に、積み木が入った玩具箱があることから、ほぼ間違いなかった。少なくとも、当主の私室とは思えない。幸いだったのは、無人だったことだ。その為、間髪入れずに部屋に私兵や使用人が踏み込んでくるという事態にはならなかった。もっとも、窓を破った音だけで十分な物音だ。ぼやぼやしていればすぐに人が集まってくるだろう。コチョウは部屋を物色するような真似もせず、すぐに窓から飛び出した。廊下に抜けてもよかったのだが、鍵を掛けて立て籠られている場合、ドアよりも窓のほうが破るのが楽だ。

 ふと周囲の外観を見回すと、三階に一つだけ分厚いカーテンが閉められた窓を見つけた。当たりか、それとも罠か。この短時間で 罠を這って待ち構えるというのも不自然だ。もともとバーゼンとコチョウに面識などないし、コチョウがレントにバーゼンをぶちのめすことを約束した経緯も知る由もない筈だ。コチョウは罠の線は薄いと推測した。

 カーテンの閉まった窓に突貫し、破る。

 他の部屋とは違い、金銭を惜しまずに高価な硝子を二重張りにした強化窓ではあったが、コチョウに対する防備としては不足も良いところだった。コチョウは二枚一気にガラスを蹴り割り、部屋の中へと侵入した。

 既に上階の騒音には気付いていて、備えていたのかもしれない。コチョウが部屋に飛び込むなり、私兵と思しき軽装鎧の男達が、窓の左右からレイピアでコチョウを狙う。窓硝子が割られた場所から、コチョウの位置をすぐに判断したらしく、コチョウの頭部を正確に突いてきた。

 しかし、ただのレイピアだ。コチョウは避けなかった。二刃の鋭利な先を額に受け、血も滲ませずに悪魔的な笑みを返した。

「どうした。フェアリー如きにも刺さらないな」

 そう声を掛けて、コチョウから見て左側の方の細い切っ先を握り、折った。それから、右側も同様に。私兵達の目が驚愕と恐怖に見開くのが分かった。

「ば」

 化け物だ。そんなことは自覚している。戦意を喪失した私兵達を、コチョウは吸魂の刃を彼等の背後に出現させ、背中から腹へと貫かせて殺した。

 部屋の奥を見る。三人の人間がいた。

 一人はやや太り気味の、中年の男だ。深緑の、あからさまに貴族と分かる衣装を着ている。手にはやはりレイピアを持ち、立っていた。

 続く一人は、男から少し離れてソファーに座った、薄いラベンダーのドレス姿の中年の女性だ。こちらは太ってはいない。男の妻なのだろう。

 そして最後の一人は子供だった。目元は女に似て、顔つきは男に似ている。二人の子供という訳だ。

 女子供に興味はない。コチョウは男だけを睨んだ。

「バーゼンだな」

 抑揚の少ない声は、さっさと叩きのめしておさらばしたいという、コチョウの興味の薄さの表れだった。

 男は頷き、しわがれた声で、

「妻と子供はいい。俺には手を出すな」

 凡そ一家を守るべき男とは思えない命乞いの言葉を絞り出す。その一言で疑いようもなく屑だと知れた。

「自分で殺せ。見ててやる」

 しかし、そんなコチョウの言葉に反応して動いたのは、バーゼンではなかった。隠し持っていたらしい果物ナイフを手に、まだ幼い息子が、父親であるバーゼンに突然襲い掛かったのだ。

 この極限状態での出来事に、詳細を聞くまでもなく、コチョウにも、バーゼンが家族に向けた態度を窺い知ることができた。幼い子供に殺したいとまで思われる父親が、家族をろくな扱いをしてこなかったことは、分かる。

 コチョウを警戒していたバーゼンは、まさか息子に襲われるとは想像もしていなかったと見え、完全に虚を突かれるかたちになった。

「か、母さんを……見捨てたな!」

 バーゼンの息子が、父親に対する憎しみを滾らせた言葉を叫び、バーゼンの脇腹にナイフを突き立てる。だが、手にしているのは果物ナイフに過ぎず、しかも子供の力だ。深くは刺さらず、バーゼンに悲鳴は上げさせたものの、その後で逆上させただけだった。バーゼンは、あろうことか、自分の息子にレイピアを向けた。

 咄嗟にソファから母親が飛び出し、父親から息子を庇ったが、一歩遅かった。息子は頭を貫かれ、母親も貫通した切っ先を胸に受けて倒れた。我を忘れたバーゼンはコチョウにも襲い掛かったが、当然コチョウには通用しない。こともなげに、コチョウは首を刎ねた。

 エストロッド家の、呆気ない最後だった。


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