第九話 強襲
ハーフ・ジャイアントは、ほとんどの場合、人としては扱われない。ガーグの死体が消えなかったことに、コチョウは別段違和感はなかった。
リジェネレーションの能力が奪えるかとも期待したが、残念ながらそれはコチョウには発現しなかった。ひょっとしたら奪えているが、今の彼女では耐久性が足りないのかもしれない。それを試す術はない。
コチョウは気を失っているジェリには興味を示さず、とどめも刺さずにその場を去った。コチョウは持ちあわせた無責任な気まぐれさで、とどめを刺すのも面倒臭いと考えた。
通路を引き返すのも億劫で、コチョウは通路をそのまま進む。少し飛ぶと、右手の壁に小窓があり、藁の筵の上に転がっている者達の姿が見えた。小窓にはやはり鉄格子が嵌っていたが、アイスウルフがいた小部屋と同じで、コチョウの体のサイズであれば隙間を抜けられるのは間違いなさそうに見えた。
「ん?」
転がっている者達には見覚えがあった。少し前に焚火の傍で殺した連中だ。どうやら死んだ囚人が復活する部屋らしい。つまり、連中の魂の欠片もここにあるという訳だ。となれば。
コチョウ自身の魂の欠片もここにある筈だと考えるのが自然だった。冒険者であれば死ねば脱出できるというのでは意味がないし、魂の欠片も運び込まれているというのは当然のことではあった。しかし、そうなると、コチョウがここを脱出する為には、まず、自分の魂の欠片を取り戻さなければならないということを意味していた。外で死んだらここに戻されてしまうのでは、例え脱出しても安心できない。
ひとまず、部屋の中を漁ってみることにして、格子の隙間を抜ける。自分の魂の欠片だというのに、遠隔で在処を感じ取れるなどということはない。不便なことこの上ないが、地道に探すほかなかった。
通例、魂の欠片は専用の水晶のオーブに収められて保管されている。魂の大きさは種族的な生命力に比例する。フェアリーであるコチョウの魂の欠片は、ひと際小さいオーブを探せばよい筈であった。
藁の筵の奥の棚にオーブは並べられているが、その中にはフェアリーサイズの極小のオーブはない。コチョウの魂の欠片は別の場所にあるのだと、コチョウは早々にその部屋の捜索を諦めた。冷静に考えてみれば、その部屋になくても当然かもしれないと考え直したのだ。
部屋には一つ扉があり、鍵が掛けられている。頑丈そうな鉄の扉だ。復活した後の囚人が、自由にならないように考えられていることは間違いない。しかし、先程コチョウが部屋に小窓から入り込んだように、フェアリーやピクシーといった体のサイズがあまりに小さい種族を閉じ込めておくのは、普通の部屋では困難だ。おそらくは鳥籠のように小さい檻か何かに置かれているのだろう。
とにかく、自分の魂の欠片がないのであれば、その小部屋に長居する理由はない。コチョウは通路に戻り、さらに探索を続けた。幾つか似たような部屋が並んでいたが、そのどこにも、コチョウの魂の欠片を収めたオーブは見つからなかった。
ついに通路は、正面に土の壁だけがある場所で袋小路になった。一見普通の行き止まりではあるが、コチョウはその場所に、違和感を覚えた。果たして、ガーグはこんな通路に何の用があって入り込んでいたのか、ここまでの部屋の並びでは、全く理解できなかったからだ。もっと何かがある筈だった。
相変わらず壁には木を組んだ補強がある。そのどれかの後ろに隠し通路があっても不思議ではなかった。簡単に外れる木板がないかを確かめ、やはりというべきか、一部は外れることが分かった。
奥には、やはり通路が続いている。これまでよりもずっと細い、まさに抜け穴という感じの通路だった。
抜け穴は長く、曲がりくねっていた。入口の回りこそ土壁だが、すぐに岩盤をくり貫いたような壁に変わっていく。松明の明かりもなく、進むほどに暗い。しかしやがてまた先が仄かに明るくなり、反響する人の話し声が聞こえ始めた。声の種類が多すぎて何を話しているのかまではまったく分からず、がやがやと煩いひと固まりの騒音として聞こえているだけだった。
騒音の大きさからして、一〇人より少ないということはないだろう。もっとも、近付くにつれ、すべての声が楽しそうな声という訳ではないことも分かった。かなり弱々しいが、はっきりと悲鳴と分かる声が混ざっていた。悲鳴を上げているのも、一人ではない。男の声も、女の声も入り混じっていた。暗がりの中の最も暗い場所に辿り着いたのだろうと、コチョウは理解した。
抜け穴は一枚岩の壁で終わり、しかし、隙間があることが僅かに漏れている光で分かる。その薄明かりで、壁に回転式のレバーがあるのが見えた。岩を開ける為のレバーだろう。
コチョウはすぐには開けず、中の物音を聞いた。悲鳴は細く、高い。岩の隙間からは熱気も漏れてきており、火が焚かれているらしいことも感じ取れる。焦げ臭い臭いが、生焼けの肉を連想させ、囃し立てるような歓声が下品に響いていた。岩の向こうで繰り広げられているものが、ろくな光景でないことは、予感できた。
音を聞いていても仕方がない。コチョウはねじ切れても良いという思いでハンドルを回した。
岩扉が、周囲の壁と擦り合いながら開く。当然大きな音が鳴り、部屋の中の連中の注意を引いたのも当然だった。
部屋の中の状態も確認せずに部屋に飛び込み、アイスブレスを撒き散らしながら飛び回った。ファイアブレスにしなかったのは、万が一爆発物でもあれば、自分も危険だと考えたからだった。
部屋の中はバーラウンジのように木製のテーブルが並び、ジョッキや杯で酒を飲む場所のようだった。席は三〇人分程あり、ほとんど満席だったが、コチョウが部屋に飛び込んだ時には、岩扉に視線を向ける者は多くとも、席を立っていた者はいなかった。座っていた者は種族もまちまちで、囚人もいれば、看守もいた。とにかく、区別なくコチョウは凍てつく程の冷気を吐きかけた。奥の方のテーブルの者達は立ち上がりかけたが、酒に酔っており、緩慢な動作のうちに、冷気にあてられて倒れた。まさか大立ち回りする為に誰かが飛び込んでくるなどということを、全く想定しないような反応だった。
ただ、部屋の一角が熱く、その傍の者達にはアイスブレスは思ったような効果を上げなかった。室内のテーブルに座っていた二八人のうち、二〇人は倒れたが、八人が残った。何人の死体が消え、何人の死体が残ったのかも、コチョウは確認しなかった。
残った八人のうち、三人が看守、残りは囚人だった。コチョウが暴れている間も、部屋の奥の熱を感じるスペースの方からは、苦悶の呻きと悲鳴が上がり続けていた。
コチョウは生き残った者のうち、武装している看守を狙った。その間に死んだ看守から囚人達が武器を取ることは十分懸念すべきことではあったが、すぐに鎧までは着けられないはずだ。防具がない囚人であれば、武器があっても往なしやすいと判断した。
生き残った看守達は武器を抜き立ち上がったが、所狭しと並んだテーブルや椅子、それに転がった死体や助けを求めて縋りつく何人かの囚人達のせいで満足に戦える状態ではなかった。既に状況は混乱と狂乱の中にあり、コチョウを止められる者はその場に存在しなかった。身動きに窮している看守に一切の同情もせず、コチョウは遠ければ魔法を使い、近ければ直接首を刎ねた。三人はすぐに息絶え、床に転がった。それを見て、縋りついていた囚人達は悲鳴を上げて床に這いつくばるばかりで、抵抗らしい抵抗の意思も見せなかった。結局、死んだ看守から武器を得ようとするような気骨のある囚人も、そこにはいなかった。中には惨めたらしく床を舐めるように命乞いをするまでいた始末だったが、コチョウは一切の容赦なく、命を狩り尽くした。ジョッキや杯、皿は床に転がり、料理や酒が所かまわずぶちまけられていた。その上には誰の物とも分からない血のドレッシングが振りかけられ、よしんばまだ皿の上に乗っているとしても気持ち悪くて口にできたものではないありさまだった。
動くものがいなくなると、ようやくコチョウは熱気のもとになっている一角に注意を向けた。部屋のがショーコーナーのように一段高くなっていて、一列に火が焚かれていた。一部は竈になっていて、一部はそのまま焚火のようだ。その上には漏れなく鳥籠サイズの檻が吊るされていて、幾つかの檻の中には、コチョウと同じか、それよりも小さい、人型で、翅のある者達が閉じ込められていた。
ある檻は竈の上で煮立った鍋の上にあり、ある檻は直接燃え盛る火に下から炙られるように直接焼かれている。共通していることは、どの檻も金属製で、触れれば確実にひどい火傷をするレベルで熱せられているということだった。悲鳴を上げていたのは、そんな檻の中の、フェアリーであり、ピクシーだった。
「悪趣味なショーだ」
コチョウは吐き捨てたが、中の妖精達にも、やはり同情はしなかった。助けを求める彼等を無視し、檻の上部に小さなオーブが取りつけられていることを、むしろ、気にした。